Day.3-19 断罪の剣、憤怒の斧
ビルの3階分、いや4階分くらいか。
その高さを、俺は飛び降りた。
跳んじゃってから後悔したが、ホントにいけるのか!?
レベル99の俺で、この高さ、大丈夫なのか!?
事前に着地点は決めてある。卵の上だ。楕円形の卵に着地すればうまいこと滑りながら着地できるんじゃないかな。
あと、ぬるぬるしてるし衝撃を吸収してくれそう。
狙い通り、卵に頭上に、落ち
バキャッ!
という水っぽい音を響かせて呆気なく卵は割れた。そして俺は、全身粘液まみれになりながら、立ち上がる。
「はっ、想定通り!」
顔面を拳で拭い、俺は笑った。卵の“中身”がクッションになりやがった。
さぁ、仕事だ。
チコの姿を探す。別の卵の後ろに隠れているのを、発見した。
炎に巻かれた卵が火を噴いている。洞窟内の温度が急上昇している。長くはここにはいられない。
「チコ!」
「キアヌさん!」
そうだ、今日の俺はキアヌなんだ!
インポッシブルなミッションをやり遂げなくてはならない。
主役だからね、一応、俺。
「動けるか!?」
駆け寄る。
涙で目を腫らした少女は俺を見上げ、小さく頷いた。
「手を、離すなよ」
俺は右手でチコのか弱い左手を握る。
村の悪意に翻弄され母親を奪われた少女の、それでも尚生きようとする意思を、絶対に無駄にはしない。
ここから安全に逃げるためには、出口を固める村人を排除しなくてはならない。
ハンマーは、左肩から提げたバッグの中。
取り出しておくか。
「ちょっとごめん、手、離してくれる?」
「えっ?」
手を離すなと言った直後のこのセリフである。
だが仕方がない、武器を取り出すには右手でバッグを探らないといけない。
段取りが悪いのは、これはもう俺の性だ。
「ごめんごめん、ハンマー持っとこうって思って」
「うん」
「ほら、絶対に離すなよ」
左手に武器を、右手に少女の手を。
顔面が熱い。炎は至るところに。
酒の効力が切れてきた。アルコール・コーリングの精度が鈍りつつある。
背後で戦っているイリヤさんの動きが、ぼやけてきた。
この状態は好ましくない。ここは最後の踏ん張り時だ。もう一本、行っとくか。
「ごめん、やっぱもう一回、手を離してくれるかな?」
「ええっ!?」
「酒を飲んでおこうと思って」
「ええっ!?」
「俺、酒がないとダメなんだ」
「キアヌさん……こんな時に……」
ん?
待てよ?
今の発言だと単なるアルコール中毒野郎じゃないか!?
でも能力について説明できないしその時間もない。
諦めよう!
ぐいっと一本飲み干して瓶を、投擲した。
ガリアーノさんを背後から襲おうとしていた村人の後頭部に当たって、瓶は割れた。
音に反応して振り返った狩人の斧は、村人の胴体を横薙ぎに真っ二つにした。
「おう兄ちゃん、助かったぜ。
狙いがいいな!」
「はい、たまたま当たりました」
今の投擲の時、俺は当たる予感がしていた。
アルコール・コーリングで知り得た周囲の情報から推測し、俺はどれくらいの距離をどれくらいの高さで、また速度で投げれば相手の頭部にヒットするかを計算し正確に実行出来ていた。
聴覚と他の感覚器官の連携が、増している気がする。これもスキルの影響なのか。いずれ役に立つかもしれないので、頭の片隅に留めておくか。
ガリアーノさんの周囲にはもう村人は残っていない。
狩人が大広間へと突っ込んできてから俺がここへ飛び降りてくるまでの間に、あらかた始末されていた。
さすがは強者の狩人だ。仕事が早い。
「あとは村長、あんただけだが?」
ガリアーノさんは斧を担ぎながら言った。これだけの得物を、肩の骨にヒビが入っていながら振り回せるのか。大した腕力、そして根性だ。
「これは驚きましたな……ワシの操り人形どもがこうも容易く」
「操り人形、だと?」
「左様、村人はワシの使い魔に過ぎません。
自らの意思を持たぬ、単なる低級な魔物でございます。
あの方はワシに、術を授けて下さいました。
人を魔物に変える術、それを操る術……。
ですのでワシが生きておる限りは……いくらでもこやつらのような使い魔を量産できるのです」
こいつが、元凶か。
ならばさっき家から逃げていった村長の妻、というのも実際には単に使い魔を走らせただけか。
そして村長以外全員が使い魔であるなら、先程の無言の行進にも説明がつく。
意思の疎通を図る必要など、無かったのだ。村長の意思一つしか、あの場には無かったのだから。
「なら、あんたをぶった斬って終わりってことだな」
「出来ますかな?
ワシは使い魔どもとは一味違いますぞ……」
言ったそばから村長の肉体が、泡立ち始めた!
