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Day.4-10 ポルカとディジー大暴れ

 王立図書館の職員用通用口を入ってすぐの場所にディジーさんの研究室はあった。

 部屋中を埋め尽くす謎のガラクタ達。本棚にびっしりと並べられた分厚い書物。

 机と椅子がある一角だけが、辛うじて動けるスペースになっている。その机の上も、物で溢れかえってはいたが。


「先程は、失礼しました。

 調整がまだまだ甘かったみたいです」


 ディジーさんはポルカと呼ばれた機械仕掛けの子犬を机に置いた。動力源になっていた魔導石は背中から引き抜かれディジーさんの手の中にある。


「その犬は一体何だ?」


 イリヤさんが訊く。


自動(オート)人形(マータ)です。

 魔導石に蓄えられた魔力で動く、動物を模した機械なの。

 これはその試作機。

 本当なら人間とそれ以外を識別出来るはずだったのに」


 実際にはその区別がついていなかったようだ。

 にしても機械の犬にも真っ先に狙われるとは、ラガド大将の嫌われっぷりは凄いな。


「そんなもの作ってどうしようというんだ?」


「ポルカは実際の犬のように人間にとってのパートナーとして活動することを想定して作りました。

 高い機動力と目的遂行能力、それに知性を兼ね備え、魔導石によるエネルギー供給のある限り無限に活動可能でかつ、魔導石の入れ換えによる性能のカスタマイズも容易という、素晴らしい自動(オート)人形(マータ)です」


「聞いてる限りでは素晴らしいことだが、まだ試作段階なんだろ?

 それにさっきみたいな暴走は勘弁してもらいたいな」


「うう……すみません」


 ポルカがもし仮に完成したなら、それはきっと人間にとって有益な事だ。

 例えば危険な場所での作業を任せることも出来るし、家事を手伝わせてもいい。単純にペットとしての需要もあるだろう。

 しかし俺のいた世界における無人機(ドローン)がそうであるように、たいていこういう機械の最大の利用目的は……軍事的行動の為だ。


 さっきのポルカのあの動き、そして兵士の槍を逸らしたあの術……単に人間のパートナーとして用いるにはいささか、オーバースペックだ。


「それと、念の為確認しておきたいんだが……まさか開発はラガドの指示じゃ無いだろうな?」


「えっ?よくわかりましたね」


「はぁ、やはりそうか」


 イリヤさんは溜め息をつく。


「おかしいと思った。

 あの短気なラガドが、あんな事をされて黙っているわけがないからな。

 普段のあいつなら、即刻処罰を決定するだろう」


 なるほど、ほんとに厄介な相手らしい。

 俺もラガド大将と接触する際には細心の注意を払うとしよう。


 当のラガド大将とロクス王子は現在、図書館を廻っている筈だ。

 ディジーさんはポルカを片付けたらすぐにそちらへ合流する事になっている。


「でもラガドさん、ポルカの出来には満足して頂けているようですよ」


「あいつはきっと、ポルカを戦争に使うつもりだぞ」


「あら?そんな野蛮な事に?

 平和利用だとおっしゃってましたけど」


「平和利用、ね。

 そりゃ平和になるだろうよ、他国を全て侵略した後は」


「まさか!

