Day.4-9 奇妙な犬
ロメール帝国三大将の一人、ヴァルト・ラガド。
この男が噂に聞く、軍部の急先鋒か。
ロクス王子の後見人であり、権力に執着し、マリさんを拷問部屋送りにしようとしているという……。
僕は神経質で短気で嫌な奴です、っていう顔してるよなぁ見事に。
「やぁ、イリヤ。
こんな所で会うとは奇遇だな」
ラガドは少しざらついた声をしている。
喉に痰が絡んでいるような。
そのノイジーな声質は聞く者を何となく不快にさせる。
ううむ、完全に初対面で、ファーストインプレッションでここまで嫌な気にさせるのもまた一つの才能か。
俺ももう既に、ラガド大将のことを嫌いになりかけている。
さっきからジロジロ見てくるし。
「ヴァルト殿、王立図書館にご用ですか?」
いつもの鉄面皮に戻って、イリヤさんが応対する。
「用があるのは僕の方だよ」
ロクス王子が一歩前に出、ラガド大将とはまるで違うクリアな声で言った。
「王子、また読書の為の本をお探しに?」
「うん、退屈しのぎにね。
イリヤは?」
「私は勉強の為に参りました」
ロクス王子はイリヤさんの手にしている禁書を指差した。
「その本かな?」
「ええ、魔物の図鑑です。
しかしお見せすることは残念ながら出来ません。
これは禁書に分類される危険な本なので」
「へぇ~、禁書かぁ。
いつかは読んでみたいね。
その為には、先に魔術の勉強をしておかないとね。
イリヤはいつも勉強熱心で偉いね」
「畏れ入ります」
王子というだけあって、この少年は目上の者とも対等な口の聞き方をしている。
しかしその態度に不快感がないのは彼の美貌と美声のせいだろうか。
上に立つ者の纏うべき品格を、生まれながらにして持っているというか。
「で、この人は誰?」
「単なる知り合いです」
「ふぅん」
ロクス王子がジロジロ俺の方を見てくる。不審者を見るような目だ。
こういうときにさっさと身分を明かせないのは辛いなぁ。
「身分の低そうな格好だけど……おいお前!」
「あ、はい」
おいおい、ガキめ。お前とは何だお前とは。
心の中で悪態をつく。
「イリヤとはどういう付き合いだ?
彼女は帝国で最も優れた剣士だが、お前は何が特技があるのか?」
「いえ、特技とかは別に……」
「ふん、そうか。
ねぇイリヤ、下賎の民とはあまり付き合わない方がいいと思うな。
卑しい性質が移るよ」
うわ、酷い言い種だな。
よし、前言撤回、このガキも嫌な奴認定しよう。
賢人会議をさっさと開催して、鼻を明かしてやりてぇなぁまったく。
「ご忠告、痛み入ります。
ところで王子、今日はどういった本を?」
「うーん、そうだなぁ。
また戦術書でもいいんだけど……本を読むだけで実践できないからなぁ」
「御父上のご遺志を継ぎ新王になられれば、ロクス王子の蓄えた知識を存分に発揮できましょうぞ」
ラガド大将が横から物騒な発言をした。
「父上かぁ……どこ行っちゃったのかなぁ」
自分の父親の事だというのに、ロクス王子はさほど悲しんでもいない様子だ。
親子の仲は、そこまで良好ではなかったのだろうか。
が、今の発言からしてロクス王子は父親が既に死んでいるとは考えていないようだった。
対するラガド大将はこの機会に何としてでも自分が実権を握ろうという野心で動いているみたいだ。
ロクスを焚き付けその気にさせようと頑張っている感が見て取れる。
「ロメール王が消息を絶ってから既に3日……残念ですがもう魔族の手にかかって亡くなっているかもしれませぬ。
であれば次の王の座に誰が就くのか、考えていかねばなりません」
「兄上でいいと思うよ」
さらりと、何の躊躇もなくロクス王子は権利を投げ出した。
国家の最高権力者という立場は、この少年にとっては魅力的でないということか。
「いえ、ソラリオ王子は王になるには少し思慮が足りません。
ロクス王子の方が適当であると、私は考えておりますが」
「そう?
僕は父上みたいに仕事熱心なのは好きじゃないな。
もっと自由に、気楽に生きていたいんだけど」
ラガド大将の思惑の成就はイージーではなさそうだ。
ロクス王子は権力に興味がないか。
「いけませんぞ、王子には責務が御座います。
国民に威信を示し、国力の更なる充実に邁進し」
「わ~、誰か、その子を止めてください!」
突如、図書館の裏手の方から女性の声が聞こえてきた。
その場の全員がそちらを注視する。
4名の兵士がラガド大将とロクス王子をカバーする。
猛スピードで建物の角から姿を現したのは、斑模様の子犬だった。
「キュイイッ」
鳴き声が、奇妙だ。
単なる犬ではない?
