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Day.2-7 急転直下

 音の洪水が、俺の鼓膜に雪崩れ込んでくる。アルコール・コーリングが俺の聴力を増幅し、全ての音を拾い始めた。だがそのような雑音に興味は無い。チャンネルを、合わせる。


 シトリの宿の、食堂だ。

 そこに意識を集中する。

 イリヤさん、シトリ、マスキュラさん、王様。

 4人の顔を思い浮かべる。


 やがて音の洪水がだんだんと引いていき、後に必要な音だけが残った。

 あの場にいる者達の、会話する声だけが。


「客を追い出すとは悪いことしちまったな」


 マスキュラさんの声がする。空間に反響するその声を聴くことで、4人の姿を把握する。

 全員が座っているようだ。

 マスキュラさんの“黒い渦”から先程は気付かなかったチリチリという音がしている。これは……魔術が皮膚を削っている音なのか。


 マスキュラさん表面上は平然としていたが、ほっといたら本当に命に関わるのでは?


「あいつは苛められると喜ぶタイプだから大丈夫だ」


 イリヤさんがさらりと酷いこと言っている。くそっ、ツッコミたい!なんでやねん!と。


「それよりも早く本題に入りましょう」


 シトリが急かす。

 そうだ、雑談している場合ではない。


 空が少しずつ暗くなってきた。

 時間は……まだ15時過ぎか。

 日が暮れるには少し、早すぎる。

 厚い雲が空を覆い始めている。

 雨が降ろうとしているのか。


 遠方から真っ黒い雨雲がゆっくりとこちらの空へと流れてくる。

 不吉な予感に胸がざわつく。


 通りを行く人の影は少ない。

 皆、フードを被って顔を隠しながらふらふらと歩いている。

 まるで酔漢のようにおぼつかない足取りで。


 ふいに立ち止った人がこっちを向いた。

 土気色の顔で濁った眼をしたその男は、ゆっくりとその手を上げて……


 ピースサインをした。


 ……シトリのやつかよ!


 このふらふらしてる連中、そういうことかよ。

 シトリが操ってる屍体どもか!

 ちょっと不気味、いや、だいぶ不気味だよ!


 しかし冗談ではない。

 こいつらがここに集められているということは、シトリが本気でこの宿の守りを固めだしたということだ。

 シトリには操っている屍体と視界を共有する能力がある。

 俺のように何らかのトリガーを必要とする能力ではないっぽいから索敵性能はシトリのもののほうが上だろう。


 王様を密かに匿っているのだから、これぐらいの警戒をして当然ということか。

 しかし、ピースサインのやつがずっとこっちを見続けているのが嫌な気分だ。

 俺を、疑ってるのかシトリよ!

