Day.4-7 凶暴な本
最終的に全ての人から好かれるのが目標とは。
ディジー・ローズ……恐ろしい人だったなぁ。
現在俺は王立図書館正面入口外のベンチにて休憩中。
動悸が収まるのを待っているような状態である。
彼女いない歴=年齢の俺にとってはちょっと刺激が強すぎる図書館デートであった。
あの後一通り図書館を一緒に回ったのだがディジーさんの解説が全然頭に入ってこなかった。
昼時になったので昼飯を食べてきますと言って一旦外に出た。
そしてベンチで脱力しているわけだ。
この世界の事についてじっくり調べていられるようなシチュエーションじゃなかった。
振り回されっぱなしだな、この俺は。
まぁ……悪いもんじゃなかったけどな、グヘヘ。
「ヘラヘラするな」
「どわあっ!
イリヤさん!?」
全く気付かなかった。てかいつからベンチの横に立ってたんだこの人は。
「いつからそこにいたんだって顔しているな」
「いつからいたんですか?」
「お前が邪悪な笑みを浮かべる少し前からだ」
「まさに今、ですね」
「いや、結構前から顔が歪んでたぞ」
「笑ってたんですよ……」
正確には込み上げてくるニヤニヤを頑張って堪えていたのだ。
顔歪んでるってひどい表現だな!
「ふむ、いずれにせよ邪悪ではあったがな。
ディジーにまんまとやり込められたか」
「イリヤさんはあの人と親しいんですか?」
やり込められたのは事実だしそれはもう完膚なきまでにやられたが、イリヤさんの前で認めるとネタにされそうだったんで話題をしれっと変えてみた。
「話を逸らすな」
って言われてしまった。バレましたか。
「いやはや……すごい人でした。
俺の完敗です」
敗けを認めたところで少し冷静さを取り戻してきた。
すると全然今の今まで気が付かなかったのだがイリヤさんの肩に何か、ある。
「あぁ、こいつか」
イリヤさんの肩に本が“噛り付いて”いる。
本が開いてイリヤさんの肩をさっきから何度となくガリガリ噛んでいる。
イリヤさんの防具は高級品だし肩当もさぞかし上等なのだろう。
だから齧られたからといって生身の方にダメージはない。
「禁書の一つだ。
持ち出すつもりはなかったのだが、どうやら私に懐いてしまったらしい」
「懐いてるんですか、それ!?」
禁書の中には噛み付くやつもあるとは事前に聞いていたが本当に噛み付いてるよ。
ページが牙状に変化している。
「私が手に取って読もうとしたら、“噛み殺すぞ”などと物騒なことを言って襲い掛かってきたので格の違いをわからせてやった。
しつけというやつだな」
よく見ると、ハードカバーの本の背表紙の一部が綺麗にかけている。
その部分だけ剣で斬り飛ばしたのだろう。
「そろそろ遊びは終わりだ。
外では目立つからな、本に戻れ」
イリヤさんが背表紙を掴むと、牙は萎んですぐに単なる本へと戻ってしまった。
「なんか、ペットみたいですね」
「古の魔導師が戯れに本に命を吹き込んだのだろう。
こいつはずっとあの書架で誰かが手に取ってくれるのを待っていたのかもしれん」
命を吹き込まれた本か。
危険だからといって図書館の一角にずっと放置されていたのなら……少しかわいそうな気もするな。
「でも、どんな内容なんです?」
「この世界にいるとされる魔物の図鑑だな。
昨日遭遇した魔獣デストリアも、この本には記載されている。
一般的によく見られる低級の魔物から闇の一族の手による人造魔獣まで、かなりの種を網羅している書物だ」
「へぇ、読み応えありそうですね。
ちょっと見せてもらっても?」
「止めといた方が良さそうだな。
恐らく噛み付かれるぞ」
本を見せてほしいと言った途端パラリとページがめくれて一瞬、そこに牙が生じたのを俺は見逃さなかった。
あぁ、こいつは危険度高すぎるな。
「ちなみに、だが私とディジーは顔馴染みだがあくまで仕事上の付き合いだ。
プライベートまであいつと一緒にいると疲れる」
「はぁ……ごもっともです」
「男女の見境ないからな、あいつは。
私にまでベタベタしてくるし」
変わった人だなぁ……あの人。
そうまでして周囲に好かれたいかな。
「ま、色々あったんだろうよあいつにも。
私は過去の経験から人とべったりした付き合いはしないようにしているが、ディジーは逆に人から好かれることを第一に考えているというそれだけのことだ」