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Day.3-10 推理合戦

 さて、どう出るか?

 俺の指摘を受けて村長の表情は一瞬、変化した。微細な変化だ。普通なら見逃したかもしれない。

 しかし今、俺の感覚器官を誤魔化すことは限りなく不可能に近い。


 村長は、眉間にシワを寄せて、舌打ちでもしそうな顔になっていた。それと同時に俺の言葉を聞いた直後から心臓の鼓動が速くなっている。


 何か、あるな。


「はて……あれはワシの妻じゃが……なぜそんなことを?」


「奥さんなら、入ってきたらいいじゃないですか」


「照れ屋なんじゃ、だから顔を見せないんじゃ」


「ふぅん、そうですか」


 謎の人物は奥の部屋から移動を始めた。この場から離れるつもりだな。だが、逃がさない。俺のスキルは既にその人物の動きを完全に捉えた。


 服装は、衣擦れの音と歩幅から推測してシトリみたいな割烹着だろう。そして足音のボリューム、小走りの時に漏らした吐息から性別は女、ある程度高齢だ。この村長の妻、というのは嘘ではないかもしれない。


「確かに照れ屋のようですね。

 どこかへ逃げたようですけど?」


 こちらの手持ちの情報を晒すのは一種の賭けだ。あえて伏せておいても良かったのだが、村長の狼狽っぷりがいい感じになってきたので、ここで畳み掛ける。


「ほれ、あんたらに見つかったから恥ずかしがってどこかへ行ってしもうたんじゃろうて」


「村長」


 ここで会話にイリヤさんが割って入る。


「は、はい?」


「隠し事は無しにしよう。

 互いの為にならんぞ」


「な、何の事ですかな?」


「魔物を退治してほしいのだろう?

 ならば協力してもらわなければ困るな」


「協力は惜しみませんが、さっきからあんた達はワシを疑っているようじゃ」


「イリヤさん、いいですか?」


 俺は逃げた女の行方を追いながらイリヤさんに語りかけた。


「何だ?」


「とりあえず、今はこれくらいで充分だと思います。

 村長、魔物はどこにいるんです?」


「この裏山を登ったところにある洞窟ですじゃ」


「歩いて行けます?」


「距離はさほど無いですじゃ、けど日が暮れてしまうと危険ですぞ」


「大丈夫です、この女剣士さん強いんで」


「あぁ、問題ない」


「ほらね」


 そうして俺とイリヤさんは洞窟へと向かうことにした。

 俺が村長との話を早めに切り上げたのは、イリヤさんと打ち合わせをしておきたかったからだ。


 村長が手書きで洞窟までの簡単な地図を持たせてくれた。有り難く受け取り、山へ入る。


 村長の家から充分遠ざかったところで、俺は足を止めた。本当に洞窟へ向かう訳ではない。それは、後回しだ。


 まずは、情報共有だ。


「何か分かったか?」


 イリヤさんも興味深げだ。


「あの、逃げていった人物は別の家に入りました。

 そこで会話をしているようです。

 “気付かれた”とか“飲んだ”とか行ってますけど」


「ふん、つまらぬ小細工だ」


「えっ、何がです?」


「さっきの茶だ。

 お前、飲まなくて良かったな。

 あれは毒入りだ」


「……ええっ!?」


 ど、毒ぅ!?


「そんな!一体何故?」


「致死量では無かったがな。

 味ですぐに分かった。

 茶の苦味で誤魔化そうとしたのだろうが、この私には通じない」


 小細工が通じないという意味なのか、それとも毒が通じないと言っているのか。

 まぁイリヤさんなら両方、かな。


「私は毒に耐性があるから多少飲んだところで何ともないが、お前なら全身が麻痺していただろう」


 あ、やっぱ毒平気なんだな。てか麻痺か……やばかったな。


「あの村長は、何が目的で……」


 今、逃げた女は別の村人と話をしている。その内容とは正に、俺とイリヤさんに毒を盛るのに失敗したというものだった。イリヤさんは少しだけ飲んだがあの程度では効果は期待できないだろうとも言っている。


 村長だけではなく、村人たちもグルか。

 さっぱりわけがわからない。この村の人々は、何をしたいんだ?