 外で誰かに余計なことを話すんじゃないかって。


 ならば見ておけ、そこで。

 俺もここで、きっちり聴かせてもらう。


「そうだな、じゃあ始めるとするか」


 マスキュラさんの声のトーンが変わった。

 マジの声、だな。


「はじめに皆に謝っておくことがある。

 俺は、単なる宿のオーナーじゃない。

 ロメール王直属の、秘密諜報員だ」


「なにっ!?」

「うそ!!」


 イリヤさんとシトリの声。

 俺は……その発言で驚くにはあまりにマスキュラさんとの関係性が薄い。

 だが一つ謎は解けた。

 あの宿の不真面目な経営の理由が。

 マスキュラさんのオーナーとしての顔は表向きのものなのだ。

 しょっちゅう宿を空けるのも、王様からの秘密の指令を行うためか。

 身内であるシトリにまで隠していたとは。


「今回は王のスカイピアとの秘密会合に付き従い、王の身辺警護をするため。

 それともう一つは、スカイピア側の動きを調査するためだ」


「スカイピアに、何かあるのか」


 と、イリヤさん。


「あぁ、不審な動きが確認されている。

 国内からスカイピアへ向けて、不正な物資の輸出が行われている痕跡がある」


「何の物資だ?」


「武器、防具、装飾品、そして魔導石……。

 いずれも戦闘に用いるためのものだ」


「そんなことが……」


「スカイピアは知っての通り複数の小国が寄り集まってできた国だ。

 こちらから流れた物資がそのうちのどこへ送られているのかは不明だが」


「戦争の準備をしている?」


「可能性は高い。

 戦争の相手が、スカイピア内の他の国か、それとも我が国なのかはわからんがな」


「それで、秘密会合の内容とは?」


「それについてはワシが説明しようかの」


 この声は、王様だ。


「端的に言えば、魔導通信網の技術供与についての会合じゃ」


 魔導通信網……王都の空に浮かんでいる魔導石を用いた、通信ネットワークか。

 ホマスもこの通信網を使っている。

 こっちの世界でいうところの、電線のようなものだな。


「帝国内でもロメリアとその他一部地域で導入している魔導通信網の技術について、スカイピアへ提供するための会合だったのじゃ。

 秘密裏にこれを行ったのは、議会の承認を得てからではあまりに遅いと思ったからじゃ」


 王様の独断、ということか。

 魔導通信網というのはいわばロメール帝国の特許技術のようなものか。

 それを、よその国へ提供しようとは、一体どういう考えなのだろう。


「ワシは、隣国であるスカイピアとの間に今よりも強固な信頼関係を結ぶつもりにしておる。

 彼らは彼らで自国内の問題を多数抱えておる。

 当方とて、それは同じこと。

 しかし隣国同士手を組み治世を安定させることが出来れば、来るべき外敵との戦いにおいてより盤石な体制を以って挑むことができよう」


「来たるべき、外敵……」


「そうじゃイリヤ、そなたならワシの言わんとすることがわかるじゃろ?

 正体不明の敵、魔族じゃ」


 魔族……高い知性を持った魔物。

 そして今回は王様の帰路を襲撃したという……。


「この秘密会合直後に連中がワシを襲ってきたということは、ワシの悪い予感が的中していたということじゃ。

 魔族は我々に対する強烈な敵愾心(てきがいしん)を持っておる。

 そしてロメールとスカイピアの同盟関係を妨害しようとしておるのじゃ。

 更にはロメール帝国内、そしてスカイピアにも恐らくは……内通者を送り込んでおる」


 スパイがいるということだ、この国にも。

 昨夜のイリヤさんの予想は的中していたか。

 だから王の行動は筒抜けになっていたのか。


「残念ながらワシを警護していた者達は皆……やられてしまった。

 敵は恐ろしい魔術を使う者達じゃ。

 このマスキュラが、ワシが殺される寸前のところで救出してくれたからこそ、ワシは今生きてそなたらに話が出来ておるのじゃ」


「ま、腹に一発、喰らっちゃったけどね」


 マスキュラさんは多少おどけて言う。

 ジュークが自信を持って送り出した魔導師たちを倒すほどの使い手からの攻撃を、腹筋で止めてるんだよねこの人。

 なにげに超人だよなぁ。


「気を付けよ。

 敵は身内の中にいる。

 王であるワシの動きをある程度観察できるほど近くに」


 それは重大な告発だ。

 スパイは王の側近の中にいると。

 秘密会合の段取りすら、そいつは掴んでいた。

 一体何者だ?


 俺の頭上が、一層暗くなった。

 雨雲の流れが速い。

 風が強くなってきた気がする。

 すぐにでも激しい雨が降り出しそうだ。


 prrrrr……


 ここでイリヤさんのホマスがけたたましく鳴り出した。


「王様、少しお待ちを」


 イリヤさんが通話を始めたようだ。


「うむ、ジュークか。

 ……何?

 しかし、そんなバカな!

 王は今、まさにここにいるぞ、私と一緒に。

 ……間違いない、別人のはずはない。

 その通信は確かなのか?

 ……そうか、わかった。

 ……ならば私もすぐにそちらへ向かおう。

 ……よし」


 通話が終わったみたいだ。

 イリヤさんの声音から、動揺が滲み出ている。

 あの人が……取り乱し困惑している。


「何かあったのかな?」


 王様がイリヤさんに訊く。


 イリヤさんは素早く返事をした。


「ジューク・アビスハウンドから報告です。

 ロメール王と魔導師たちがたった今帰国し、北門前に到着した……と」


 それは、ありえない報告だった。

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