Day.3-12 追跡
空がだんだんと薄暗くなってきている。
夜の帳が下りれば、あの魔物と戦うのは困難になる。
居所さえわかればいつまでも追跡している必要はない。フォーカスするのは洞窟へ到着してからで充分だ。
俺は一度、村の方へ聴覚を飛ばす。村長たちの動きはどうだ?
いや、俺の聴覚の働きが少し鈍い。
酒が足りないか。
飲みやすい酒だから、アルコール度数が低いのだろう。
アルコール・コーリングは、“酔えば酔うほど地獄耳”な能力だ。
もっと、深く酔わなければ効果を発揮しない。
俺がさっき1本しか飲まなかったのは、今みたいに走り回らなくちゃいけない場合に備えてのことだ。
酔い過ぎていると、動けなくなる。
その状態であんな魔物に襲われたらひとたまりもない。
だが、やはりもう1本いく必要があるな。
「村の方にも、何か動きがありそうです」
言いながら俺は2本目を開栓して一気飲みする。
「村長らが、何か仕掛けてくるか」
喉を鳴らして、飲み干した。
この飲み方は、めっちゃ酒が回るやつだ。普段ならしない。が、今はむしろ好都合。
ほら、きたきた。
聴覚が鋭敏になる、この感覚。
村の人々が、集まってきている。
こちらへ、全員で向かってきている。
手に手に松明を持ち、ゆっくりと行進を。
「村人全員でやってくるみたいですよ」
「私たちの歓迎をしてくれるのか?」
「まぁそうでしょう。
魔物と村人、どっちを先に?」
「何より魔物だ。
人間など、どうとでもなる。
あの魔物と村人が裏でつながっているなら尚更、魔物は倒しておかなくてはならない」
同感だ。
厄介なものから先に片付ける。
ここには俺とイリヤさんしかいない。
手分けして当たろうにも、俺一人じゃ何にもできないのだ。
「案内します」
小走りに、俺が先頭を行く。
周囲に他にも敵がいないか、危険な野生動物がいないか、逐一スキルで捜索しながら進む。
走りながら、川のせせらぎを聴く。
どこかに川が流れているようだ。
その距離は……位置は……。
おっと、こいつは危険だ。
「イリヤさん、このまま直進すると目の前の藪の向こうは崖です。
その下が川になっています。
左へ曲がり、登っていきましょう」
「うむ」
ちらりと藪の方を見やる。
不自然に藪が千切れた箇所がある。
何か大きな物体がそこを通過したような。
さっき俺が木々の上に落下した時と同じような感じだ。
川へ下ろうとした野生動物の、跡か?
今は気にしている余裕はないし大して重要でもないだろう。
村人は、隊列を組んでゆっくりと登ってきている。この速度では俺たちに追いつくのはまだまだ先だろう。だが不気味なのは、村人の誰一人として一言も言葉を発しない点だ。なぜ無言なのか。
俺の能力に勘付かれた?いや、まさかそれは無いだろう。
洞窟まではもうすぐだ。
周辺に熊のような危険そうな動物もいない。
だが気になるのは、村人達の行進から少し外れた位置にいる人物だ。
一人で、村人から距離を置いて進んでいる。
向う先は同じのようだが、これは誰だ?
フォーカスを、そこへ。
小柄だ。子供だな。
女の子、か。
息を弾ませながら山を登っていく。
もう夕暮れ時だ。ここから日が落ちるまでは早い。
周囲一帯が闇に包まれるまでさほどの時間はかからないだろう。
こんな時間に子供が一人で入山するものだろうか。
「村人の近くに、子供がいますね」
「子供か。
村人の仲間ではないのか?」
「いえ、距離を取っているようです。
村人の進行を遠巻きにして、一定の距離を保って歩いています」
「村人の集団の中には子供はいないのか?」
背丈から推測して成人だけだ。
この村には、子供がほとんどいないという事か。
ならばいずれ、滅び去ることになるのでは?
