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Day.3-9 村長のお茶

「さぁさぁ、あたたかいお茶が入りましたよ」


 湯飲みが二つ乗ったお盆を持って村長が戻ってきた。

 俺とイリヤさんの前に湯気を上げる茶が置かれる。


「冷めないうちにどうぞ」


 イリヤさんは音も立てず、茶を一口飲んだ。


 机を挟んで対面に村長が胡座をかいて座る。

 ニコニコしながら茶を飲むイリヤさんを眺めている。

 自慢の一杯、なのかな。確かにいい香りがしている。


「村長」


 湯飲みを置いてイリヤさんが言う。陶器が机に当たるカタンという音が室内に響く。


「ん、何ですかな?」


「この茶は私の口には合わないな」


 ……!

 何て事を……イリヤさん、いきなりそんな。

 和やかな雰囲気台無し!

 疑うにしたってもうちょっと探り探り行こうよ……いきなり喧嘩腰とは。


 もしかして、食にものすごくうるさい人だったのか!?

 そういえばシトリの作る飯はどれもすごく美味しいから、俺がイリヤさんの食通っぷりを知る機会がなかっただけなのかもしれない。


「おや、左様ですか。

 上等な茶葉を使っておるのじゃが……。

 そちらの御仁はいかがかな?」


 俺もオススメされたので湯飲みを持とうとした。その途端、右足の太ももに激痛が跳ねた。


「痛っ!?」


 イリヤさんが指でつねっている。俺の太ももをつねりつつ、意味深な目で俺を見詰めてくる。

 これは……飲むな、と?


「おや、どうなされた?」


「ふむ、この男は単なる付き人だが、ここまでの旅路で足を悪くしたみたいでな。

 筋肉がつったみたいだ」


「おお、それは災難ですな。

 都会の方は山歩きには不馴れでしょうからな」


「それはそうと、この男は茶は飲まない質でな。

 そう、水分は酒しか飲まないと常日頃から公言しているのだ。

 理由は知らんから私には聞くなよ」


 おい、どういう無茶振りだよ!?

 しかしまぁ、なぜだか知らないがこの茶を飲まずに、酒を飲めと言うことか。

 ならば理由は一つだな。


 アルコール・コーリングだ。

 俺のスキルが必要になったということだ。


「ほぉ……酒しか飲まない方とは、変わっておられる。

 よろしければご用意しますが?」


「結構だ、この男は酒の好みにうるさい。

 自前でいつも持ち歩いている」


 俺は肩掛けの麻袋に酒瓶を4本入れてきた。これはイリヤさんいわく、飲みやすくてアルコール度数も低い酒らしい。


「な、そうだな!?」


 イリヤさんが詰め寄ってくる。もうこんなの、YESしか言えないじゃん。


「そ、その通り……俺は酒が無いとダメなんです!」


 完全にアルコール中毒者の台詞を吐いて、俺は瓶を取り出した。(おもむろ)にコルクを開ける。


「おや、酒に一家言(いっかげん)ある方が、どこにでも売っているような安酒を飲まれるのですか?」


 村長は俺の酒を指差してそう言った。

 あ、安酒なんだ、これ。


「ああ、こいつは酒が途切れると発狂するから、酒の出費を抑えるために普段は安酒ばかり飲んでいるのだ」


「ははぁ……それは心配ですなぁ」


 どんどん俺が中毒者になっていく……。

 異世界でアル中やってる転移者なんて聞いたことねぇよ。


 酒をゴクリと飲む。しっかりと甘味がありながらも、すっきりとしていて飲みやすい。米か麦の焼酎みたいな味だな。でもフルーツっぽい香りがするから何らかの香料が入っているのかも。


 酒を嚥下(えんか)した瞬間から俺の聴覚に明らかな変化が始まる。

 身の回りのあらゆる音がクリアに響きだす。


 こうなってしまえば俺に、聴き取れない音はない。


 アルコール・コーリングの超・聴覚が周辺に飛び交う音を漏らさず全て俺に届けてくれる。

 故にすぐさま、俺はある事に気がついた。


「村長、ちょっといいですか?」


 そして尋ねる。


「はいはい、何かな?」


「奥の部屋からこちらの様子を窺っているのは、誰ですか?」


 人の気配が一つ、それはピッタリと閉められた引き戸に身を預けるようにしてじっと耳を凝らし、こちらの様子を窺っている。


 アルコール・コーリングはその者のかすかな呼吸音も心音も、逃さなかった。


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