Day.4-8 嫌な遭遇
誰彼かまわず好かれようとするディジー・ローズさん。
に対してイリヤさんはカラッとした思考回路だが、これはきっと、数多くの修羅場を過去に潜り抜けてきたからだろう。
そもそもイリヤさんとべったりした付き合いなんてしようと思ったらこっちの命がいくつあっても足りない。
人それぞれ、人生観があるということだ。
そして俺はどうかと言うと……まぁ普通でいいや。
異世界は楽しいけれど、昨日みたいな死線をそう何度も経験したくはないかな。
「それで、その本で何を調べようと言うんです?」
「うむ、デストリアの生態を再確認しておきたいと思って手に取ったんだがな。
デストリアにされていたチコの母親が、理性を取り戻す可能性を探るつもりで。
しかし思いもよらずこいつが噛み付いてきたので仕方なく懐柔して連れてきたというわけだ」
あの母親の一件は心残りだ。救ったつもりが、救えてはいなかった。
精神はすっかり魔獣と化しており自分の子さえ判別できない様子だった。
屈強な狩人であるガリアーノさんがついているから大丈夫だと思うが、チコの事は気掛かりだ。
「それで……どうでした?」
「魔獣の素体にされた人間はしばらくは理性や感情が残っているようだ。
しかし一定期間の後、人間としての性質は失われ完全に魔獣と一体化してしまうらしい。
精神も肉体も、な。
この本の記述通りであるならチコの母親が元に戻る可能性は極めて低いと考えざるを得ない。
が、実際にはほんの記述とは異なり肉体は傷一つなく保存されていた。
これをどう見るか、だが」
「本の記述との間に矛盾があるってことですよね。
本来なら肉体も魔獣と同一化されているはずだと」
「一定期間、というのがどれくらいの期間をさすのか具体的な記述は見つけられなかった。
まあ魔獣百科事典のような趣のこの本では、一体一体そこまで詳述することは出来なかったのだろうが。
私の推測では、チコの母親が魔獣にされてから私たちによって救出されるまでせいぜい数か月、といったところだろう」
「なら、まだ魔物に取り込まれる前だったかもしれませんね」
「精神がかなり浸食されているとはいえ、戻る可能性が少しは残っているかもしれない。
だが過度な期待はするなよ、悪い結果に終わることも充分あり得るのだから」
「ええ、わかってますとも」
それは承知している。だが、俺にとってはいい報せだ。あの母親に、元に戻る可能性が出てきただけでも。
と、ここでふと、ある事を思いだした。
「そういえばイリヤさん、デストリアのことを以前に図書館で読んだって昨日言ってましたけど、その時は本に噛み付かれなかったんですか?」
「あぁ、それは違う本だな。
一般の書架にも魔物に関する物は多い。
だが今回はもう少し具体的な記述が欲しかったので禁書の書庫を漁ってみた、というわけだ」
そうか、確かに魔物や異人種がすぐ近くにいる世界観なら、それらに関する本なんていくらでもあるだろう。
闇の一族についても、100年そこらの前の時代の出来事なら未だに覚えている人も多いだろうし。
「お前の方はどうだ?
何かしら収穫はあったのか?」
問われて気づいたんだが……俺ほとんど本を読んでねぇ!
手に取ってすらいねぇ!
ディジーさんに夢中……もとい振り回されっぱなしで本を読む余裕がなかった。
「いやぁ、あんまり収穫と言えるほどのものは……」
「おい」
「はい?」
「昼食でも食べに行こう」
「また俺ヘラヘラしてました!?」
予想が、外れた。
先読みして発言したのに。
ただのランチの誘いかよ。
いや、でもイリヤさん今、視線を俺から外したな。
庭園の向こうに、人だかりが。
いや……兵士の一団か。
重厚な銀色の甲冑に身を包んだ兵士達が槍を掲げながらゆっくりと街路を行進している。
「何でしょう?」
「はぁ……」
イリヤさんがため息をつく。
どうしたのかな?
「あれ?具合でも悪いんですか」
「違う違う、嫌な奴が来たなと思ってな」
イリヤさんは眉間に皺を寄せながらこめかみを指でついている。
イライラした表情だ。
兵士の一団がその場で停止した。
兵士は隊列を変え、二手に分かれた。
兵士の間から二人の人物が姿を現し、こちらを向く。
「ダメだな、見つかってしまったか」
「えっ?」
「アイツだよ、嫌いなんだ、私」
ここまで露骨に嫌悪の表情をしているイリヤさん初めて見たな。
てかイリヤさん、こんな上等な装備着てたらそりゃ目立ちますよ。
街中でも戦闘用のアーマー着込んでるんだもんな。
兵士達に左右を囲まれながら、二人の人物が近付いてくる。
爬虫類っぽい顔をした痩身の男と、少年だ。
少年の方はすごく美形な顔立ちをしている。
彫りは深く、目は青く澄んでいる。
シルバーに近い金髪が太陽光を反射して眩しい。
あたかも少年自体から後光が発生しているかのような錯覚に陥る。
「誰なんです?あの二人」
「あの気持ちの悪い顔をした奴がヴァルト・ラガド、ロメール帝国軍三大将の一人だ。
そしてその横にいるのが、ロクス王子だ」
あぁ……あれが噂の。
「よりによってこんな所で会うかね、全く」
イリヤさんが再度、深く溜め息をついた。