「ポルカ!!
戻って!!」
息を切らせて、ディジーさんが走ってくる。
この人のペットか。
「誰かぁ!」
ディジーさんの制止の声を一切聞かず、子犬は駆ける。
ラガド大将と、ロクス王子の所へ。
マズい!
「いかんな」
イリヤさんは先んじて子犬の軌道上へ割り入った。
素早く身を沈め、禁書を手放して両腕を伸ばす。
捕まる寸前、子犬は急停止から右へ折れ、するりとイリヤさんの脇を抜けた。
まるでサッカー選手のフェイントのように美しい動作だ。
イリヤさんの手をすり抜ける直前、一旦停止をかけた時に子犬の姿がはっきりと見えた。
やはりただの犬じゃない。
斑模様に見えていたのは継ぎ目だ。銀色や茶色の様々な部品を組み合わせて作り上げた、機械仕掛けの犬だ。
ア◯ボみたいな……。
兵士達が槍の穂先を子犬に向け牽制するが、子犬は怯まない。
一人の兵士が焦れて槍を突き出した。
この時、奇妙な事が起こった。
突き出された槍が子犬の体を避けて流れた。
兵士がバランスを崩してたたらを踏む。
子犬の体からごく小さな、何らかの音が聞こえた気がしたが……。
アルコール・コーリングを発動していない今では、はっきりと聞き取れない。
4人の兵士が次々と突きを繰り出すが一切当たらない。
子犬は動き回りながら槍を避ける。
というか、槍の方が子犬の体を避けているようだ。
何かの術か。
それにしてもこの機械仕掛けの犬は、相当に素早い。
要人護衛の任に就いているのだから恐らく相当に手練れであろう兵士達を手玉に取り、難なく列を抜ける。
その先にいるのは、ラガド大将だ。
大地を踏み締めて子犬は一直線に跳んだ。
ラガド大将の頭部へ。
「キュイッ!」
ラガド大将に喰らい付く寸前、イリヤさんの蹴りが放物線を描いて子犬の胴体にめり込んだ。
そのまま蹴り抜き、子犬を吹っ飛ばす。
が、子犬は空中で回転しながら4つの足でしっかりと着地した。
「それ以上暴れるようなら、本気で私が相手になるが?」
剣を抜き放ち、イリヤさんは啖呵を切った。
「キュイイッ」
「イリヤ、壊さないで!
貴重な魔道具なの!」
ディジーさんが懇願する。
魔道具か、あの子犬が。
「保証は出来んな。
ディジー、あいつを止められないのか?」
「あぁ!人間は襲わないはずなのに!」
「失敗作だな……諦めろ!」
再び駆け出した子犬に対しイリヤさんの剣が翻るよりわずかに早く、何かが子犬に飛び掛かった。
バサバサとがさつに羽ばたいて、禁書が機械仕掛けの子犬の頭部を挟み込んだ。
子犬の回避行動を先読みして滑るように空間を移動し、ページの間にその頭部をがっちりと掴まえている。
「キュイイッ」
振りほどこうともがくが、ページを牙に変化させた禁書は容易には離れない。
「イリヤ、どうなっているの?」
イリヤさんの横に並んで立ち、ディジーさんは疑問を口にする。
「さぁな……じゃれつきたい気分だったんだろう」
俺からは、禁書がイリヤさんを助けたように見えた。
何度も頭部を噛られた子犬は遂に、その場に座り込んでしまった。戦う意思を、放棄したようだ。
禁書が牙を収め、飛んでイリヤさんの手に戻る。
「ふん、なんだ、この私に恩でも売っておこうと言うのか?」
既に禁書はただの本と化している。
今のは……マジで“飼い主”を助けたって事なのか!?
納刀し、イリヤさんはほっと溜め息をつく。
「ディジー、また変なものを作っているのか」
「ごめんなさい、今回のは自信作だったの……。
まさかこんな事になるなんて」
ディジーさんはだいぶ狼狽しているみたいだ。
てかこの人、ただの司書じゃなかったのか。
「イリヤさん、怪我は?」
一応、無いとは思うが“付き人”として訊いてみた。
「無い」
ですよねー。
「にしてもその本、凄いですね」
「ふん、禁書なんかに好かれても何の得もないよ」
俺とイリヤさんは顔を見合わせて、二人して笑った。