 そこまで大胆なこと、王様が許可なさらないでしょ?」


 これは……そうか、ディジーはまだ知らないのか。

 王様は今、行方不明だと。


 ということは情報統制が敷かれているのか。国民を混乱させないために……という上っ面だけの理由を振りかざして。

 実際には王位継承を迅速に行う為だと思う。国民の批判を受け付けず、事が全部済んだ後でしれっと告示するつもりだろう。


 恐らく、全てはラガド大将の描いた絵だ。

 そしてポルカも、ラガド大将の軍事力の一部となる為に開発が進められているに違いない。

 ディジーさんは人間にとってのパートナーと言っているが、ポルカの戦闘力の向けられる先は、まさにその人間だ。


 イリヤさんは一瞬、言い淀んだ。真実を伝えるわけにはいかない。ということはディジーさんに対して嘘をつかなくてはならない。あるいは……。


「軍部では今、ラガドの発言力が増している。

 今すぐにとはいかないだろうがいずれ、ラガドが新王を擁立して実権を握る日が来ないとも限らない」


 絶妙な表現だ。イリヤさんの言葉に嘘は一つもない。

 その上で王様については、はぐらかした。

 剣の腕も立つが、イリヤさんはただの脳筋ではない。頭もよく切れる。


「えー、でもラガド大将も喜んでくれていたので」


「おい、あんな奴にまで好かれる必要は無いだろうディジー」


 朗らかに笑うディジーさんに対し、イリヤさんは苦笑いをしている。

 ディジーさんの基本的な行動理念は、世界中の人から好かれること、だったっけか。


「いえ、そういう訳には参りません。

 私はこの発明でラガド大将にも、国民にも、戦争相手の方々にも好かれて見せます。

 その為にポルカには、非殺傷兵器を搭載してあります」


 ……とりあえず兵器は積んでるんだね。


「あの奇妙な術の事か」


 イリヤさんも俺と同じ事を考えていたようだ。


「ええ、あれは簡単な理屈ですよ、魔術ではなく」


 そう言って手の中の魔導石を指でなぞる。


「実演して見せましょう。

 発動!」


 ディジーさんが唱えた瞬間、魔導石が赤く輝き、机の上に置かれていた雑多な物達が一斉に魔導石に向かって飛んだ。

 そして次々と石にくっついていく。当然ポルカのボディも引っ付いた。


消磁(しょうじ)!」


 次の言葉で全ての物はその場に落下した。


 これは……磁石か!


「お分かりになりましたか?

 ポルカに搭載された兵器の正体が」


「そういうことか……磁力を発生させている、と」


「その通りです。

 ポルカの動力源である魔導石には磁場を発生させたり金属の磁性を変化させたりする機能が組み込まれています。

 これによって鉄や銅製の武器ならば、吸い付けたり跳ね返したりすることが出来るわけです」


 これが、術の正体だったのか。

 兵士の槍の穂先は恐らく鉄かその合金。だからポルカは磁力によって反発する力を生み出し、逸らすことが出来たんだ。


「この力を用いれば、兵士には一切傷をつけることなく武器だけを無力化する事が可能です。

 平和的でしょ?」


「あぁ、まぁ戦い方としては血生臭くなくていいんじゃないか。

 だがちゃんと操れるんだろうな?

 敵味方見境なく能力を使うようならそれこそ悲惨な結末になるぞ」


「そこはまだまだ発展途上です」


「人間とそれ以外を見分けるっていうのは……」


 ここで俺が会話に割り込んでみた。

 敵味方の区別より前に、根本的な部分が完成していない気がしたからだ。


「あっ!そうでした、忘れてました!

 あの大失敗は二度と起こらないようにしないと!」


 もう忘れてたのか、この人。

 頭はいいんだろうけど、天然だよなぁ。


「どうやって見分けているんだ?」


 イリヤさんもその仕組みには興味がありそうだ。


「この世界のあらゆる生物には、その種特有の(オド)があります。ポルカはこれを検知し対象を識別しているのです。

 でも本当に変ね、人間の(オド)は特徴的で判別するのは容易な筈なのに」


「何かの要因で誤作動することはないのか?」


「うーん、例えばジュークさんみたいな強大な魔導師であれば、普段から魔界の物に触れているでしょうから自然と(オド)が変化して“人間ではない”という判断が下されてしまう事は考えられますね。

 もしかして……ラガドさんもこっそり魔術を(たしな)んでいたりして」

 

「無い無い、あいつはそんな繊細な作業は出来ないよ。

 やはりポルカの調整は不充分だということだろう。

 もっと高度な判断が下せなければ、戦場で魔導師と共闘することも出来ない」


「はい……私が悪ぅございました……」


「まぁそう落ち込むな、ラガドなら多少噛んでも私が許す」


 そんな事を言って、イリヤさんはニヤリとした。


「本当?」


 ディジーさんは上目使いにイリヤさんを見る。


「あぁ、むしろラガドだけ狙うようにしろ」


「ふふっ、じゃあ私はイリヤを狙うわね」


 がばっと勢いよくディジーさんが抱き付く。

 イリヤさんはうんざりした表情で俺を見たが……どうすることも出来んなぁ。


 いやぁ眼福眼福。


「イリヤ……ん!」


 ほぉ……何とこれは!

 ディジーさんはそっと瞼を閉じて顎を持ち上げる。

 キスをせがんでいるようである。


 ううむ……よい!


「ん!じゃないよ……。

 するわけないだろ、おい!」


 俺の方を見てもダメなのである。

 俺はもうそのつもりで身構えているオーディエンスでしかないのだ!


「んんー!」


「わかったわかった、ほらよ」


 イリヤさんは机の上からポルカをひっ掴むとディジーさんの唇に押し付けた。


「むぐぐ……いけずぅ!」


 不平を漏らすディジーさんの体を引き剥がして、イリヤさんは離れた。

 おいおい、そりゃないよ!


「スキンシップが過ぎるぞ、ディジー。

 やるんなら、あいつとやっておけ」


 俺!?

 いや、いいけど……。

 大歓迎。


「んーー!」


「ヤダッ!」


 いきなり拒否!?

 い、いけずぅ……。



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