Day.3-13 魔獣デストリア
「卵だと!?」
イリヤさんの顔つきが変わった。事態の深刻さを呑み込んだからだ。
「大きな心音が聴こえています。
孵化までどのくらいかわかりませんけど、早く何とかしないと」
卵の数は30個以上ある。
あれが一斉に孵化して野に解き放たれたら……ぞっとするな。
魔物は人や動物を喰って、子を産むための栄養を蓄えていたのか。
この洞窟はやつの“巣”だったのか。
「向かうぞ。
準備はいいか?」
「はい、大丈夫です。
ヤバくなったらすぐ逃げる心の準備は出来ています」
ネガティブな発言だな我ながら。けど仕方ない、俺が戦おうとしても足手まといなだけだ。
「それでいい。
さっきのような危険は避けろ。
お前の担当は頭脳労働と道案内だ。
戦うのは私一人で充分、それにさっき、魔物には深い傷を負わせた」
俺とイリヤさんは軽く頷き合って、洞窟へ足を踏み入れた。
背後からじわじわとこちらへ向かってくる村人の隊列。
未だ母親を探し山を登ってくる女の子。
「ずっと考えていたんだが」
「はい」
「あの魔物を、私はかつて王立図書館の図鑑で見たことがある」
「あ、図書館とかあるんですね」
「古い書物や価値の高い書物を永年に渡り保存する目的で建てられた図書館だ。
ホマスが開発された現代では、羊皮紙に文字を書く文化は衰退しつつある。
だがかつての価値ある書の実物を保管し、またその内容をホマスに移管する為の作業が、王立図書館では日夜行われている」
なるほど、デジタル化というわけか。
「やつは……恐らくデストリアという名の魔物だ」
「デストリア……」
「黒い翼で空を舞い、見境なく人を喰らう魔物。
文献によれば、やつは自然発生的に生まれたのではない。
その昔、人間でありながら闇の魔術を駆使して魔族と通じ、人間界を滅ぼそうとした一族があった。
その一族に伝わる外法によって生み出されたのが、デストリアという魔物だ」
「人間が、あれを作ったですって!?」
「この洞窟の奥にいるやつがどうかは、知らん。
だが文献が正しいとするなら、デストリアは闇の一族の手による“人造魔獣”だ」
「何の為に人間がそんなことを」
「100年以上前の古い話だ。
何故かと訊かれても、私はその理由を知らん。
闇の一族も、もう途絶えているから、外法は現代には伝わっていないはずだ。
古き時代に造られ眠っていたものが、目を覚ましたのかもしれん」
今になって、古の魔獣が目を覚ましたと?
ならば理由が必要だろう。
何故?あるいは……誰が?
「その闇の一族は確実に滅びたんですか?
もし万が一現代まで生き延びていたとしたら」
「そうなれば、私達にとっては脅威だ」
昨日の一件、まだ解明しきれていない謎がある。
魔導通信網を妨害した者の正体だ。
単独犯だったのは間違いない。俺が能力で確認した。
あれがもし、イリヤさんの話に出てきた闇の一族とやらの犯行だったら……。
「余計な気を回すな。
今は魔物を倒すことが先決だ」
「はい」
アルコール・コーリングによる全方位に対するセンサーは未だ強力に作用している。気を緩めてはいない。けれど、そうだな、イリヤさんの言うとおりだ。
酔いは頭を使うほどに回る。有限な体力を節約しておかなくてはならない。
どんどん洞窟を進んでいく。
足音が反響する度、俺の脳内にクリアな映像が浮かぶ。聴覚から他の感覚器官に送られた情報が再構築されている。
横道が、ある。
洞窟を直進すると魔獣デストリアのいる大広間へと出る。
その直前、横穴のようなものが存在している。人一人がようやく通れるかどうかという細い穴だ。
立ち止まる。
アルコール・コーリングの触手を伸ばす。細い横道は登りの勾配になっていて、うねるように続いている。
足を踏み鳴らし、その奥へ聴覚を送り込む。
行き止まりには、空間があった。
風の通過する音。
この空間は、すぐ下の大広間と繋がっている。
大広間を上から見下ろすような形で、その空間は存在しているようだ。
まるで、下の魔獣を監視するための“部屋”のように。
雑多なものが辺りに散らかっている。人が使う道具だろう。ハンマーのようなものや鑿のようなものが発見できた。その他にも鏡みたいなものや、使途不明の道具類が多数置かれている。
「この奥が魔獣のいる大広間ですが、その前に横道があります」
「横道?それがどうした?」
「何かの、部屋に繋がっているようです。
ここから飛び降りれば下の大広間へと出ることが出来ます」
「ほぅ、なるほど意趣返しというわけか。
頭上から、魔獣に一撃喰らわせてやろうということだな」
まぁ、それは戦術的には効果があるのだろうが……それより、この部屋が何なのか気になって仕方ない。
先に、調べておきたい。
「よし、そちらから行くぞ」
イリヤさんが言う。
「はい」




