Day.4-5 麗しの司書
「お前を城内へ連れて行く。
お前の能力で事件の真相と、裏切り者を探れ」
とかいう無茶振りを、至極まじめな顔して言うのがイリヤさんである。
確かに、アルコール・コーリングは秘密裏に情報を集めるには適している。
だが城内に入ったこともなければどんな人物が出入りしているかもほとんど知らない俺に、果たしてそんな重大な仕事が務まるだろうか。
いやぁ、俺も自力で城内を探ろうかと考えていたけれど、実際問題、誰かにナビゲーションしてもらわないと捜索も覚束ない。
「案ずるな、私も随伴する。
必要な場面で指示を出す」
「あぁ、まぁそういうことなら」
出来なくもないか。
「王は私とジュークに敵を探らせるつもりだろうが、あまり私達が動きすぎると却って疑惑を招く。
目立たず探りを入れるにはお前の能力が最適だ」
アルコール・コーリングならば、ただ歩いているだけでも周囲の情報を自動的に収集できる。
ただ問題は……。
「ところでどうやって俺を城内へ?」
「あぁ、それを少し考えていたところだ。
行商人だと言うには、偽の通行証を用意しなければならない。
客人だとするには、色々と設定を考えなくてはならない。
一番楽なのは、やはり城の警備兵に偽装することか」
「えぇー、でも警備兵が城内をウロウロしてたら変じゃないです?」
「私の護衛ということにしておく」
「イリヤさんの……護衛ですか?
それってむしろ変なんじゃあ……」
これほどの剣士に護衛とは。
てか多分、予想だけど、イリヤさんって普段から護衛なんかつけてないよな。
余計に怪しまれるんじゃないかなぁ。
「何だ?
この私の策に不満でも?」
「いえ、滅相もございません!」
「よろしい」
強引に言いくるめられてしまった感があるが……。
「でも、警備兵の装備はどうするんですか?
甲冑着てるじゃないですか、彼ら」
「私が持っているぞ。
貸してやろう」
「えっ!?イリヤさんが着古した鎧を俺に!?」
「未使用品だ」
氷のような冷たい目をされてしまった。
おや?俺そんな変なこと言ったかな?
その時ちらりと、イリヤさんの視線が動いた。
つられて俺もそちらを向く。
一人の女性がこちらへ向かって庭園をゆっくりとした足取りで歩いてくる。
ブルーのロングスカートに白の上着が実に爽やかな印象だ。
少しウェーブがかった黒髪。
涼しげな瞳がまっすぐ俺に向けられている。
吸い込まれそうな……微笑みだ。
「ヘラヘラするな、みっともない!」
イリヤさんに怒られた。
おかしい、ヘラヘラしてるつもりじゃないのに。
美人を前にして表情が緩んでしまったか?
気を付けよう。
「ディジー、遅かったじゃないか」
「あら、お待たせしてしまいましたか。
それは本当にごめんなさいね。
ロクス王子と約束があったもので」
「ロクスか、あれは本当に本が好きだな」
「最近では戦術書に凝っていらっしゃるようで。
いずれは帝国の宰相かしらね」
「頼もしい限りだ」
ロクス王子、確か王様の二人の息子の内の一人か。
「ええっと、恐らく私は初対面だと思うのですがこちらの殿方は?」
「あの、俺は」
「あぁ、こいつは単なる付き人だ」
食い気味に挨拶しようとしたら肩をイリヤさんに押さえつけられて黙らされた。
「ちょっとー、イリヤさん!」
「偽名は考えたのか?」
「いや……まだでした」
「なら黙っていろ」
「お二人は仲が良さそうですね」
「はい、親友です」
「ただの知り合いだ」
イリヤさんと声が被った。
「ふふっ……イリヤ、あなたにしては打ち解けているようね」
「私は誰に対しても対等だ」
憮然とイリヤさんは訂正した。
「私はこちらの王立図書館で司書をしております。
ディジー・ローズです。
以後、お見知りおきを」
麗しの麗人はおしとやかに科を作って名前を告げる。
麗しの麗人?馬から落馬みたいな表現だな。
「訳あって名は名乗れませんが、俺はイリヤさんの相棒です」
「付き人だ、付き人!」
「まぁ、イリヤったらムキになって。
私は相棒でも付き人でも構いませんよ。
私に用があって来たのでしょ?
