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Day.4-12 サンロメリア城

「いきなり倒れるからさすがの私でも肝を冷やしたぞ」


「ずいまぜぇん……」


 いやぁ、全身鎧を着たまま動き回るのってこんなに難しいんだな。

 イリヤさんはフルプレートアーマーではなく体の重要な箇所をピンポイントで防具で覆う薄手の鎧を装着しているが、そうじゃないと飛んだり跳ねたりはとてもできないだろう。


 何はともあれ、門は突破した。

 東門の兵はもとより近くにいた人間全員に何事かと凝視されたが、ヘラヘラ笑って頭を掻いてやり過ごした。


「まぁいい、とにかくジュークと落ち合おう」


「はい、なんだかワクワクしますね!」


「ワクワク?

 何故だ?」


「だってほら、修学旅行みたいじゃないですか?」


「何だそれは?」


 あ、こっちじゃそういう習慣は無いのか。

 ていうか教育制度はどうなっているんだろう。


「あー学生時代にみんなで旅行に行くんですよ。

 こっちの世界って学校とかあります?」


「学校か、もちろんあるぞ。

 兵士の訓練校や商人専用の学舎もある。

 ロメール帝国で最も有名なのはやはり、魔法女学院パドラ・アイギスであろう」


「魔法女学院?」


「男子禁制の魔法学校だ。

 ロメール帝国の魔導師達の間では、ここの出身か否かでその人物の“格”を判断されてしまうほど名門中の名門だ」


「へぇー、でもどうして女子校なんですかね」


「魔術というのは古来より男よりも女のほうが適性があると考えられている。

 実際、我が国の要職に就いている魔導師はそのほとんどが女性だ」


 そういうものなのか。

 確かにジュークもシトリも女子だけど。


「当然ながらジュークとシトリはパドラ・アイギス出身だ。

 その他、城内で生活している多くの魔導師もな」


 ほほぅ、そうなのか。

 日本でいえば東大みたいなもんかな?

 あーまぁ、あれは共学だから少し違うのか。


 にしても……いいっすねぇ女子校。

 一度くらい覗いてみたいものだ。


「おい」


「ん?何でしょう」


「逮捕されるぞ」


「な、何で!?」


「今、魔法女学院を覗いてみたいとか考えてただろ?」


「そ、そんな滅相もごじゃいませんよ?」


「噛んでるぞ」


「ゴホンゴホン、こう見えても俺は結構根は真面目なタイプなんで」


「着いたぞ」


 って、おい!

 思いっきり流された。

 イリヤさん、俺のイジり方がどんどんうまくなってるよね。

 俺はこういう流され方、ゾクゾクしちゃうんだよなぁ。


 閑話休題。


 サンロメリア城の正面玄関というのは、南門の真ん前に存在している。

 他の門から入った場合、通路をぐるりと回ってここへやってくる必要がある。

 というのは事前に聞いたイリヤさんからの受け売りである。


「はぁ、こりゃあ凄い……」


 遠くから見ている時も壮麗な眺めではあった。

 しかしいざ目の前に立ってみると、サンロメリア城の意匠の凄まじさがありありと伝わってくる。


 アーチ状に作られた正門の鋼鉄製の扉は細部まで繊細かつ大胆な模様が彫られている。

 その至る所に埋め込まれているのは宝石の類だろうか。

 ルビーのように真っ赤なものや、サファイアのように青く澄んだものも、ある。


 見上げると針葉樹林を思わせる乳白色の石造りの尖塔が無数に並び立ち、その一つ一つに異なった模様が浮き彫りされている。

 そこから更に巨大な塔が林立し、それぞれが渡り廊下や階段で繋がっている。

 立体的な、超巨大な迷路みたいだ。

 例えるなら……スペインのサグラダ・ファミリア、かな多分。

 ガウディも真っ青の超建築である。


「これがロメール帝国の中枢だ。

 50年かけて建設された、国内最大の城だ」


「ほぉ……50年も。

 ……たった50年!?」


 ええー確かサグラダ・ファミリアは現時点でまだ未完成で、完成予定は……覚えてないけど当分先だ。

 100年以上、かかってるんじゃなかったっけ。


 それに比べこの城は、工期がたったの50年とは。どんな建築技術だ。


「そこまで驚くことか?

