Day.3-18 忌むべき所業と猛る激情
「この村の者達は最早魔物に等しい。
魔獣デストリア様になるのは人間でなければいけないと、あの方は仰っていました。
そこで私達は偶然にも村の近くで倒れていたこの親子に白羽の矢を立てたのです。
この子の母親は、とても良い器でした。
こんなにも神々しい姿に」
恍惚とした表情で、チャベタ村長は語っていた。
魔獣デストリアを、本当の神のように崇めている様子だ。
正気ではない。
「やめて!!」
「……チコ、わかっておくれ、これは必要なこと」
「ママは……病気だって!!
病気だって言ってたじゃない!!
看病したら、治せるんだって……」
「ああ、その通りだよ。
だからこうして身の回りのお世話をしておるんじゃ。
魔獣デストリア様はまだ不完全、これからもっと強く逞しく成長される器じゃ。
傲り高ぶった人間達を、その歪んだ文明を叩き潰すほどに」
「ふっ……なるほどな」
イリヤさんが、鼻で笑った。
「おや、納得して頂けましたかな?」
「あぁ、充分に得心した。
だがら私は安心している」
「ほぅ、安心と?」
イリヤさんは、チコの隣に立って肩に手を置いた。
チコがぎゅっと、それを握り返した。
「貴様を斬り捨てたとしても、私の心は全く痛まないということだ!
この場にはクズしかいないと、たった今、はっきりと、理解した!!」
「ママを……助けて。
助けて下さい」
チコが、イリヤさんを見上げ泣いている。
泣きながら、悲痛な懇願をしている。
けれど……。
イリヤさんは、チコの頭を撫でた。
「私には、助けてやるとは言えない。
一度魔物になってしまったのなら……いや、止そう」
チコから手を離し、剣を抜く。
静かに、しかし断固たる決意を込めて。
「仇を、取ってやる。
お前の母親の仇は、必ず、この私が……。
約束だ、必ず!!」
「この状況で、そんな強気なことをよく言えましたな。
まぁ、精々頑張っていただきましょうかね。
死の前の最後の足掻きを」
村長が、手を降ろす。
イリヤさんは後ろへチコを押しやり、剣を構えた。
その時、
まさにその時、だ。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぁぉ!!!」
洞窟内に響き渡ったのは、怒声だった。
みなぎる感情の奔流の全てを叩き付けんが如き、怒りの雄叫びだった。
俺は、その存在を気取れなかった。
アルコール・コーリングを大広間に集中していたからだ。
役者は全て揃ったと思っていた。
だが、そうではなかった。
後列にいた村人達が、襲い来た衝撃に吹っ飛ばされて、ある者は壁に激突、ある者は地を滑った。
松明が洞窟内に跳ね回って火の粉を散らした。
「何じゃ!?」
「あいつは!?」
村長とイリヤさんの声が同時に響く。
村人の弓が、乱入者に向く。
だが遅い、遅すぎる。
斧の一撃は宙に円弧を描いて、リーチ内にいた者全てを粉砕する。
血は流れない。
代わりに吹き出すのは黒煙だ。
そして肉体が崩れ去るようにしてかつての人間だったものは消滅する。
「何者だ!?」
イリヤさんの誰何に対して、男は斧を肩に担ぎ上げ不敵な笑みを浮かべつつ答えた。
「ビクター・ガリアーノ。
巷じゃ死んだと評判の、狩人だよ」
あの男だ!
昨日、狩人協会の近くで俺がぶつかった男だ。
そして昨日、デストリアか村人の手にかかり死んだはずの男。
生きていたのか!
「昨日の狩人です!!」
俺は大声でイリヤさんに伝えた。
「ほぅ、まさか生きているとは……」
「落っこちた川の水深が意外と深くてね。
ま、肩の骨にはヒビが入ってるがよ」
それでよく、斧なんか振り回せるな。
この狩人の身長と同じくらいの長さを持つでかい斧だ。
重量もかなりのものだろう。
「やはり、死体はしっかりと捜索しておくべきでしたかな」
「全く詰めが甘々だぜ、村長。
しかし毒とは、道理で体がちょっと重かったわけだ」
「死に損なったことは不幸でしたな。
これからもう一度、あなたは死ぬことになる」
「そうかい?
こんな雑魚共で俺を殺せるとでも?」
狩人と村長が睨み合う。
と、ふいに洞窟内が明るくなった。
俺は上から、大広間に起こった変化を見て取った。
火の手が、上がったのだ。
さっき狩人が吹っ飛ばした奴らが取り落とした松明の火が、何かに引火した。
瞬く間に炎が燃え広がっていく。
それが洞窟を明るく照らし出していたのだ。
多くの卵が、炎に巻かれた。
「クオオオォォ!!」
それまでおとなしくしていたデストリアが、咆哮した。
卵が焼き払われようとしているからか。
狩人は斧を手近な村人へ叩き付けて、その肉体を魔獣の方へ吹っ飛ばした。
魔獣は翼を振るい、村人を激しく壁に打ち付ける。
黒煙となって村人の肉体は崩壊した。
「ここにいる雑魚共の始末は俺に任せろ!!
あんたは……」
イリヤさんと狩人は、視線を交わす。
それは戦士同士の、無言のやり取りだった。
そしてイリヤさんは、魔獣デストリアと対峙した。
「おい、お前!!」
「はい!」
「この子を、頼んだぞ」
チコの体を、イリヤさんは自分の後ろへと軽く押す。
俺に助けろってことか。
でも村人によって道は塞がれて……えっ?ここから飛び降りろって!?
チラリと鋭い視線が飛んだ。
やれ!
そういう目だった。
わかったよ、わかりましたよ。
俺も異世界に来て多少は体が強くなっているはず。
飛び降りてやろうじゃないか。
行くぞ……。
「外道どもが、この俺がまとめて相手をしてやる。
どこからでも……かかって来いや!!!」
怒りに燃える狩人が、斧を振りかぶる!
「お前の相手はこの私だ。
魔獣デストリアよ、私の剣でアマネク村の罪共々……終幕としよう」
炎が激しく舞い踊る中、女剣士は猛る魔獣へ向かい剣の切っ先を突き付ける。
そして俺は跳んだ。
死闘のその、只中へと!!




