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Pre Day イリヤ・ブラッド・レーヴァテイン

1日目が終了したので今回はちょっとした番外編を。

 ロメール帝国サンロメリア城。

 高い天井から吊り下げられたシャンデリアは七色の光を反射して輝いている。この光を生み出しているのはシャンデリアに取り付けられた魔導石たちだ。職人が角度を計算し尽くした上で絶妙に配置されたそれらの石は、天井に、壁に、大小さまざまな虹色のオブジェを投影していた。


 定例会議はつつがなく進行していた。

 国のトップであるロメール王はその場にはいなかったが。


 ロメール帝国の現在の王であるロメール1世はその名の通り、この巨大帝国建国の祖である。高度に統率された圧倒的武力をもって諸国を征服し、北方を海、南方を急峻な山岳地帯に囲まれたこの地に帝国を築き上げた。

 周辺諸国との闘争が一段落した後、それらの国々との間に自国に有利な和平協定を結び、多民族から成る広大な領土を緩やかな自治と強固な中央集権制によってまとめあげ、一代で国政を盤石なものとした。


 ロメール王は未だ政治の中枢にあるが、実質的には半隠居生活を送っていると言っていい。彼はもはや齢70を超え、次世代を担う者達の選定にかかっている。

 ロメール帝国の首脳部が集まる定例会議にも顔を出さないことはザラだった。それでも政治は問題なく進行する。そうなるよう、彼がシステムを作りあげたのだ。


 さざ波のように木目が浮かび上がった巨大なテーブルを囲み、国の中核を担う者達が顔を揃えている。


「では、本年度の予算案についてはこのくらいでよろしいかな?」

 

 豊かな口ひげを湛えた壮年の男が言った。

 この場では彼だけが立ち上がっている。


 机の中心に三角錐のオブジェが置かれていて、そこから光が部屋全体へ広がっている。

 机の上にホログラムが浮かび上がっていた。

 予算案に関する様々な書類だ。

 このオブジェがデータを蓄積する、いわば現代でいうところのハードディスクドライブである。

 各人が持つホマスがこれと魔力で結び付けられており、彼らは手元のホマスを操作することでデータを好きなように表示し閲覧することが出来る。

 これはケーブルで繋がった各人のパソコンであると考えてもらっていい。


 ロメール帝国軍部最高司令官“三大将”の一人、ヨハネ・ドミナトゥスが現在、帝国の軍事予算及び直轄地への公共事業の予算を説明しているところだった。

 ロメール帝国の政治は、王を最高意思決定者としてその下に、“三大将”、元老院第一執務官、最高神官の5人が控えている。

 軍事部門、施政部門、法務及び祭事に係る部門の3つが存在するわけである。


 この中でも最も発言権があるのはやはり軍部である。幾度もの戦争を経て国家が成立したことから、多くの武功を打ち立てた者はロメール帝国の政治においても重用される。

 “三大将”は著しく輝かしい戦績によってロメール帝国成立に大いに貢献した者達なのである。


 三大将の中では最年長であり穏健派のヨハネ・ドミナトゥス。

 野心を胸に秘め、出世の為ならいかなる卑怯な手を使うことも厭わない武闘派ヴァルト・ラガド。

 国家への鉄の忠誠心を持ちつつ、元老院や神官との折衝も担う古参幹部のユリウス・スペリオル。


 以上、三大将である。


 ユリウスと元老院第一執務官、最高神官はヨハネの発言に黙って頷いた。

 

 だがただ一人、ラガドだけは口をへの字に曲げて挙手をした。


「まだご不満かな?ラガド君」


「ドミナトゥス殿、このスカイピアとの国境付近の防衛費についてはやはり、もう少し拡充された方がよろしいのでは?」


「いや、国境の防備をいたずらに強化すれば、相手を刺激することになる。

 スカイピアは同盟国であり、あまりにも敵意を向け過ぎるのはいかがなものかと」


「ふふっ……都市国家連邦というのは厄介ですぞ。

 同じ目的で動いているように見えて内情は、激しい縄張り争いでしょう。

 いつ何時、どこが反旗を翻すことやら」


 都市国家連邦スカイピアはロメール帝国北部に位置する、いくつかの小国がまとまって成立した国家である。

 ロメール北方に存在するホログサーノ海を共通の生活圏としていた小国たちがロメール帝国をはじめとした列強諸国に対抗するために結束した国だ。

 政治上同一の目的意識の下にあるとされているが、実際には連邦内でも序列争いが激しく、小さないさかいは頻繁に起こっているようだ。ラガドはそのことを言っているのだ。


「国境には我が方の兵を臨戦態勢で控えさせている。

 何かあればすぐに、対応はできるはずだが」


「甘いですな。

 彼らが持ちうる海運力、海上での戦の経験値からすれば……港は半日と持たず占領されるでしょうな」


「では、どうしろと?」


「やはり、通常の兵では心許ないかと。

 帝国が世界に誇る魔導部隊を、港にも置いておくのはいかがでしょう?」


「ちょっと待ってもらおう!」


 テーブルを掌で盛大に叩いて、女剣士が立ち上がった。


 イリヤ・ブラッド・レーヴァテイン。

 所属、ロメール帝国軍遊撃部隊。

 三大将いずれの指揮下にも入らず、個人個人で動く特殊な性質を持った部隊。

 軍を持たず行動するため任務には多大な危険が伴うがその分、彼ら個々の戦闘能力には目を見張るものがある。


 イリヤはロメール王の勅命により国家定例会議に参加することが許されたいわば“お墨付き”の女剣士なのである。


「いかがなされた?レーヴァテイン殿」


 ヨハネが少し驚きながら訊く。


「魔導部隊の積極的軍事利用はしないと、ロメール王がおっしゃっていたでしょう?