背中がぼこぼこと波打って服を引き裂き、肉腫のようなものが飛び出してきた。
両腕が鋭く変化し、体の側面から複数の“脚”が生えてくる。
顔面が醜く歪み、目が、大きく見開く。
「これがワシの本来の姿……あの方に頂いた、素晴らしい力です」
8つの複眼が、ガリアーノさんと俺を同時に見詰める。
腹這いになった体を支えるのは8つの脚。
口元にはハサミのような鋭利な顎が形成されていた。
「こいつは……!」
それは蜘蛛だ。
村長は、蜘蛛の魔物へと姿を変えた。
「参りますぞ……小童ども!!」
人語を話す蜘蛛は、8つの脚で地を這い高速で接近してくる。
顔にわずかな人間の特徴を残す以外は、ほとんどが蜘蛛のフォルムと化していた。2メートル近いサイズの、禍々しい蜘蛛の魔物。
「相手にとって不足なし!!」
狩人が斧を全力で振り下ろした。だが当たらない!蜘蛛は直前で跳び壁に張り付いた。図体の割に身軽だ。
「チコ!」
腕を引いて俺は走る。
村長が道を開けてくれたのなら、さっさとトンズラするだけだ。
「クワッ!」
村長の顎が開かれて糸が射出される。
「なっ!?」
空中で花開くように糸が展開し俺とチコを絡め取ろうとする。
そういうのは……イリヤさんにやれ!!
「喰らうか!」
体勢を低くし、体の前にチコを抱えてスライディング。
俺の全身はさっきの決死のダイブの時にヌルヌルになってるし、辺り一面卵の内容物でヌルヌルだ。滑るのは、容易だった。
が、滑るときにバッグもハンマーも取り落とした。
回収する余裕は……あるはずない!
蜘蛛の糸は地面にぶつかって拡がり、炎がそれを焼いた。
可燃性の物質で構成されているのか、火の回りが早い。
洞窟の出口へ……。
「いけませんなぁ」
蜘蛛が、その前に立ち塞がる。
「どいてろ!」
ガリアーノさんは真っ直ぐ突っ込んでいく。
その斧が、激しく燃えている。
今の、蜘蛛の糸か!
地面に散らばって炎を纏った蜘蛛の糸を、斧で掬い上げて炎を斧に、纏わせたんだ!
「おらぁ!!」
炎を纏う斧を全力で振る。
蜘蛛は俊敏だ。
回避して壁面へ取り付いた。
「止まって見えますぞ!」
糸を射出する。あれを喰らうか、あるいは弾いたとしても、ガリアーノさんの斧にくっついて燃え広がっている糸から引火するだろう。
つまりは避けるしかない。
だが!
蜘蛛は糸を、立て続けに連打した。
到底、あれは避け切れない!
ガリアーノさんの策が、裏目に!?
「そんなにたくさん“燃料”をありがとよ」
小さく呟いて、狩人は笑った。
そして斧を、真上に向かって、放った!
斧は回転しながら糸を、絡め、燃やし、絡め、更に燃やし、絡め、燃えて火球と化しながら蜘蛛に向かっていく。
「何じゃと!?」
蜘蛛は、チャベタ村長だったものは、自分が放った糸を全て燃やし尽くされ炎の中に、巻かれる!
「グオオオオッ!」
蜘蛛の全身へ炎が移った。悶えながら、落下し始める。
が、死んだわけではない。
火を吹きなから蜘蛛は脚から着地しガリアーノさんに向かい突進を開始する。
「なかなかしぶといな。
焼き加減が、足らなかったか?」
「死ねえぃ!!」
絶叫して蜘蛛はその顎を開き、ガリアーノさんの頭部を挟み潰さんと。
ゴオッ。
ガリアーノさんが左掌を前に、右拳を腰に溜めた。
右拳には、紅蓮の炎が。
いつの間に!?
「ちょっとした火くらいなら、興せるんだよ」
言った。
激突する刹那、狩人の炎の拳は蜘蛛の眉間に、8つの眼の中心に、叩き付けられた!
衝撃で爆破が起こる。
蜘蛛が後退した。
8つの眼全てから火柱が上がる。
「こんがり焼けて、消え失せな!!」
斧は、落ちてきた。
ガリアーノさんが天空へと伸ばしたその右手に、まるで待ち構えていたかのように、落ちてきた。
キャッチし、握り込む。
蜘蛛は最後に、頭部に振り下ろされる真っ赤に燃える斧の一撃を振り仰いで見た。最早焼け焦げて視力を失ったであろうその眼で。
グシャアッ!!
叩き割られた蜘蛛の頭部から肉と黒煙が飛び散った。
斧によって二分割された頭部は地に伏し、脚はしばしの間痙攣を繰り返した後、完全に停止した。
「俺が許すかよ……罪もない親子の命を、てめぇの都合で弄ぶような奴を」
ガリアーノさんは吐き捨てるように言った。
これで残りはあと……。




