Day.2-17 “剣帝”と“論理使い”
「巨人と言っても、図体がデカいだけで動きはトロいな」
おもむろに、“剣帝”ジャック・ホワイトが肩に担いだ大剣を両腕で握り、振るった。
まるでバットの素振りのような、これほどの巨大な剣を扱うにはあまりにも軽々とした動作だった。
剣自体の重さをまるで感じさせない。
巨人の動きが、止まった。
「はい、終了」
ジャックが言った。
ん?終了とは?
巨人の胴体に斜めの傷が発生し、上半身と下半身が……分断されていた!
今の、軽い一振りだけで!?
しかも剣自体は巨人に触れてすらいないのではないか。
斬撃の衝撃波を、飛ばしたのか。
巨人は真っ二つになって地面に倒れ、衝撃で肉体がバラバラに崩壊した。
まるで泥人形のように、粉々に。
そうか、こいつは泥か砂かを固めて作り出した魔物なのか。
リュケオンは予め、三方の門の外側に魔力を込めた泥を持ち込んでいたのではないか。
それを、北門へ侵入するタイミングに合わせ魔術で巨人の形へ組み上げたのでは?
それならば俺のアルコール・コーリングに巨人が引っ掛からなかった説明もつく。
にしても……恐るべきは“剣帝”である。
たったの一撃で巨人を両断してしまうなんて。
「呆気ないもんだな……ま、俺様の剣に斬れないものなんて何もないけどな」
さも当然のようにジャックが言う。相当な自信家のようだ。ううむ……確かにこれならチート感あるけどな。
「んんwwwジャック氏、他の門へと参りますぞwww」
で、こいつは何なんだよ?
単なる瞬間移動の能力ではない?
“論理使い”とは一体どういう事だ。
ヤン・ヤンティがジャックの肩に触れる。瞬間、二人はその場から消えた。
そして間を置かず南門前に、瞬間移動を果たしていた。
この瞬間移動のスキル自体はヤン・ヤンティが使っているようだが……。
「イリヤさん、今、話せますか」
「あぁ」
ホマスの通話は繋ぎっぱなしにしている。イリヤさんなら、何か知っているだろう。
「ヤン・ヤンティの“論理使い”というのはどんな能力なんです?」
「奴のは、“ルールを追加する能力”だ。
奴は周囲に特殊な力場を展開してその内部にいる対象に、自分が決めたルールを一つだけ追加できる。
今回ならば恐らく、街全体を対象としてその内部ではヤンと彼が触れた者をどこへでも瞬間移動させる、というルールを設定しているはずだ」
ほほぅ……なるほど、これでさっきのイリヤさんとドミナトゥスの通話の謎も解ける。
イリヤさんが対象は街全体、ルールは瞬間移動と言っていたのはそういうことか。
ヤンにどういった類の設定にするかを予め伝えていたわけだ。
多分、ヤン・ヤンティは自分の能力のデモンストレーションをした時に瞬間移動を披露したのだろう。
それで、イリヤさんはドミナトゥスに“あの、瞬間移動”と言ったんだ。
使い方に癖のある能力だが、悪くない。うまく使えば無限の可能性を秘めたスキルだ。
ジャックとヤンが東門に出現する直前に俺が感じた、空間に何かが拡がるような音は、力場が展開する時のものか。
ヤンの瞬間移動ルールがあれば、無敵の剣を操るジャックがどこへでも出現することが可能なわけだ。
ならばこのまま全ての門の敵を片付け、北門のリュケオンも倒すことが出来る。
しかし……
「ヤンの能力には制限時間とかは無いんですか?」
あまりにも便利すぎる能力だ。デメリットは何も無いのだろうか。
俺の場合、アルコール・コーリングの制約はずばり、酔い潰れてしまうという点にある。
酒を摂取し続けなければ能力はいずれ使えなくなるが、飲み続けると酩酊状態で動けなくなるし、最悪急性アルコール中毒で死ぬ。
