Day.3-11 急襲
「下がっていろ!」
イリヤさんが叫ぶ。
高空から垂直落下する巨大な……鳥か!?
漆黒の翼を折り畳み、真っ逆さまにイリヤさんへ。
あの直撃を受けたら、イリヤさんでもヤバいだろう。
「イリヤさん!?」
避けないのか?
剣を下段に構えたまま、イリヤさんは微動だにしない。
まさか、受けるつもりか?
もしくはあの魔物と交わる瞬間にカウンターで決めるつもりなのか?
「もっと下がれ、巻き添えを喰うぞ!!」
俺は、後ろを向いて駆け出した。
そうしながらイリヤさんの方を首だけ回して確認する。
魔物の鋭い嘴。
一直線にイリヤさんへ。
ぶつかる。
危ない!
刹那、剣が瞬いた。
初動は、俺には見えなかった。
ただ小さく、イリヤさんが呼気を唇から漏らしたのを、アルコール・コーリングで聴いただけだった。
魔物の嘴と、剣とが、宙で接触し火花を。
ギイイィィ!!!
金属質の音が爆ぜて、鳥型の魔物が軌道を変えた。
地面を滑るように低空を飛行、イリヤさんから離れる。
「チッ、仕留め損ねたか!」
イリヤさんの悪態。もっと、致命傷を負わせることのできる箇所を狙ったのだろう。それが、魔物によって避けられたんだ。結果的に剣と嘴がぶつかったわけだ。
て、呑気に思考している暇はない!
俺の方へ猛烈なスピードで突っ込んでくる!
「うわあぁ!!!」
到底、逃げ切れない。あぁ、なんで俺は異世界転移したのに普通の速度でしか走れないんだ!
「避けろ!!」
無理です、イリヤさん!!
「クオオオオォォォォ!!!!」
嘴を、開いた!?
その中に無数の、内側へ向かって湾曲した鋭利な歯が並んでいる。あの湾曲してるのは、“返し”だな。つまり一度噛みついたら容易には抜けないようになっているんだなって、おいおいおいいいい!!!
死ぬ!?
落ち葉を巻き上げて、俺の隣に何かがぶっ飛んできた。何かって、それはイリヤさんだ。
移動したの!?この距離をその速度で!?
10メートル以上あったよ、たぶん。
瞬間、俺の体は横からのタックルでいとも容易く吹っ飛んだ。宙を飛行しながら俺は、イリヤさんの剣と魔物の足の鉤爪がぶつかり合うのを見ていた。
嘴による噛みつきを身軽にかわすイリヤさん。まるで魔物にまとわりつく風のように、狙いを定めさせない。体捌きが、もはや人間のそれではない。
俺の体が茂みの中へ落下した。小枝がへし折れるバキバキいう音。ちょうどそれらがクッションになって俺は事無きを得た。イリヤさんが飛ぶ位置を調整してくれたんだろう。
視界は上を、木々の中から垣間見える空を向いた。
しかし音は、聴こえている。
スキルは、酒を少しでも飲めばすぐに起動するし、酔いが(あるいはアルコールが)体に残っているうちは発動し続けている。
数度に渡る剣と、鉤爪のやり取り。
ふわりと、魔物が巨大な羽で羽ばたいた。
イリヤさんの全身に落ち葉が巻き上げられて当たる。それ自体には威力はない。単なる目くらましだ。
次だ。
本命の一撃は。
ピタリと閉じた嘴。
手近にあった木の幹を蹴り、魔物が突撃を仕掛ける。
イリヤさんは落ち葉が顔面に当たって目を閉じてしまっている。
両脚は開いているからすぐさまステップはできない。
つまり回避は、間に合わない!
ドリルみたいに回転しながら魔物が突っ込む。
「ふん」
俺は確かに、その声を聴いた。イリヤさんが発したそのかすかな、声を。
鼻で、笑った!?
ザリッとイリヤさんの足元で落ち葉が踏み鳴らされた。
足を前後に開き、剣を顔の高さに持ち上げる。地面と水平に。
目を、見開いた!
「はあっ!!」
迸ったのは、気合の雄叫びか。
ギリギリまで魔物を引き付けたイリヤさんの剣はまっすぐに、強烈な突きを、繰り出す!
狙いは魔物の右目か!
ギャリイィィ!!!
直前で横へ移動した魔物の右目のすぐ横を、渾身の突きが駆け抜けた。
羽を撒き散らして、致命の一撃は魔物の皮膚を切り裂いた。
「クオオオォ!!」
短い鳴き声を発し、魔物は地面を蹴り幹を蹴り、垂直に上昇した。
宙で羽を広げ、旋回する。
俺の場所からも、空から恨めし気に下界を見下ろす魔物の姿は確認できた。
イリヤさんの攻撃を、寸前で回避したか。機動力にも長けたやつだ。
魔物がだんだんと遠ざかっていく。分が悪いと見て逃走したか。
「おい、生きているか?」
「ええ……何とか。
すいません、お手数かけちゃって」
「構わん、お前を連れてきたのは私だからな。
それより、こんなところでお前に死なれては困る」
「そうですね、俺もここで死ぬつもりはありませんし」
体を起こし、立ち上がる。
葉っぱや小枝の折れたやつがたくさん服に付着している。髪の毛にもだ。気持ち悪ぃ。
「追跡できるか?」
「やってますよ」
勿論だ、その為の能力だ。
鳥型の魔物め、居所を突き止めてこっちから乗り込んでやるぞ。
「降下しています。
山の……あぁ、洞窟がありますよ」
山の中腹にぽっかりと開いた空洞に風が吹き抜けている。
間違いない、あそこだ。
あれが、棲み処だ。
魔物はその中へ入っていく。
羽を畳んで、地面を蹴って跳ねながら奥へ。
「オッケー、わかった。
居場所、把握」
「さっきの私の剣で浅くない傷を負っている。
仕留めるなら、今この時を逃す手はない」
「一気に行っちゃいますか」
「あぁ、夜になる前に」