Day.2-9 暗黒魔導師、到来
「その者達は……この私が“挨拶”をします」
ジュークの口調が普段とはまるで違う。有無を言わさぬ迫力があった。
兵士はジュークの言葉の意味が理解できなかったのか、その場からすぐには動かなかった。
この事が、兵士の明暗を分けた。
ドオッ!
重い衝撃音を、俺は確かに聴いた。
直後に壁に人体がぶつかる音も。
馬車から何者かが降りてきた。静かに地に足をつける音。その音が非常に、軽い。
「何者かな?」
ジュークが訊く。
反響から敵の数がわかった。
馬車の周囲に4人と馬を操っていた者が2人、そして今しがた降りてきた者を合わせれば……7人か。
だがおかしい。他の警備兵はどうした?
誰一人、出てこようとしない。城門のすぐ近くにここを守る者達の為の詰所があることはわかっている。
そもそも王様の帰還に対したった一人の兵士しか応対しないことがはなっから不自然だったんだ。
「返答なし、ねぇ。
城門の警備兵も何故かそこの男一人みたいだし……これは謀られたかな?」
先程の王様の見解通り、何者かがこの侵入者たちを手引きしている?
警備兵の頭数が足りないことも、その計略のうちか?
いや……待てよ。
イリヤさんと馬車に乗って宿に戻る途中、ネハンにたむろしていた兵士達……あれは何だ?
「そのまま素直に引き返すなら良し。
そうでないなら、この場から生きて帰れるとは思わないことだね」
ジュークが侵入者たちに向かい歩き出した。
兵士が倒され、そこにいるのはジュークただ一人。
イリヤさんはまだ、到着していない。
この状況下で、ジュークは一切恐怖もしていなければ緊張もしていない。それは彼女の声音と、心音によってわかる。
平常時と変わらない心持ちで、ジュークは恐るべき使い手達に向かっていく。
それほどの、実力者だというのか?ロメール帝国魔導部隊隊長、ジューク・アビスハウンドという人物は。
「貴様が……人間側の魔導師か」
「……?
喋れるんだ、普通に」
まるで闇の底から響いてくるような、どす黒い声をしている。
男か女かもはっきりしない。複数の音程の異なる声をミックスして、意図的にノイズ加工したような、ざらついた音。
「お初にお目にかかる。
我が名は……暗黒魔導師リュケオン。
遥か遠き地より、福音を告げに参った」
「暗黒ぅ?
カッコいいね。
魔族っていうのはみんな、あなたのようにボロ雑巾みたいな服を着てるのかな?」
ジュークはいきなり相手を煽り倒す。
「ふむ、娘よ……口だけは達者のようだが魔術の腕前は如何程かな?」
リュケオンの周囲に風が舞う。
攻撃を、仕掛ける前触れか。
「まぁまぁ、だよ。
あなたが倒した魔導師達よりは……いくらか上だと思うよ」
「あぁ、“こやつら”か」
……!?
何っ?
「成程……あの子達の屍体を」
「操るには丁度よい者達だったのでな」
シトリと同じ……屍体使いか。
だがそれだけではないだろう。
姿はここから見ることが出来ない。しかし周囲の反響から推定して、リュケオンは地面に足をつけていない。低空に浮遊しているのか。
「つまらない術を……」
「木偶といえど死ねば多少は役に立つと言うものだ」
雨粒が、俺の顔にかかった。
いよいよ、降りだしてきたみたいだ。
空には厚い雲が垂れ込め、夕刻前であるにも関わらず酷く暗い。
雨は、嫌いだった。
けど今は、恵みの雨だ。
なぜって……そりゃあ、雨音が、するからだ。
ぽつり、ぽつり。
少しずつ少しずつ、雨粒の数が増えてきた。
いいぞ、どしゃ降りになれ。
そうすりゃ、俺のアルコール・コーリングは雨音の反響からこの街のあらゆる出来事を、すべての人物の動きを、把握することが出来る。
俺は右腕に装着したホマスを顔の前へ持ってきてイリヤさんと通話を繋ぐ。
今こそ、この俺に神から与えられたスキルを使う時だ。
アルコール・コーリング、その真価が問われようとしている。
やってやるさ。
見ていろ、暗黒魔導師!