 魔導師達が、手を尽くしてくれたからな」


「あ、そっか!魔法があるんだ!」


 何も専用の重機なんか無くたって、魔法でちょちょいのちょいってわけか。

 それで50年かかったってことは、こっちの世界においても一大事業だったんだろうなぁ。


「ふん、魔法だ魔術だと口では簡単に言えるが、実際に行使するには熟練の技が必要だ。

 これだけ大掛かりな工事になれば尚のことだろう」


 イリヤさんと二人並んで、サンロメリア城の威容を見上げる。

 俺のいた世界も、こっちの世界も、結局のところ人の技と努力によって成り立っている。

 使う技術や道具は違えども、人間の意志や想いに、違いは無いのだろう。


「そういえば……あの暗黒魔導師が現れた時」


「ん?」


「花火みたいなのを空へ打ち上げましたよね」


「あぁ、覚えている」


「あれって結構遠くからでも見えたと思うんですけど、この城からは確認できなかったんでしょうか」


 あの時俺は、城の見張り番はいないのかと(いぶか)しんだ。

 四方を目抜き通りに囲まれ、ずっと先まで見渡せるはずのこの立地で、城の者達が誰も異変に気付かないなんていう事があるのだろうか、と。


「いくらどしゃ降りだったとはいえ……物見やぐらとか、無いんでしょうかね?」


「いや、あるが……そうか、考えてみれば不審ではあるな。

 ふいの雨に雨具を取りに城内へ、見張り番がたまたま引っ込んでいた……というのは苦しいか」


「ちょっと無理ありますよね」


「一昨日の見張り当番の兵士を探し出し、直接聞いてみるのが良さそうだな」


「はい、是非!」


 何か、気になる。

 根拠のない単なる勘だが、このささいな引っ掛かりがどうにも重大なことのように思える。


 ま、そういう諸々を調べる為に、これからサンロメリア城に乗り込もうとしているわけだ。


「では……行くとするか」


「はい」


 正門の前に立つ二人の兵士。

 イリヤさんは、


「通してもらおう」


 と一声かける。


 無言で頷いて、二人の兵士が交差させた槍の先端で扉を叩いた。中にいる者への合図なのだろう。

 内開きの鋼鉄の扉が軋みながら開いてゆく。

 その隙間から、徐々に徐々に、城の内部構造が見え始めた。


 長大な廊下が、ずぅーっと先まで続いている。

 ペルシャ絨毯のように上等そうな敷物が廊下の中央に敷かれていて、その左右の壁際にたくさんの窓。

 頭上は楕円形のドーム状で、至る所にはめられたステンドグラスを透過した光が七色に輝いて建物内を美しく彩っていた。


「はえぇ……」


 外から見ても立派すぎるほど立派だったが、内部はこれまた驚くべき造りだ。

 ステンドグラスからの虹色の光が廊下の至る所に影絵を形作っていて、その影絵自体が動いている。

 どういう構造にしたらこんな風に見えるんだろうか、皆目見当もつかない。


 やがて影絵の一つが廊下をすーっと動いて俺たちの足元にやってきた。

 ゴスロリ風の衣装を着た少女のように見える影絵は、軽くお辞儀をして見せた。


 うむ、何かおかしい。

 これ、単なる光の悪戯じゃないな。

 っていうかこの服、どっかで見た事があるぞ。


 影絵が突如その場から消失したと思ったら、目の前に案の定、フリフリのついた白黒のゴシックロリータファッションの少女が立っていた。


「ようこそ、サンロメリア城へ。

 歓迎するよ、豚さん」


「ジューク、やっぱりか」


「あはは、バレてた?」


 そう言ってケラケラとジューク・アビスハウンドは笑った。

 

「とまぁ、挨拶もほどほどに、イリヤ」


「どうした?」


「新情報があるよ、結構重要な」


「ほぅ、そうか。

 早速聞かせてもらいたいが」


「こんな所じゃ、ねぇ。

 私の部屋に来て」


 ジュークがパチンと指を鳴らす。

 途端に今まで見ていた景色が、姿を変えた。

 延々と続くお洒落な廊下は消え失せ、目の前には石造りの殺風景な通路といくつかの階段とが出現していた。


 目くらましの一種か。

 これもジュークの魔術なのか。


「サンロメリア城の内部は今みたいな仕掛けが山盛りだからね。

 容易には先へ進めないよぉ」


 さっきイリヤさんが言っていた特殊な仕掛けとは、これの事か。

 城全体が幻術によって守られているのか。

 こりゃあ、何も知らずに立ち入ればどうなることやら……。


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