今だってもうこんなにヘロヘロだ。
「あるみたいだな。
力場を広げれば広げるほど、ルールを使える時間は短くなると言っていた」
なるほど、それが制限か。
具体的にどれぐらいの時間力場を展開できるのかはわからないが、今回のように街全体を覆うほどの規模にもなると、そう長く力を維持できないに違いない。
だから、さっさと片付けようと言っていたのか。
イリヤさんと会話している間にも、南門の巨人は斬り倒されていた。
早い。
兵士達が喝采を上げている。
それを尻目にまた、瞬間移動。
西門へ。
その時、イリヤさんの方に動きがあった。
屍体が、後ろを向いたのだ。
そして尾行に、気づいた。
「いかん、気付かれた」
「そのようですね」
「仕方ない、始末する」
イリヤさんが走り出すのとほぼ同時に相手も動いていた。
手近な商店の、軒先に吊るされていた鳥を掴んでイリヤさんへ投げる。
イリヤさんがそれを弾く。
屍体は通りを行く人の首を掴み強引に、イリヤさんへぶつけてきた。
そして次のタイミングで近くの人の傘を奪い取ってそれも、投げた。
「チッ」
イリヤさんはぶつかってきた相手を受け止める。
傘が、イリヤさんの視界を塞ぐ。
単なる時間稼ぎ以上の効果のないアクションだ。
だがイリヤさんが路地へ目を向けた時、そこには敵の姿は無かった。
目晦ましをしている間にいずこかへ、消えた。
と、それほどうまく逃げ果せることが出来るとでも?
イリヤさんの視界から抜けられても、俺の聴覚からは絶対に逃がさん!
上だ。
建物の屋根を、さっきのイリヤさんみたいに飛び移って逃げようとしている。
そうはさせない、動きは全部、俺に筒抜けだ。
「上です、建物の」
「承知!」
跳躍したイリヤさんが敵の姿を、発見した。
屋根を蹴り、抜群の安定感で渡ってゆく。
敵との距離を、猛烈な速度で詰める。
雨で滑りやすくなった三角屋根でも、まるで問題にならない。
逃亡を諦めた敵は、迎撃態勢を整えた。
両手の剣を交互に、振るってくる。
それらを自身の剣でいなし、跳ね上げ、首元へ痛烈なハイキックを叩き込む。
グギィ、という音が聴こえた。
首の骨が、折れた音だな、こりゃあ。
普通の人間なら即死、でももともと死んでる屍体は平然としている。
仰向けに、屋根から落下し始めた。
イリヤさんも跳ぶ。
自由落下を始める二つの、肉体。
屍体は、右手の剣を分離させ射出した。飛び道具みたいに。
そういう芸当が、可能だったのか。
キィン!
イリヤさんの剣がそれを弾く。
返す刀で斬撃が、屍体を通過した。
民家の壁に激突してから屍体は地面へ逆さまに落下した。
イリヤさんは両足で静かに着地を決める。
リュケオンが作り出した全ての動く屍体はこれで倒されたことになる。
「状況は、どうだ?」
「残るは北門、リュケオンだけです!」
「私も向かおう」
フォーカスを、西門へ。
ジャックとヤンがそこの巨人の残骸の前に立っている。
さっきの、フォン、という力場発生時の音が聴こえてきた。
まさか。
「んんwww時間切れですぞwwwありえないwww」
「何だよ、本日のお遊びはここまでかぁ?」
もう、時間切れか。
フィールドのエリアを広く取りすぎたか。
だが背に腹は代えられなかった。
悠長なことをしている余裕のない状況だった。
ジャックもヤンも、充分に務めを果たしてくれた。四方から迫る敵をほぼ壊滅させてくれたのだから。
俺ももうそろそろ限界が近い。
後は任せるしかない。
イリヤさんとジューク……あの二人に。
暗黒魔導師を、倒してくれ!