「ここまでされては彼らが単に魔物に怯えて依頼を出した無辜(むこ)の者達だと考えることは出来ないな」


「裏がありそうですね」


「どう考える?」


 まず、道中に出会ったスベカラ村の男の証言が真実であると仮定する。

 その上で、さっきの村長らの行動と、この村からは魔物の被害が出ていないということとの間に因果関係があるとするなら……。


「この村の住人は、自分達が襲われない為に生け贄を捧げている?」


 この推理はどうだろう。整合性はあるような気がするが。


「生け贄か、悪くはないな。

 しかしその仮説には欠点があるな。

 なぜ、その魔物を退治しに来た狩人まで生け贄に捧げてしまうんだ。

 うまくすれば魔物自体を倒してもらえるかもしれないというのに」


 あぁ、それもそうだな。通りすがりの旅人なんかを生け贄にするのとは訳が違うんだ。

 わざわざ依頼を出したにも関わらず、やってきた狩人を捧げちゃ何の意味もない、か。


「ううむ……そうですよねぇ。

 ううーん」


 こういう推理は得意ではない。判断材料も少ないし。村人の凶行……魔物……討伐依頼……あの村で被害が出ない理由……。


「金貨100枚というのは、狩人協会に出る依頼としては破格の報酬だ」


 イリヤさんがふいにそんなことを言った。今、その事がどうしたというのだろう。


「あの貧しい村で、どうやってそんな大金を稼ぐ?」


「えっ?何年もかかって貯めてたんじゃないですか?」


「どうして何年も貯める?」


「そりゃあ、魔物の討伐依頼を出す為……って待てよ…それはおかしい」


「あぁ、奇妙な話だな」


 魔物の被害は、一体いつから出ている?

 何年間も、ずっと人的被害が出続けていたのか?

 そんなはずがない。もしそうであれば、とっくに何らかの対応を、アマネク村かその他の村が行っているだろう。


 被害は、つい最近になって出始めた可能性は高い。そうだとすれば、討伐依頼の為に何年もかけて金を貯めるというのは時系列的に考えてあり得ない。


 どういうことだ?

 考えられるのは、この極めて短期間のうちに村人が金を用意した可能性、それと魔物が出現するタイミングを村人が何年も前から知っていた可能性か。


「ふと、思ったんだが……魔物というのは本当にいるのか?」


「えっ?」


「魔物の出現という情報がもし、嘘だったとしたら……」


「そんな嘘をついて、どうしようと言うんです?」


「帝国には鳥型の魔物の目撃情報などは何も入っていなかった。

 そしてこの村では、魔物による被害は一件もない。

 更に不可解なほどに高額の討伐報酬。

 先程の、毒を盛られた件。

 これらの情報を照らし合わせてみれば自ずと、答えは見えてくるような気がするが」


 魔物が、いない?

 ならば、他の村から出た被害者というのは……。


 この村の人々が、殺している!?


「まさか犯人は……」


 だからこの村の被害は無いし、そもそも魔物がいないのだから討伐に成功して報酬を受け取ることもできないのか。

 表向き、事件の解決に尽力している風に見せかけて、裏では密かに、恐ろしい殺人に手を染めていたというのか。


 確かにこのイリヤさんの推理なら、全ての辻褄が合う。

 イリヤさんがドヤ顔するわけだ。


「気が付いたか?

 そう……犯人は!」


 と、すんなり事が運んでくれれば苦労しない。


 俺の異世界は本当にハードモードだよ、徹頭徹尾。


 この時アルコール・コーリングは、こちらへ向かって宙を滑空してくる巨大な物体の気配を明敏に感じ取っていた。


「残念ながら、やはり魔物はいるみたいですよ」


 俺はイリヤさんに告げた。


「何だ……そうか」


 落胆した顔で、イリヤさんは剣の鞘に手をかけた。


「こちらへ、やってきます」


「丁度いい、向こうから仕掛けてくるのなら始末する手間が省けるというものだ」


 俺とイリヤさんは揃って顔を上げた。頭上を黒い影が覆う。

 巨大な漆黒の翼を持つ魔物が急降下して襲いかかってくる。


「下がっていろ!」


 イリヤさんは剣を抜き放ち、俺に向かって叫んだ。


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