限界集落というやつかな。
「いませんね、あの子だけです」
「まさか子供まで、我々に襲い掛かってくるんじゃないだろうな」
「いえ、何か……聴こえます」
その子は、あたりを見回しながら何か言っていた。
「ママー、どこー?」
母親を、探しているのか。
だが変だな、近くに大人達がいるんだからそいつらに訊くなり探すのを手伝ってもらうなりすればいいのに。
それにこんな山奥に母親が一人で何を?山菜採りか?
俺のアルコール・コーリングには該当する人物はヒットしない。
この一帯には俺達と村人達と女の子しかいない。
あとは、洞窟の奥に魔物が潜んでいるだけだ。
「母親を探してるみたいです。
でも、辺りにはいないようです」
「民家の方にいるんじゃないのか?」
言われて俺は集落へと聴覚を飛ばす。
物音ひとつしない。
だから、その家々に誰がいるのかはわからない。
というより、生活音が何もないということは、誰もいないと考えるのが自然だろう。
もぬけの殻、だ。
「集落には誰も残っていません。
全員がこちらにいます」
「ならその子の母親というのは?」
不思議だ、イリヤさんの言うとおり。
その子は、存在しない母親をさがしていることになる。
あるいは……その母親というのは既に魔物によって……。
だがその仮説も、アマネク村から被害が出ていないという先の証言を信用するなら、否定される。
今、気にすべきことなのだろうか。
いや、優先度は低い。
そちらへフォーカスしている場合ではない。
頭がボーッと熱くなってきている。アルコールが回ってきたんだ。ゆっくりしていられない。
とにかく魔物退治だ。
「急ぎましょう」
「あぁ、やるべきことは一つだ」
洞窟の入り口が目視できるくらいに近づいてきた。
ぽっかりと、黒々と開いた、穴。その先は真っ暗闇だ。
こんな場所、普通の人間ならこの夕暮れ時に好き好んで入ったりしないだろう。何が起こるかわからないのだから。だが、俺にはわかる。
アルコール・コーリングの超・聴覚は近づくにつれ、自分たちの発する足音の反響から洞窟内部の構造を丸裸にしていく。
だがもう少しはっきりとした像を結んでおきたい。
「イリヤさん、ちょっと大きな声を出してもいいです?」
「ん?何故だ」
「洞窟内にこだまさせて音で内部を探ります」
「あぁ、そういうことか。
いいぞ、存分にやれ」
「では遠慮なく」
洞窟の入り口へ、立つ。
俺の背丈の3倍くらいは高さがあるか。
でかい洞窟だ。
腹に空気を溜めこむ。
深呼吸する。
最大限吸いきったところで息を止める。
そして、
「わっ!!」
全力で叫んだ。
洞窟内にはやはり、良く響く。
まるでレーダーかソナーのように、俺の脳内にマップが展開されていく。
これで、オッケーだ。
構造が、すっかりわかってしまった。
そして、洞窟の最奥部に存在する、恐ろしい光景も。
「イリヤさん……大変ですよ」
「何かあったのか?」
洞窟の最奥部には巨大な空洞があった。かつてマグマ溜まりがそこにあったのだろうか、ドーム状に開けた空間になっている。
魔物はそこにいた。
それだけではない。
魔物の周辺に散らばっているのは、人骨か。動物のものと思しき骨も多数、ある。
このあたりに野生動物の気配が無かったのは、こいつが食い散らかしたせいか!
そしてエサが無くなったんで今度は人間を襲い始めたとでもいうのか?
地面に粘液質の物体が流れている。魔物の体液だろう。
その体液に塗れるようにして楕円形の球体がいくつも、存在していた。
俺のスキルは、それが何なのかを明瞭に教えてくれる。
球体の内部から、鼓動が伝わってくる。
それは生きている。
それは……。
「あの魔物は……大量の卵を産んでいます」
あれを放置すればこの一帯は……地獄絵図と化す。




