Day.2-18 収束
「ほほぅ……まさか巨人達が駆逐されるとは」
暗黒魔導師リュケオンが言う。
自身が魔術で作り出したものが倒されたのを感知したようだ。
「ん?何かなそれは」
そうだ、ジュークはその事を知らないままだった。ずっと孤独に、ここでリュケオンと戦っていたのだ。
「ふふっ、人間如きにここまで素早く迎撃されようとは。
魔導通信網の妨害も解除され、屍達も倒されたようだな。
なかなか優秀な兵隊がいると見える」
違うぜ、優秀な軍師がいるのさ。
そう、それは俺のことだよ。
なんちゃって!
「旗色が悪いな……ここは一度退くしかなかろう」
「ええー?逃げちゃうのぉ?」
「そう急く必要はない。
あくまで今日のところは余興よ。
これからじっくりと、相手をしてやる。
お前達が滅び去るその時まで、な」
「敵前逃亡は恥っていう文化、魔族には無いの?」
「敵ではない。
貴様らは我らの前では屑も同然よ。
目障りになったらば、払えば終いだ」
「あ、そ。
好きにすれば?」
宙に浮かんでいたリュケオンの体が、ゆっくりと下降し始めた。
地面に……穴が開いている!?
これも魔術か。
「空間転移、ね。
余裕の振りして、この私に恐れをなしたから逃げようってこと?」
「追ってくるがいい。
その勇気が貴様にあるなら」
「いや、その必要は無いよ。
あんた、逃げらんないから」
「……何?」
雨の反響音からそこに空洞があることを俺は認知したわけだが、ジュークの発言の直後、地面に開いていたはずの穴が消失した。
空間転移の魔術が、打ち消された!?
リュケオンがその場に、両膝をつく。
「これは!?」
「拘束完了、そう簡単に逃がすわけないでしょ」
「いつの間に儂の足下に魔方陣を……まさかあの時!」
「今頃お気づき?
案外、暗黒魔導師さんもうっかりやなんだねぇ」
あの時?
リュケオンの足下……あれか!ブラック・サンダー!!
「雷撃の為の照準と見せかけて二重に魔方陣を展開していた、というわけか……」
「洒落てるでしょ?
あんたがどう動くか、何を喋るか、見極めてから拘束しようと思ってたんだよ。
だからわざわざここで遊びに付き合ってあげていたってわけ」
「おのれ……」
リュケオンは小刻みに震えている。立ち上がれないようだ。拘束がそれだけ強いということか。魔術によって跳ね返すことも、出来ていない。
「あんたが弱音を吐いて逃げ出そうとしたから急いで捕まえたんだけど、死ぬ前に言い残すことは何か?」
「……」
リュケオンは口をつぐんだ。だがその目は真っ直ぐジュークに向けられている。それは憎悪の視線か。
「何もないって?
それか助からないならせめてもの強がりでもやっとこうってわけ?
仲間の秘密を絶対に喋るもんか、っていう思いやりの心かな?」
ジュークが妙に饒舌だ。最初に会った印象から、よく喋る人間だとは思っていたがこれほどだったか?
