Day.3-22 帰路
馬車が、王都ロメリアへの帰路へ就いている。
荷台に座る、俺とイリヤさん。
結局ガリアーノさんは宣言通り、あの二人の面倒を見るようだ。
チコを一人に出来ないと言っていた。
イリヤさんはホマスが繋がる場所まで帰れたらすぐに城へ連絡し、迎えの者を向かわせると言ってくれた。
俺は無言で、固く握り合せた拳を見詰めていた。
思考回路は堂々巡りを繰り返している。
正しかったのか。
間違っていたのか。
それが、わからない。
答えのない答えを、探しているのかもしれない。
考えても無駄なことだと、思う。
あの状況では、ああするのが最善手だった。
チコの母親の精神が死んでいるなどとあの時点でわかろうはずもない。
救ったのが失敗だったなんて、所詮結果論だ。
けれどチコが、最後に見せた絶望の表情が、俺の心に深い爪痕を残している。
あの子は母親が元に戻るのを、ずっと待っていたんだ。
村人に騙されて、単なる病気だと思わされて。
それを、助かったと思った矢先に、あれだ。
俺は、チコの心を壊してしまった。
深く深く、傷つけてしまった。
今俺が感じている胸の痛みなんて、どれほどのものか。
いずれ、そんなこともあったなぁなんて忘却してしまえる程度のものだ。
でもあの子は、一生苦しみ続けるんだろう。
あの母親と一緒にいる限り、ずっと、ずっと。
「何を考え込んでいる?」
イリヤさんは窓から外の闇を見ながら、俺に話しかけてくる。
その横顔には陰がかかっていて、表情が読み取れない。
俺は、返事をしようと思った。
だが言葉が、出てこない。
「悔いているのか?」
「……はい」
あぁ、後悔だ。
それは間違いない。
「お前の世界は、平和なのか?」
「えっ?」
「お前がいた世界は、平和で満たされた世界だったのか?」
「いや、そんな事は……」
そんな事は無い。
平和な国や地域はある。
でもそうじゃない場所も、多い。
「どこにでも悲劇はある。
誰かを救おうとすれば別の誰かが悲しむこともある。
いつもいい結果だけが残るわけじゃない。
世界は、そういう風に出来ているんだ。
そして私はあまりにも多くの悲劇を見てきた。
けれど、いや、だからこそ私は立ち止らないことにしている。
何があっても、どんな事が起こっても、喜びも怒りも悲しみも全て受け入れて、それでも前を向いて進むことにしている」
イリヤさんは、強い。
肉体だけではない。
心が、強靱だ。
どれだけの修羅場を、この人は潜り抜けてきたんだろう。
そしてどれだけの後悔や無念を、飲み込んできたのだろう。
俺は、何も無かった。
ただ無為に、日々を過ごしてきただけだった。
事なかれ主義、日和見主義。
でもどういう因果か、力を授かった。
そして異世界へ、この世界へやってきた。
「辛ければ、降りていいんだぞ。
サンロメリア城に住みながら、ゆっくりと過ごすのもいい。
実際、そうしている転移者もいる。
お前の気持ち次第だ。
私はお前の考えを、尊重する」
イリヤさんは優しく、言ってくれた。
この人は、人格者だ。
自分にはとことん厳しいくせに、他人にも基本的には厳しいくせに、こういう時にはとても……優しい。
「俺は……」
イリヤさんの言葉に甘えてしまうことはしたくない。
俺はもう知っている。
知ってしまっている。
俺の持つ力が、大勢の人の命を救えることを。
だから。
「俺は役に立ちたいんです。
人の役に……」
これしきのことで……負けてたまるか。
次はもっと、うまくやればいい。
絶対に、俺はやってみせる。
イリヤさんは帝国の危機に立ち向かおうとしている。
それを俺はアルコール・コーリングでサポートできる。
見て見ぬふりなんか、するものか。
「やります。
まだまだ……やりますよ俺は!」
「そうか」
イリヤさんは頷いた。
俺はその顔を見て少しだけ笑った。
今日、俺の心はほんの少し、強くなった。
3日目、終了。




