Day.2-16 反撃開始
サンロメリア城にいるという、俺以外の異世界転移者か。
一体どのような能力なのか皆目見当もつかないが、戦闘に役に立つ能力であればこの危機的状況を打破できるかもしれない。
「一度切るぞ」
イリヤさんは通話を切り、すぐさま別の誰かに掛け直した。
その声にフォーカスをしながら、他の地点をざっと確認する。
北門、変化なし。
その他の門は巨人の侵攻を全く止めることができていない。
巨人の前方で足止めをしようとしたのだろう、兵士が蹴散らかされて地面に転がっている。
マスキュラさんはマリさんに喰ってかかられている。殺されていた女性はここで働いていた人みたいだ。
ならば“敵”は客を装ってこの店へやってきて、あの部屋に入るなり女性を殺して妨害装置を起動させたのか。
「ドミナトゥス殿、聞いて欲しいことが」
イリヤさんの通話が始まった。
「……現在、ロメリアの四方の門が破られ敵の侵入を許しています。
……魔族です、嘘ではありません。城の見張り台の者は何をしていたのです?
……即刻確認されたし。ジュークも交戦中。
……ええ、王の帰還というのがそもそも敵の流した誤情報だったわけです。
……しかし事態は逼迫しています。そちらから派兵するのでは間に合わないかと。
……転移者を、お願いします。
……認可を待っている時間もありません。ジャック・ホワイトと、ヤン・ヤンティを」
ジャック・ホワイト。
ヤン・ヤンティ。
こいつらが、そうか。
「……ええ、すぐに東門前へ。
……いえ、馬車は必要ありません。
……お忘れですか?ヤン・ヤンティのあの、“瞬間移動”を」
瞬間移動!?
……普通に便利能力じゃねぇか!
しかもこの状況では、すごく重宝する能力だ。
「……ヤン・ヤンティにお伝え下さい。“対象”は街全体、“ルール”は瞬間移動、だと。
……はい、感謝します。それでは」
ドミナトゥスと呼ばれた相手との通話を終え、イリヤさんはすぐにこちらへ掛けてきた。
「聞いていたか」
「はい」
「息が、苦しそうだな?
どうした?」
「酒を一気飲みしすぎて……酔いが」
「もう少しの辛抱だ。我慢しろ」
ええ、しますとも我慢を。
状況が好転しつつあるのは俺にもわかる。
「三方より迫る巨人はあの転移者達に任せておいて問題ない。
リュケオン配下の屍達、残り2体の居場所がわかるか?」
「探します」
そちらへのフォーカスは解いていた。処理する情報量が多すぎると俺の脳がついていかないからだ。
一度フォーカスを外した相手を再度捕まえるには、相手の顔がわかっている必要がある。
これはパソコンで言えばファイル名から検索をかけているような状態、だろうか。
街中を相手が高速で動いていたりすれば、発見しやすいのだが。
ダメだな、町の住民に紛れてしまったか。
怪しい動きをしている者は……見当たらない。
土砂降りの雨、外に出ている者は少ない。
屍体と言えど、殺されてからまだ1日くらしか経っていないから見た目は普通の人とほぼ変わらないと推測できる。
街に溶け込むには、都合がいい。
どうやって、発見するか。
外を歩く人々は皆、当然の如く傘を差している。
傘……傘か!
屍体は、傘を持っていたか。
……否。
全身がずぶ濡れのままのはずだ。
まさかリュケオンが屍体に対して傘を差すように指示を出すはずもない。
びしょ濡れなのに、傘を差そうとしたり手で頭を覆ったりという素振りの無い者、それを特定する。
北門からサンロメリア城にかけてのエリア。
雨の反響音を、聴く。
傘に当たる音と、人体に直接当たる音は明確に違う。
絞り込む。
浮かび上がってきた。
やはり……2つ。
「発見しました!
イリヤさんの場所から左横に2ブロック、そこの通りに1人。
もう1人は……後ろです!!」
背後からイリヤさんへ突如、駆けだした影が一つ。
密かに、後をつけていたのか。
「承知した」
一切の動揺を感じさせないイリヤさんの口調。
振り返った眼前、両腕を変化させた剣で刺突を繰り出してくる敵に対し、まるで風のように体を流して回避をする。
屍体の両腕による振り下ろしを、鞘から抜き放った剣で受け止める。
「遅いな、この程度なら!!」
イリヤさんは屍体の腹に深々と右足をめり込ませた。
屍体が後退する。それはあくまで衝撃によって後ずさっただけだ。既に死んでいる者に痛みは無い。
イリヤさんが剣を水平に構えて屍体とすれ違った。
敵が剣を振るうよりも遥かに速く、すれ違いざまにイリヤさんはその頸部を、斬り抜いていた。
「許せ」
力なく倒れた屍体に、イリヤさんは短く一言、謝罪をした。
もとは人間、もとは仲間であった相手だ。
多少は会話をしたこともあったのかもしれない。
が、操られてしまったからには敵だ。
残りは……1体。
「そのまま指示を出せ。
もう一人はどこだ?」
「左側の路地へ。
曲がる場所がやってきたら言います」
「了解」
水たまりを跳ね飛ばして、イリヤさんは走る。
「そこです!」
2ブロック先で、停止の指示。
イリヤさんが急カーブを描いて交差する路地へ突入。
そこは小さな商店街のようだった。
まだ営業している店が多い。
だがこの雨では客足は少ないのだろう、早々に店仕舞いを始めている店舗もある。
傘が商店街に揺らめいている。
その中に一つ、傘を差さずにゆらゆらと歩いている者、あり。
「傘を差していないやつです!」
「わかった。
だがここでは戦えないな。
周りに被害が出る。
尾行をすることにしよう」
「わかりました」
残り1体、こいつを逃さなければいい。
そちらはイリヤさんに任せよう。
ちなみに、現在、俺はマリさんのお店の椅子から滑り落ちて地面に大の字に寝転がっている。
なんてダサい姿なんだろう。
頭と口以外に余分なところの力を使わないためにこうしているんだけど、いよいよもって視界が回転し始めヤバい状態になってきている。
「ぐえぇ……」
キツいよなぁ……このスキル。
連続使用がこんなにも堪えるとは。
が、まだ寝てしまうわけにはいかない。
異世界転移者は、どうなった?
東門は。
フォン
何か、形容しがたい音が聞こえた。
F1のマシンが高速で通過する時のような、風切り音に似た何か。
だが、そこまで煩くない。
何かが、空間に拡がった。
何だ!?
と、ほぼ同時に東門、巨人の目の前に2人の人間が突如“出現”する。
瞬間移動か!
ならばこの二人が……
「おお、こりゃまたでっかい魔物だよなぁ」
呑気な男の声。
「んんwwwさっさと片付けてしまいますぞwww」
……何だこの男の口調は。
「あぁ、雑談してる暇もないか。
さっそく……」
男が天に向かい右手を高らかと掲げる。
頭上の空が、帯電したかのように鳴る。
巨大な……巨大な剣が空間を“割って”落ちてきた!
男は柄を片手で軽々と握り、肩に大剣を担いで見せた。
恐るべき……腕力!
いや、この剣が能力なのか!?
「この剣帝のジャック・ホワイトと!」
「論理使いの我、ヤン・ヤンティが決めますぞwww」
二人の異世界転移者が、巨人に立ち向かう!