Day.3-16 村人達の正体
女の子の手を握り駆けながら、俺の思考回路が高速で推理を繰り広げる。
「ねぇ、おじさん」
「おじさん!?」
「おじさんじゃないのー?
おばさん?」
「いや、男だけども」
そっか、そんな年か俺は。
35だもんな、中年だよな。
「私はチコ。
おじさんは?」
「俺の名前?
さか……」
じゃなかった、また言いそうだったよ俺は。
学習しないやつだな。
偽名を考えておかないといけないんだった。
ええと、何にしようかな。
偽の名前なんて、思いつかないよ。
くそっ、こうなったら。
「俺はキアヌ・リーブスだ!」
なぜなんだ?
聞かないでくれ!
とっさに出てきたハリウッドスターの名前を勝手に拝借して俺は偽名を作った。
「へぇ、キアヌさん」
「そうそう、それにしとくよ。
じゃなかった、それだよそれ」
若干気が緩んだ。
メンタルをリセットしよう。
村人は洞窟へと次々入ってくる。
もう、あそこからは出られない。
イリヤさんのところへ戻るしかないな。
俺にもう少し戦えるだけの力があれば。
イリヤさんは、未だ死闘を継続中だ。
デストリアは狡猾な立ち回りを見せている。
なかなか降りて来ず、一撃離脱を繰り返して時間を稼いでいる。
イリヤさんの体力をじわじわと削るつもりか。
魔獣を倒すのに時間をかけすぎるとダメだ。
ここに村人たちまでやってきては、イリヤさん一人では対処しきれない。
それに俺とチコがお荷物になる。
どうする?
どうすればいい?
考えなくては。
何か打つ手はないのか。
俺の武器はアルコール・コーリングだけだ。
でもそれでは戦えない。
いったん、あの部屋に戻るとするか。農具みたいなものならあったはずだ。
せめて、殴って相手にダメージを与えれるような得物を持っておきたい。
「ねぇキアヌさん、村の人たちに悪いことでもしたのー?」
「え、なんで?」
「だってさっき、矢を撃たれてたから。
あ、もしかしてキアヌさんが悪い人なんじゃないのー?」
「俺は善人!
悪党はあいつら!」
「でもでも、村の人たちはいっつも私によくしてくれるよ?
食べ物も分けてくれるし」
この子は、あの村人とは違ってただの人間のようだ。
なぜ、生かされている?
狭い道を再び通って大広間の上の部屋へ。
ううむ、ハンマーあたりかな。手ごろな武器は。
片手で持っても振り回せそうな小ぶりのものを一つ、手に取った。
なんて頼りない武器だ。
殴って人を殺すことなんか不可能だろう。
ましてや村人達が人間でない存在なら、足止めにもならないかもしれない。
下から激しい金属音が届いてくる。
俺は切り立って崖のようになっている先端に立ち、下の様子をうかがった。
いくつかの卵が破壊されているがそれでも20個くらいは残っている。
戦いながらイリヤさんが破壊しているのだろう。
しかし流れ出た体液が足場の状態を悪くしていた。
滑りやすくなっているはずだ。
「チコ」
振り返り俺は呼びかけた。
チコは来た道を引き返し下の階層の魔獣のところへ行こうとしていた。
「行っちゃダメだ。
危険すぎる」
「でも、ママがいるよ」
「わからないのか?
あいつはただの魔獣で、今、俺の仲間が殺されそうになっているんだ!」
「勝手にお家に入ってきたからでしょ!
誰だって家に泥棒が入ったら追い払おうとするじゃない!」
「泥棒なんて生易しいものじゃない!
魔獣だ、魔獣!
しかも卵を産んでるんだぞ、放っておいたらどうなるか、わかってるのか!?」
「そんなの、どうでもいいよ!
私のママなの!
私の大好きな、優しいママなの!」
「ぐうっ、口で言っても無駄かよ」
チコは歩き出す。自ら、あの死闘の場へ降りていく。
俺は無理やりこの場に引き留めておこうかと考えたが、止めた。
あえて、チコを行かせる。
もしそれで本当に魔獣がおとなしくなるなら、賭けてみるのも悪くない。
俺はここから事の成り行きを見守ることにしよう。
チコは駆け足で横道から本道へ降り、大広間へ向かった。
妖しげな松明の明かりがすぐ背後まで迫っている。
無言の集団。
チコの後ろ姿くらいは見えたはずだが、それでも彼らは何一つ発言しない。
ただの操り人形のように規則正しいリズムで洞窟の奥へと進行していく。
「ママ!」
チコの声が大広間に響き渡る。
「何っ!?」
イリヤさんは一瞬そちらへ気が逸れた。
魔獣デストリアが宙から脚の鉤爪を繰り出そうとし、停止した。
攻撃を、止めた!?
デストリアはふわりを地に舞い降り、その黄緑色に光る眼をチコの方に向けた。
俺は上から、全員の動きを確認している。
と同時にアルコール・コーリングによって村人達にも気を配っている。
「おい、ここへ来るな!
危険だ!
男に言われただろ!」
「ママ……怪我してるの?」
「来るな!
殺されるぞ!」
「その剣……どうして、ママにこんな酷いことをするの!?
私のママがあなた達に、何をしたって言うの!!」
「おい!一体どうなってる!?」
イリヤさんが上を向いて叫んだ。
「俺にもわかりませーーん!」
大声で返す。
全く、訳が分からん。
だが実際、チコの姿を認めた途端にデストリアはおとなしくなった。
「帰って!」
チコの声が悲壮感を帯びてきた。
少し、声が震えている。
イリヤさんはチコと魔獣を交互に見、態度を決めかねているようだ。
どうしたものかと。
が、帰ろうにも村人達が立ちはだかる。
そこを切り抜けなければ外には出れない。
そして遂に、彼らはやってきた。
この大広間へと。
松明の揺らめきの中に見る彼らの目は……その瞳は……魔獣デストリアと同じく黄緑色に輝いていた。