本の事なら、早速案内しましょうか?」
「あぁ、そうだったな。
だが見せてほしいのはただの本ではない」
「禁書、かしら?」
禁書?
おぉ、それは別作品だ。
「闇の一族の秘術についての本が閲覧したい。
確か、ここに所蔵されていたはずだな?」
「また危険なものを……。
興味本位、というわけではなさそうね」
「忌々しいことだが……闇の一族が滅んでいなかった可能性が出てきた。
もし現代まで一族が生き永らえているなら、早急に手を打たなければならない」
「闇の一族が現代に?
そんなことが……。
だったら一昨日の門が破壊された事件も」
「直接的に破壊工作をしたのは魔族だ。
だが裏で魔族を手引きしていたのは闇の一族の者かもしれない」
色町ネハンの、マリさんの店から逃げた存在。
あれが闇の一族だったのか。
もしそうなら今後とも、人間にとって脅威と成り得るのか。
魔獣デストリアとチコのような悲劇が、繰り返されるのというのなら、それを許すわけにはいかない。
「承知しました。
イリヤだったら、あの書物を扱っても問題ないでしょう」
「あぁ、本の仕掛け如きで私は惑わされん」
「あのー」
「何だ?」
「何でしょう?」
おずおずと訊いた俺に対し、二人同時に返事が返ってきた。
「本の仕掛けって?」
「あぁ、見ればわかると思うが、禁書と呼ばれている本は一般的な書物とは趣が違うのだ」
「王立図書館所蔵の禁書とは、一般の方の閲覧が禁止されている書物の事を指します。
発禁本のことではありません。
禁書は資料的価値の高い稀覯本ですが、一般の方の閲覧が禁止されている理由は貴重な本だから、ではなく危険な本だからです」
イリヤさんの後を受けてディジーさんが解説をする。
「危険というのは?」
「本自体に呪いがかけられていて、迂闊に読もうとすると何かしらの危害を及ぼします」
「なんだか物騒ですねぇ……。
噛み付いたりするんですかね」
「噛み付くものもありますよ」
おぉ……マジであるんだ。めちゃくちゃおっかないな。
「かつての魔導書は本当にごく限られた人々のものでした。
それは一部の魔術に精通した術師が認めた自分達の為の覚え書きに過ぎなかったのです。
現在のように魔術が広く知れ渡っていなかった当時、いたずら好きの術師は本を第三者に勝手に読まれた時のためにちょっとした仕掛けを施したりしていました。
その仕掛けを解けるかどうかで相手の力量を推し量る狙いもあったのでしょう」
なるほど、術師同士の粋な謎かけ合戦だったわけか。
詰め将棋みたいなもんかな?
「中でも闇の一族の書物は強力な呪いによって守られている。
半端な覚悟で読めば、精神を破壊されるだろう」
「ええっ!?」
精神を破壊って……。そりゃあ閲覧禁止にもなるだろうよ。
「案内は致しますが、こちらの殿方は読まれない方がよろしいんじゃないかしら?」
と、ディジーさんが言う。
自慢じゃないが俺は魔術などさっぱりわからん。
邪な仕掛けがあったなら100パーセントそのまま喰らう自信がある。
「禁書を読むのは私だけだ。
その間、ディジーはこいつに図書館を案内してやってくれ。
一般向けの蔵書を読むだけでも、充分に価値はあるだろうから」
「ええ、そういうことなら。
禁書用の書架の場所は、わかりますよね?」
「勿論だ。
部屋の鍵を借りられるか?」
「これを」
「終わったら連絡する。
すまないが暫し待機しておいてほしい」
イリヤさんは鍵を預かってそう言った。
そして俺をキツイ目で睨みつつ、
「ディジーは魅力的な女性ではあるが……ヘラヘラするな」
え!?また俺ヘラヘラしてた?
「ふふっ、私なんか全然ですよ」
「ディジー、この男は汚らわしい奴だから気を付けるように」
「ちょっと、イリヤさん!
風評被害!」
すごく余計なことを言われてしまいそうだったのでかなり焦った。
俺は汚らわしくなどないのだ。
「さぁさぁ、それでは各自、参るとしましょう」
ディジーさんはパンと手を叩き合わせて朗らかに笑った。




