Day.2-10 開戦の狼煙
“酔えば酔うほど地獄耳”だ。
深度を上げたアルコール・コーリングは北門で起こっている事の詳細を、実に雄弁に教えてくれている。
ジュークと暗黒魔導師リュケオンとの間に緊張が走っている。リュケオンを取り巻く者達に動きはない。こいつらは元ジューク配下の魔導師だが既に、死亡している。心臓の鼓動が聞こえないことが何よりの証拠だ。
リュケオンはジュークに対し、部下の亡骸をけしかけるつもりか。卑劣なやり方だ。
イリヤさんは、もうかなり北門へ近づいている。
「何だ!?」
屋根から屋根へと飛び移りながらイリヤさんは通話に応じてくれた。
「敵は暗黒魔導師リュケオン、ジュークの部下の魔導師たちを6人、殺した上で操っています」
「なるほど、了解した」
「ジュークとリュケオンは今まさに戦いを始めようとしています」
「わかった、案ずるな。
私が駆け付ければ大丈夫だ」
こんな時、この強気なイリヤさんの発言は本当に心強い。
この人とジュークなら、必ず勝てるだろうと思わせてくれる。
「このまま繋いでおけ。
そちらから見えた有益な情報は全て、教えてほしい」
「わかりました」
雨足は段々と強くなってきた。それに伴い俺の脳内にはより鮮明に、街の様子が浮かび上がり始めた。
ジュークと対峙する暗黒魔導師の姿が、はっきりとわかる。
髑髏めいた恐ろしい顔に、不気味な笑みを浮かべている。
「ところで福音っていうのは?」
ジュークが訊く。
「喜ばしい報せだ。
貴様ら人間は間も無く、我ら魔族の手によってこの世から消滅する」
「あはっ、本気で言ってるー?」
「冗談に聞こえるか?」
「いや……戯言に聞こえるね」
「カカカッ、小生意気な娘よ」
すっとリュケオンが枯れ枝のような右手で空中を引っ掻くようなしぐさを見せた。
地面から突如、“波”が出現した。
そう表現するしかない。衝撃波が拡散しながらジュークへと猛烈な勢いで迫る。
暗黒の波動か、その色はわからないが恐らくは漆黒。
これが……魔術か。
ほんの一瞬の出来事だった。
衝撃波はジュークを飲み込み、その地点で爆発した。
ジューク!?
「人間の小娘よ、これはほんの挨拶代わりだ」
あんなものをまともに喰らったらひとたまりもない。
人体なんか容易く吹っ飛んで跡形もなくなるような……威力だ。
爆弾を目の前で爆発させられるのと同じだ。
だがしかし……
「うん、まぁそうだよね」
何事もなかったかのように、爆発地点にジュークが立っている。右掌を水平に持ち上げた彼女の周囲に雨粒が跳ね回っている。そこに、何らかの障壁が存在している。
防御魔法、か。
「これが本気だったら拍子抜けもいいとこだよ」
リュケオンが頭上を見上げる。
気配を察したようだ。
そこへ急速に近づいてくる者の気配を。
すなわち、イリヤさんだ。
高く高く跳躍したその身体はまるで重力を感じさせないほどの身軽さで、ジュークの隣へと降り立った。
「遅くなった。
無事だったか」
「無論。
今ちょうど挨拶が済んだところだよ」
「そうか」
イリヤさんは腰に提げた鞘から剣を引き抜いた。
刀身が細く、両刃。
素早く振るうことに特化したような形状をしている。
「増援が一人だけとは、この国はよほど人手不足らしいな」
リュケオンが嘲るように言う。
「二人で充分、ってことだよ」
「ほほぅ……それは随分と強気なことだ。
この北門だけなら、それも可能かもしれんが」
「何?」
北門だけ、とは?
まさか。
リュケオンは右手を高く掲げた。
空へ向かって何かが、打ち上げられた。
まっすぐ上昇した謎のエネルギー派は空中で弾けた。
花火みたいだ。
俺のいる位置からでも目視で、それが確認できた。
降りしきる雨の中、真っ黒い花火が舞う。
「開戦の、狼煙よ」
リュケオンが嗤った。
暗黒魔導師は髑髏めいた顔を歪めて、深淵の如く深く昏い笑みを浮かべた。
戦いが……始まる!




