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Day.3-21 魔獣の残滓

 全く大変な一日だった。

 魔獣デストリアの討伐依頼はここに無事完了した。

 報酬こそ得られないものの、かけがえの無いものを、救うことができた。


 俺たちは燃え盛る炎の洞窟を後にし、村長の家まで戻ってきていた。

 毒の入っていない、普通のお茶で一服する。


 チコの母親は、村人の家から勝手に拝借した粗末な服を着せ、畳の上で毛布を被せて寝かせていた。

 意識はまだ戻っていないようだ。


「目が覚めるとは、限らないぞ」


 イリヤさんが言った。

 さらさらで艶めいて綺麗だったプラチナブロンドが炎で炙られて所々焼けてしまっている。

 顔も煤や魔獣の体液で汚れている。

 だがそれを気にする様子は特にない。


「ママ……」


 チコは母親の傍に座り、冷たい手をぎゅっと握っている。


「どうします?イリヤさん」


「ここで何日も滞在する意味はないな。

 待機させている馬車を呼びに、私が行ってこよう」


「ガリアーノさんは?」


「俺か、俺はどうしたものかな……。

 この子を一人にするのは忍びないから、もう少し付き合ってやるかな」


「体は、いいのか?」


 イリヤさんが訊く。

 肩の骨にひびが入っていると言っていたな確か。


「あぁ、応急措置は施してあるよ。

 といっても初歩的な回復魔法だけどな」


「私とこの男は、すぐに王都に戻らなければならない。

 お前は知らないと思うが昨晩、王都が魔族の襲撃に遭ったのだ」


「何だと!?

 それで被害は?」


「門が3か所破壊され、街の一部が損壊した。

 幸い、素早く対応できたから人的被害はほとんど無かったが。

 今回の事件は昨晩の襲撃と裏で繋がっている。

 私たちは王都へ戻り、早急に調査を進めなければならない」


「そうか……俺がこっちにいる間にそんなことになっていたとは。

 ではこの魔物を生み出したという闇の一族が、その襲撃にも関わっていると?」


「仮説の域を出ないが、その可能性は高いと私は踏んでいる。

 もしお前がここに残りその親子の面倒を見てくれるというなら、私たちはすぐに王都へ戻り、代わりにここへ人を送ろう」


「そうしてくれると助かる。

 まだこの場所も安全だという保障はないからな。

 村人の残党がいるかもしれねぇ」


 俺は、アルコール・コーリングで周辺を索敵した。

 大丈夫、誰もいない。

 だが敢えて、それを伝えるのは止めよう。

 俺のスキルについては、あまり多くの人間に知られてはならない。


「ママ!!」


 チコが、大声を上げた。


 母親が、身じろぎした。

 意識が、戻ったのか!?


 全員の視線がそこへ向く。


「うぅ……ク」


 ゆっくりと母親は目を開け、上半身を起こした。

 

「ママ、私だよ……チコだよ」


 母親の、ぼぅっとした瞳が娘の存在を捉える。

 一体この人は、どれだけの間魔獣の中に閉じ込められていたのだろう。

 そしてその間、どんな光景を見ていたのか。

 自分が魔獣と化して人を、動物を喰らっていた時、それを認識していたのか。


「ク……ク……クオオオォォ!!!」


 その雄叫びは、デストリアの鳴き声と同じだった。

 甲高い魔獣特有の鳴き声を発しながら毛布を跳ね除けて、母親はチコの左腕に噛み付いた!


「何っ!?」


「嫌っ!

 痛いよ、ママ!!」


「止めろ!!」


 イリヤさんとガリアーノさんが同時に立ち上がり飛びかかった。

 位置的にガリアーノさんが早い。


 暴れる母親を後ろから羽交い絞めにして引きはがす。


「クオオォ!!!」


 首を振り黒髪を振り乱し、母親は暴れた。

 

「何してんだ、あんた!!」


「精神が既に、魔獣のものと同一化しているんだ!

 肉体は無事でもその中身は、“あれ”のままなんだ!」


 イリヤさんが無情な宣告をする。

 まさか……そんな!

 せっかく助けたのに。

 せっかく、救われたはずだったのに!


「ママッ!!

 どうして?

 どうして!!!」


「クオオオオオオオォォォォ!!!」


 人ではない声を発しながら、母親はチコへとにじり寄った。


「チッ!

 こんな結末かよ!!」


 両腕で母親を制止しながらガリアーノさんが、顔を歪める。


「何か、縛っとくもんねぇか!?」


「待て、探してくる」


 イリヤさんは奥の部屋へ。

 俺もそのあとに続く。


 奥の部屋は調理場、そして裏口へと繋がる土間になっていた。

 土間には雑多な農具があって、一緒に麻縄が置かれていた。


「イリヤさん、縄です」


「それを使うぞ」


 俺は急いでそれを引っ掴んで部屋に戻る。

 ガリアーノさんが畳の上に俯せに母親を引き倒して覆いかぶさっていた。

 全身の体重をかけてその場に拘束している。

 そうしなければ、母親はチコに襲い掛かるだろう。

 

 血走った眼が、実の娘を睨んでいる。

 

 なぜなんだ……なぜこんなことになるんだ!


 イリヤさんとガリアーノさんが協力して、母親の両腕を後ろに回して縄できつく縛り上げた。

 そのまま柱に縄を回し、そこに母親の体を固定した。


 暴れまわる母親は二人には目もくれず、何度も何度も歯を噛み合わせてチコを睨み続けていた。

 まるで、次はお前だと言わんばかりに。


「ったく……後味が悪いぜ」


 ガリアーノさんが額を拭う。


 同感だ。

 結局のところ、助かったのは肉体だけか。

 精神は当の昔に、いずこかへと去っていたのか。


「おのれ……」


 イリヤさんも、苦い表情をしている。

 

 魔獣デストリアの器は、炎に焼かれ滅び去った。

 しかしその魔性は未だ、母親に憑りついたままなのか。

 憑りつくと言うよりも……これは最早成り代わりか。


「ママ……私がわからないの!?

 チコだよ」


「クオオオォ!!」


「クソッ、助けられなかったのか」


 俺は、あまりの無力感にその場に崩れ落ちた。

 闇の一族はその仕事をきっちり果たしていたわけだ。

 人間性の最後の一滴までも、奪い去って魔獣を作った。

 

 俺は……あの時、魔獣の中にチコの母親の姿を認めた時、助けられると思っていた。

 心臓の鼓動が聞こえたから。

 けれど心は、精神は、アルコール・コーリングでは見えないんだ。

 本当に正解だったのか。

 俺が取った行動はいたずらに、チコの心を傷つけただけだったのではないか。


 俺のエゴが……こんな悲劇を生み出したのでは?


「クソッ……クソッ!!」


 母親の、異形の鳴き声は続いていた。

 伽藍堂(がらんどう)になった村にその声が、いつまでもいつまで響いていた。

怒涛の展開だった3日目、いかがだったでしょうか?

今回はギャクほとんど無しのシリアス回でした。

果たして読者の皆様に楽しんでいただけているのか非常に心配ではありますが、自分としてはなかなかいい内容が書けたのではないかと思っています。


気に入ってもらえましたらお気軽に感想やポイント評価もぜひ!


これからも流行に流されず、ひたすら面白いお話を書いていこうと思っていますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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