Day.2-14 魔導師の少女VS暗黒魔導師
「おうっぷ!!」
これは……これは止めときゃ良かった!!
マスキュラさんが俺を背中に担いで街路をすさまじい勢いで駆け抜けている。
だが揺れる。
背中にいるとものすごく揺れる。
ダメだ、気を抜くとリバースしそうだ。
けどこの方法しか思いつかなかった。
ネハンへ俺自身が行かないと、妨害装置か妨害術師かの場所を正確に伝えられない。
しかも場合によっては、戦闘になるかもしれない。
マスキュラさんには絶対に手伝ってもらわなければならなかったし、俺自身も必ずそれに同伴する必要があった。
「どうしたぁ?お客さん
酒の飲み過ぎかぁ!?」
マスキュラさんはこんなに飛ばしながらも喋る余裕があるみたいだ。
底無しの体力だな。
しかも魔術を腹に喰らってて、リアルタイムでそれが皮膚を突き破ろうとしているのに。
これがアルコール・コーリングの欠点だ。
酔いを深めれば深めるほど精度は上がるが、それと引き換えに俺はどんどんしんどくなる。
酔い潰れて呂律が回らなくなったり気を失ったりしたらそこで終わりだ。
意識を、何とかクリアなままに保たないと。
マスキュラさんに返事するのは不可能だ。
口を開くと、出そうだ!
宿の方はシトリに任せた。
幸いあの巨人以外に敵が門から侵入してくることはないみたいだし、王には隠れていてもらおう。
イリヤさんは4体の屍のうち2体を斬り捨てていた。
あと2体だ。
ジュークは……
破壊の跡が激しい。
あちこちの建物から煙が上がっている。
逃げ惑う人々の姿。
二人の術師の死闘は、周囲にも甚大な被害を出していた。
強大な魔術の応酬は今のところ引き分け。
互いに決定打が無いままだ。
「呪文の詠唱もなく、印も結ばず、それだけ大規模な魔術を行使できるとは。
小娘ながら……認識を改める必要がありそうだな。
貴様は侮れぬ存在よ」
「その上から目線がムカつくねぇ。
黒焦げにしてやりたいなー」
ジュークの息が、若干上がっている。
魔術というのがどんな技術体系か俺にはさっぱりわからないが、やはり体力を消耗するものなのか。
「いくらでも、何度でも、あらゆる術を試してみるがいい。
この暗黒魔導師リュケオンに通じると思うのなら」
「あー、面倒くさい!
大技、行くから」
地面の低い位置を、ジュークの右腕が薙いだ。
リュケオンの足元に何かが、出現した。
頭上、遥か上空、地鳴りの如き大音声が発生する。
あの厚い雲の中に発生した途方もない電気エネルギーが、一目散に、一瞬に、リュケオンに向かい落下した。
それは落雷。
当たれば人間など、ひとたまりもない自然の猛威。
神の雷槌を、ジュークはリュケオンに叩き込んだ。
事前に放った魔術は、リュケオンにマーキングするためのものか?
「暗黒の雷鳴……暖まったかな!?」
雷の直撃を受けて煙を上げている(推定)リュケオンに対し、ジュークが言う。
うん、その技名は格好いいけど、残念ながらチョコレート菓子の名前なんだよなぁ。
「……これが大技か?」
ゆらゆらと揺れる暗黒魔導師の周囲に、バチバチと何かがはぜる。
あれを喰らっても……死なないのか!?
「ダルっ!」
心底げんなりしたようなジュークの物言い。
同感だ。
「お返ししよう」
リュケオンが両腕をジュークへ向けた。
そこから迸ったものは……今し方ジュークが打ち込んだ雷撃か!?
それは石畳を砕き跳ね飛ばしながらジュークを襲う。
魔障壁の上から叩きつけられた衝撃にジュークの体が押されて後退する。
魔障壁から逸れたエネルギーが暴れて左右に分かれ、周辺の瓦解した建物の破片を吹き飛ばした。
既に辺りは二人の術師の激しい戦闘により瓦礫の山と化している。
余力を残しているのは、リュケオンの方か。底が知れない。
ジュークがもしここで倒れ、リュケオンがサンロメリア城を攻めて来たら……。
いや、そんなことにはならない。
ジュークを信じるのみ、だ。
それに俺は、俺に出来ることをする。
「着いたぜお客さん!」
「ううぷっ……っ!」
「おい!?俺の背中で吐くなよ!」
「降ろして……降ろして下さい……」
「言われなくても降ろすよ」
マスキュラさんはしゃがんで俺を降ろしてくれたが、俺はもはや立っていることさえままならない状態だった。
度数の高い酒を2本もイッキ飲みしたあとで、全力で体を上下に揺さぶられるのを想像してほしい。俺のグダグタさがご理解いただけるだろう……って俺は誰に向かって言ってるんだ。
溶けていくアイスのようにその場に崩れ落ちた。
雨で濡れた地面に尻餅ついたので、服がびしょびしょになった。
無様だ……なんて無様。
そこは入り組んだ路地を進んだ先、昨日俺が入った店の、目の前だった。
きらびやかなネオンがどしゃ降りの雨の中に滲んで見えている。それが妙に妖しげだった。
「で、どこなんだい?お客さん」
「この……ここですぅ……」
必死に指を店に向ける。
「おいおい、マジなのかよ!?
ここはちょっと……」
外でのやり取りが聞こえたのだろう、天主が引き戸を開けて表に出てきた。
「はいはい、いらっしゃいって……お客さん大丈夫!?」
俺は顔をあげる。真っ赤な襦袢姿には見覚えがある。マリさんだ。
相手も俺の事を覚えてくれていたようで、
「あっ、昨日の!?」
驚いて駆け寄ってきた。
「こんなとこで座り込んで、風邪引いちゃうよ。
お酒の飲み過ぎじゃないのかぃ?
とりあえず中に入んなよ」
俺に肩を貸してくれた。この人は、ほんとに優しい人だなぁ。
「で、あんたは何してんのさ?」
「お、俺はアレだ、付き人っていうか……たまたまそこの道で知り合った……的な?」
マリさんがすごい顔でマスキュラさんを睨んでいる。
あれ?知り合いかな?
あー、マスキュラさんもよく行くって言ってたもんな、こういうお店。