ジュークにフォーカスした時、俺はそれに気付いた。
動悸が、早い。しかも雨が降っているから今までわからなかったが注意深く聴覚を働かせれば、ジュークが大量に発汗しているのが知れた。
ポーカーフェイスを決め込んでいるが、必死なんだ、ジュークも。拘束魔術を維持するのに。
時間を、稼いでいるのか。
ジュークには、俺のような広範囲の情報を収集する能力は無い。いや、本人に確認したわけではないから断定は出来ないか。だが、無いのだろう。
そして魔術の維持に手一杯のこの状況。
力が切れれば、リュケオンを逃がすことになる。
だから可能な限り、会話で時間を浪費させているんだ。
待っているんだ。
頼もしき、仲間を。
「あんたは単なる偵察のつもりだったんだろうけど……人間の力でも試してやろうかっていう腹積もりだったんだろうけど……それに巻き込まれて殺されたのは、この私の部下だよ。
私は……このジューク・アビスハウンドは……始めから殺る気マンマンだよこの糞野郎ッッ!!!」
ジュークが咆哮した。
リュケオンは、仲間を、大事な部下を殺した仇だ。
けれど感情を押し殺し、あくまで冷静にして取り乱さず、皮膚のすぐ下を流れる煮え滾るマグマを抑えながら、ジュークは待っていたんだ。
この時を。
この、瞬間を。
「イリヤ!!」
女剣士は高く高く、屋根を蹴って跳んだ。
剣が、鋭く光を放つ。
いや……それはあくまで俺が感じたイメージに過ぎない。
アルコール・コーリングは色を感知できない。
けどきっと、イリヤさんも怒りに燃えて、白銀の剣を振り下ろしているはずだ。
降りしきる雨すら切り裂いて、一陣の突風のごとく、イリヤさんなら剣撃を放つだろう。
暗黒魔導師と女剣士の肉体が、交差した。
一閃。
「……散れ、魔族の侵略者」
「カハッ!
この……儂が!」
容赦ない、袈裟斬りだった。
リュケオンの体に、次々と亀裂が生じ始めた。
「あり得ぬ……人間如き……地虫が如き……者共に」
「てめぇはそれ以下だって事だよ!!」
と、ジューク。怒るとめっちゃ口悪いな。
リュケオンが、爆散した。跡形もなく、爆発して消滅した。
これが魔族の……死に方か。
「酒井雄大……って聞こえてねぇか、地獄に落ちたんじゃ」
俺か?
なんで俺が地獄に?
…………ってこれ、侮蔑のやつか。
いや、待てよ。
ジューク、もしかして俺が聴いてる前提で言ってない?
ジュークは驟雨を振り仰いでニヤリと歯を見せて笑った。
「豚さぁん、聴いてるんでしょ?
見ての通り、勝ったよ!!」
やっぱりか!
ああ、おめでとう。
でも最後のは、余計だったよね?
とはいえ、何は無くとも、戦いは終わった。
俺達の勝ちだ。
だが簡単な勝利じゃなかった。みんながみんな、死力を尽くさなければ勝てなかった戦いだ。
暗黒魔導師リュケオンの策は周到だった。
俺のスキルも、イリヤさんも、ジュークも、ジャックやヤンも、マスキュラさんもシトリも……。
誰一人欠けても掴み取れない勝利だった。
俺は、拳を突き上げた。
薄汚れた店の天井が見えている。そこへ向かって、力強く拳を。
被害は決して小さくはない。破壊された街の復興にも時間はかかるのだろう。人的被害は、どうだった?
殺されたのはジュークの部下、6名。そしてマリさんの店の女中が1人。
俺が知り得る限りでも7名の命が失われている。
ジュークとリュケオンの死闘に巻き込まれて命を落とした人や、巨人から街を守ろうとして倒れた兵士もいたことだろう。
それでも、王都ロメリアは守られた。
今日のところはひとまず、これでいい。
俺ももうとにかくヘトヘトだ。
天井がプラネタリウムみたいに回っている。
気が抜けたらいよいよ瞼が重くなってきやがった。
このままここで気絶しそうだ。
誰か、俺が気を失ったら介抱しててくれ。
そう願いながら、俺はしばし微睡の中へとダイブすることにした。
……したんだけど、
「あんらぁ!?昨日のお客さん、んもうこんなところで酔い潰れて寝ちゃったりして!
仕方ないから部屋で私が……面倒見てあげるビュル」
不吉だ。
遠ざかる意識の中に極めて不吉な声が……。
ギョビュルリンは興奮していると語尾に“ビュル”が付く……
昨日のイリヤさんの解説が、なぜかこのタイミングで走馬灯みたいに再生されてるよぉ。
無駄に力強く体を抱き寄せられたところで、いよいよもって俺はブラックアウトした。
2日目、バタバタのうちに終了!




