Day.3-7 村人の証言
道は続いているが、ロメリアから遠ざかるにつれ石造りのきれいな舗装は途絶え、今では剥き出しの土の上を進んでいる。
左右に見渡す限りの山々が広がっている。所々開墾されていて畑になっている場所がある。長閑な風景だ。
「この一帯には農民達の小さな村がいくつも点在している。
問題の村までは、間も無く到着するだろう」
イリヤさんが言う。依頼書に改めて目を通している。
現地に着いたらまずは依頼主である村長に会いに行く。
詳しい被害状況を聞き取りし、念のためあの狩人の安否も問い質しておく。
イリヤさんはいきなり魔物に殴り込みに行くつもりだったみたいだが、俺が止めた。
少しは情報収集をしてからの方が良いだろう。
猪突猛進では、先の狩人と同じ轍を踏むことになるかもしれないし。
「ん、どうした?
外の景色がそんなに珍しいか」
イリヤさんは不思議そうな顔で訊いてくる。
俺がしばしぼーっと外を眺めていたからか。
考え事をしていたのもあるが、ただ単に、日本の田舎の風景にすごく似ていたから興味深かっただけなんだ。
「いえ、俺のいた世界にもすごく似たような場所があるなぁって」
「どこの世界であれ、人間の営みはそう変わらない、ということか。
魔物や魔術は、そちらの世界にはあるのか?」
「ありませんねぇ、色々と解明されていない現象はありますけど、魔術や魔物というのは存在しないことになっています」
「ならば平和な世界じゃないか」
「そうでもありませんよ。
人間同士がずっといがみ合いを続けている地域もあります。
インフラが整っていなくて、貧しい生活に苦しんでいる人たちも大勢いる。
かといって発展している国にも、いろいろと問題はあって自殺者も多いです」
インフラって、伝わるのかな?
イリヤさんは少し難しい顔をした後で、
「なるほど」
と呟いた。
「人間同士の仲が悪いわけか。
確かに、憎むべき明確な敵がいるからこそ人間は団結できるのかもしれないな。
もしそれが無ければ、次には人間同士が争うしかない。
魔物がいる世界といない世界、どちらがより幸福なのか一概には決められないか。
それと……自殺者が多いというのは深刻だな。
こちらの世界ではほとんど聞いたことがない」
あぁ、俺もこの世界なら自殺など考えもしないだろう。
こっちの人達は、結構自由だ。
仕事をしている人を見ても、皆厳しいノルマなんか無くって好きな時間に好きなだけ働いている印象だ。
「向こうは物質文明とか呼ばれていて。
とにかくお金持ちになること、富を得ることが最優先されます。
精神的な部分は、蔑ろにされてますね。
だから人間関係が薄くって」
ってまぁ、そりゃ日本に限った話かもしれないけど。
そのくせ同調圧力だけはすごく強いんだもんな。
「そのような文明なら、魔術など使えなくて当然だな。
私もその方面には詳しくないからはっきりとした事はいえないが、魔術を自在に行使するためには見えざるものと精神を繋げる必要があるらしい」
「見えざるもの?」
「ジューク曰く、我々の目には見えていないがすぐそこにある世界、あるいは概念といったものらしい。
魔術の使用は、慣れないうちは道具と呪文の詠唱が欠かせないが、熟達してくるとそれらの工程を省いても問題ないようだ。
これは、見えざる世界と自身とを自然のうちに同一視できるようになるかららしい。
私で言えば、初心のころは剣を握るにも振るにもいちいち頭で考えてやっていたものが、今では無意識に出来るようになっている、といったところか」
ふぅむ、魔術も奥が深い。見えていないがすぐそこにある世界、か。なんだか異世界転移みたいだな。
そういえば俺のいた世界にも、シャーマンのように自然と対話する能力を持った者達がいた。
ああいうのを眉唾物として色眼鏡で見てしまうから、不思議な力から遠ざかっていくのか。
「俺も修業すれば魔術が使えるようになりますかね?」
「ごく簡単なものなら、習得は誰でも可能だ。
だが魔術など習ってどうする?」
「少しでも……戦闘で役に立てるかなぁって」
「いい心掛けだが、時間が掛かるぞ。
初歩的な魔術でもその習得には数年を要する。
ジュークのような天才であれば話は別だが。
それよりも今、お前の持っている才能を伸ばした方がいい。
その力はいずれ、私たちにとって必要不可欠なものになるだろうから」
力強く、イリヤさんは言った。
少し……いや違うな。かなり、うれしかった。
そうだ、俺には俺にしかできないことがある。
昨日、俺はそれを使って大したことをやってのけたじゃないか。
自信を持とう。
そして人の役に立てるように、この力を使っていこう。
イリヤさんは普段から冷たい態度を取っていることが多いから、こうやってはっきり褒められると妙にくすぐったい気持ちになるな。
「ありがとうございます。
そう言ってもらえると、俺もこっちの世界に来た甲斐があります」
「まさか全裸でやってくるとは思わなかったがな」
イリヤさんは少し笑った。
俺もそれにつられて笑う。
あぁ、あれは滑稽な出会いだった。
滑稽で、印象深くて、まだ3日しか経ってないのに随分昔の記憶のように感じられる。
こっちの世界じゃ次々と、いろんな事が起こるから。
「ん?
