Day.2-3 酒を求めて
ロメール帝国王都ロメリアは区画整備がしっかりした街だ。
日本の小さな地方都市よりも更に小規模な街に、国家としての機能の全てを凝縮したような作りになっている。
サンロメリア城をその中心として東西南北へ大通りが伸びており、それらから枝分かれした無数の路地が毛細血管のように広がっている。
東西南北それぞれの端には外界と都市を隔てる堅牢な城門が存在していて、ここを常勤の兵士達がしっかりと固めているらしい。
東通りを城の方へ歩きながら、俺はホマスの地図アプリ(?)とにらめっこしていた。先程シトリがマークをつけてくれた店は南通りの、比較的城に近い位置にあるようだ。
もう少し現地へ近付いたら拡大表示にしてみよう。
ホマスの自動翻訳機能がしかし、ここでも全く役に立っていない事実に俺は愕然とする。店の名前が、さっぱり理解できない。
固有名詞がうまく変換されないおかげで、地図上にある店が何屋かまるでわからないのだ。
それでも文字自体は感覚的に理解できるせいで、頭の中が余計に混乱する。
なので頼りは、地図上で淡く青色に発光しているマークのみだ。
結局、自分で歩いてみるしかない。まぁ、嫌ではないけど。
俺がいた世界は、というか俺が住んでいた街は、歩き回ったとしても面白い発見などありはしなかった。
ありきたりな地方都市の、ありきたりな住宅地。
だがここは見るもの全てが新鮮だ。まるで外国の観光地へやってきたような興奮がある。しかも一応は言葉の壁も便利アイテムでクリアしている。
30日限定というのが勿体ないくらいだ。
何より俺の心を揺さぶるのは、人々の表情だ。暗い顔をしている人間がまるでいない。ややうつむき加減で、早足で、無表情で、そんな疲れ果てたビジネスマンのような人間が一人も見当たらない。
きっと、日々を楽しみながら生きているせいだろう。
イリヤさんやジュークの話を聞く限り決して平和な世の中とは言えないのかもしれないが、それでも終わりなき無間地獄のような“平和が故の病”には至らないに違いない。
などとしょうもないことを考えながら歩いているとサンロメリア城まで着いてしまった。
荘厳な外観、天を衝く威容、街の中心に存在する王の居城はまさに、この王都ロメリアのシンボルとしてふしわしい建物だ。
多くの馬車が、城を円形に取り囲む街路を往来している。
ここが、街の始点でありロメリア帝国の始点でもある。
確か……俺が目指す店は南通りだ。
ホマスの光点は近い。もうすぐ到着だ。
俺の横を、大量の荷物を積んだ荷馬車が通り過ぎた。
それを横目に俺は進む。視界の端に、店の看板が映る。
「あそこか」
シンプルな木造の建物だった。石造りの建物が多いこの街では少し浮いている気もするが、年月の経過を思わせる枯れた木の色合いは酒屋としては説得力を感じさせるに充分だ。
店主らしきおじいさんが外をホウキで掃いている。
「こんにちは」
声をかけてみるとおじいさんは顔を上げた。
「あぁ、お客さんかい?」
「はい、お酒を見せてもらおうかと」
「悪いね、今日はもう店じまいだよ」
現在時刻はまだ正午過ぎ。店を閉めるにはあまりに早い時間だ。だが、店主は店の外に出してあったノボリを店内に仕舞いこんだりしているから、本当に閉店作業の最中なのだろう。
だとしても、俺にもわざわざここまでやってきた事情がある。多少は食い下がってみるかな。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ店内見せてもらえません?ささっと決めて買いますんで」
「いや、申し訳ないんだけどね、在庫分全部売り切れちまったんだよ」
「全部!?」
「あんたすぐそこの道ででっかい荷馬車に会わなかったかい?」
あれか、さっきすれ違ったやつだ。一歩遅かったってことか。だが店の酒を全部買い取るとは、どういうことだ?
「会いましたけど……」
「妙だよなぁ、なんでも城の客人に振る舞うんだと」
「城の客人?」
「買いに来たのは城の兵士だったよ。
酒をありったけ持ってこいって、その客人が言ってるらしいんだ。
で、ここら一帯の酒屋は全滅よ。
お客さんも酒が飲みてぇならどっか飯屋に行った方がいいよ」
城の客人、か。誰だ?
単なる大酒飲み……なわけないよな。城付近の酒をまるごと買い占めさせるなんて、しかもそれを城の人間にやらせるとは。
ただのゲストのはずはない。
もしや、城に囲われているという俺以外の異世界転移者か。
だがなぜ?
「ありがとうございます、他を当たってみますよ」
言って俺は来た道を引き返し始める。
「お客さん、明日にはまた酒を入荷してるだろうから、また時間があったらおいでよ」
「はい、そうさせてもらいます」
この店には改めて訪れるとして、問題は酒を買い占めてる奴のことだ。
城の正面に立ってみる。
今のところ手持ちの酒は団子屋でもらった3本のみ。
ここで1本飲んで城内を透聴してみるか?
あの荷馬車とすれ違ってからほとんど時間は経っていない。
城門のすぐ近くにいる可能性が高い。
が、止めておこう。そこまで必死になるほどでもない。今のところ手持ちの酒は有限だ。無駄に消費したくない。
それに異世界転移者なら、王が帰国すれば嫌でも会うことになる。その時まで待っていればいい。そんなに先のことでもないだろうし。
けど酒を欲してる、という点は気になるな。
俺の能力のように、酒に酔うことがトリガーになる能力ということなのか。
というかあの神……まさか俺と能力被りのやつをよりによってこの世界にもう1人送り込んだりしてないよな?
不安になってきた。
と、その時、突然横からの衝撃が俺を襲った。
「うわっ」
倒れかけたのを必死にこらえる。
「っと、すまねぇ!あんちゃん」
いかつい大男がそこに立って申し訳なさそうな顔をしていた。どうやらこの男がぶつかってきたらしい。
「いえ、こちらこそ道の真ん中に突っ立っててすいません」
俺も平謝りする。考え事に夢中になるあまり邪魔な場所に立っていたかも。
男は右手に羊皮紙のような茶色っぽい紙を持っていた。
「俺の方こそ、依頼書を見ながら歩いてたから気づかなかったぜ」
「依頼書?」
「なんだあんちゃん、もしかしてこれ知らねぇの?」
男は手に持った紙を俺の目の前にかざした。
それは……魔物の討伐依頼書だった。しかも、政府公認のハンコが押してある。
報酬は金貨、
「100枚!!?」
べらぼうな高額じゃねぇか!一体何回ネハンのお店で遊べるんだよ!?
……っと、いけねぇ邪な事を考えてしまった。
「高額だろ?
こんな依頼、受けねぇ手はないぜ」
「あの、この依頼って」
「なんだ、ほんとに知らねぇのか!?
すぐそこにあんだろ、狩人協会だよ」
男の指し示す先、西通りにでかでかと石造りのアーチを構えた立派な建物が聳え立っていた。
あれが……ハンターギルドか。