あれは……」
イリヤさんの視線が、何かを捉えたようだ。
俺も窓から外を眺めてみる。
一人の農民らしき人物がこっちに手を振っている。
「やぁ、どうした?」
窓から身を乗り出しイリヤさんが訊いた。
「あんた達、王都から来られた方じゃろ?」
農民が鍬を肩に担いでいる。
農作業中に馬車に気が付いて、それで手を振ってきたようだ。
「そうだが」
「少し、お話を聞いてもらえんじゃろうか?」
イリヤさんは俺に目配せする。
俺としてはそこまで旅路を急いでいない。
頷いて見せた。
「御者よ、悪いが一度止めてくれ」
「はいよー」
ベテランの御者は馬の首を軽く数回叩いて馬車を止めた。
イリヤさんが素早く荷台から降りて農民に近づく。
俺もあとに続いた。
「どうなさったのか?」
「あんた達、最近このあたりに出る魔物を退治しに来たのではないかえ?」
まさにその通りだ。それが俺達の今回の仕事だ。
「あぁ、そうだがそれがどうした?」
「いやねぇ、ちょっとばかし耳寄りな話があるんでさぁ」
「ほぅ、どのような?」
「それがね、すぐにでも教えたいんだけんど、あっしも生活が苦しげってねぇ」
農民の男は卑屈そうな笑みを浮かべて両手を揃えて差し出してきた。
金を無心している、というやつか。
「有益な情報で無かった場合、お前を斬り捨てて金を取り返すぞ」
一際冷たく言い放ちながらイリヤさんは銀貨を2枚、握らせた。
咄嗟に渡すチップとしてはいい金額だろう。
しかしイリヤさん、冷やかしだったら本当に相手を斬りそうな迫力がある。
農民の顔、若干ひきつってたもんな。
「ははぁ、ありがてぇ……。
じゃあ話すとしやすか。
この道を真っ直ぐ行くとすぐそこにアマネク村ってぇのがあるんでさぁ。
そこの村長ってのがたぶんあんた達を呼んだんでしょう?」
「あぁ、そうだ」
「やっぱり、ねぇ。
ちなみにあっしはスベカラ村ってとこの人間なんですけんど、ウチの村も既に何人か魔物にやられてんでさぁ」
「そうか、それは気の毒にな。
それで、耳寄りな話とは?
まさかこんな雑談の事ではあるまいな?」
「いえいえ、これから、これから話すんでさぁ!
あんたこの辺の村の事情は詳しいかえ?」
「いや、ただ複数の小さな村が点在しているということくらいなら知っている」
「そう、その村々が助け合って細々暮らしてんでさぁ。
んで、魔物の話なんですけんど、魔物がいるっていう洞窟から一番近ぇのがアマネク村でして」
「ふむ、ならばそこが一番被害を被っているはずだな。
村長もいよいよ困窮していたことだろう」
「ところが、奇妙なことなんですけんど、アマネク村の連中は誰も魔物に襲われてないらしいんでさぁ……」