 王の言葉を、王の政治に対する姿勢を、反故にするおつもりか」


 ラガドを睨みつける。


「いえ、状況は刻々と変化している、私はそう言いたいだけです。

 王はジューク・アビスハウンドの進言に傾注しておられるようだが、魔導部隊をあくまで国内の治世や雑務のみに使い、威力部門として運用しないのは時代にそぐわない、と思いますが。

 それに王はなぜ、このような重大な会議に出席されないのか?

 もはや政治への関心など薄れてきているのでしょうな。

 後のことは我々に任せて、自身は余生をのんびりと送るおつもりなのでしょう。

 王の言葉は確かに重大だ。

 しかし現実問題として目の前にある危機に対し、古い風習に縛られたまま何の対策も打たないのであれば、国家はいずれ瓦解するでしょう」


 ヴァルトは一切怯まず、そう捲し立てた。


 イリヤは唇を噛む。


 彼女は会議に出席こそ可能なものの、強い発言権を持つ立場にあるわけではない。

 遊撃部隊は軍部を俯瞰できるポジションにあるがゆえ、軍人の凝り固まった思考ではたどり着けない柔軟な方策を打ち出せる可能性はある。それでも、イリヤの発言自体にはそこまでの力はないのだ。


 会議は、結局ヨハネとヴァルト双方の意見が平行線のままに終わりを迎えた。


 イリヤは積極的に他国と戦争をする必要はないと考えている。

 だがラガドは、様々な手管を使って何とか争いを招こうと躍起になっているように思える。

 彼は戦争とその結果生ずる戦果および利潤が欲しくてたまらないのだろう。


 魔導部隊を取り仕切るあの天才魔導師、ジューク・アビスハウンドがこの会議を聞いていたらなんと言うだろうか。興味なんかないと一切を突っぱねるかもしれないが、戦争に加担することだけはすまい。

 あの魔導師の少女は魔術の研究と実践以外のことには酷く無関心であるが、こと、他国との争いにおいて魔導部隊を武力として用いることに関しては頑なに拒否している。


 帝国にとって極めて重要なポストに就きながらジュークは超然としすぎている。

 しかしそこが逆に、イリヤにとっては好意的に映るのだ。

 無関心であるがゆえに何物にも縛られていない。

 だからジュークといる時、彼女と話す時、イリヤは肩肘張らずにいられる。


 ジュークのところへ寄っていくか。

 そんなことを思いながら廊下を歩く。


 サンロメリア城の廊下には毛の長い絨毯が敷かれている。

 かつての伝説上の英雄たちの逸話が長大な絵巻物として描かれている。


 その上を、行く。


 ふと、何者かの気配がした。

 背後に目をやる。


 ヴァルト・ラガドがこちらへゆっくりと歩いてくるところだった。

 

「やぁ、イリヤ。

 こんなところで会うとはね」


「ヴァルト殿、お帰りですか?」


「いや、ちょっと君に用があってね」


「私に?」


「あぁ、私の軍を使うほどではない仕事を、頼みたくてね」


「はて、遊撃部隊所属である私に対し、雑用を依頼すると?」


 イリヤは個人で一部隊と同等以上の戦闘能力を持っている。彼女が仕事に出る時はたいてい、大勢の軍隊を動かせば犠牲者が増えるような案件……魔物退治である。

 雑用など依頼してくる者はいない。


「まぁ聞きたまえ。

 近頃、王都ロメリアの南方のとある村付近で人が行方不明になる事件が相次いでいる。

 状況的には単なる夜盗の仕業とも考えられるが……」

 

「それなりの知性を持つ魔物の線が濃厚だ、と?」


「私はそう思う。

 この一件、軍が動けば事が大っぴらになる。

 私はね、近々スカイピアが大きく動くと踏んでいる。

 その備えの為に、ここで軍の一部でも無関係な件に派兵するのは避けたいと考えている」


「随分自信がお有りの様だ」


「どうかな?

 やってもらえるかな」


 わずかに、逡巡した。

 だが結局、直近でしなければならない任務を抱えているわけでもなかったので、


「……了解した」


 イリヤはこの一件を引き受けることにしたのだった。


「可能であれば今から向かってほしいのだが」


「今から?もう夕刻ですよ?

 随分と急ぎますね」


「事件は決まって夜に起きている。

 君が単独で動けばあるいは……相手の方から寄ってくるかもしれない」


「なるほど、おびき寄せると」


「そういうことだ」


「いいでしょう。

 では地図を頂きましょうか」


「こちらだ」


 ヴァルトはホマスとかざした。イリヤもホマスを取り出し、ヴァルトのものと正対させる。ピッと音が鳴った。受信完了である。


 イリヤが踵を返す。

 その背中に再度、ヴァルトが声をかける。


「ところで最近見つかり始めた異世界からの来訪者たちのこと……君はどう思うね?」


 それは、会議でも一切話題に上らなかった事だ。

 皆があえて口を閉ざしているかのように。

 

 この世界のいかなる術とも異なる謎の力を行使する者達。

 異世界転移者。


「さぁ……私には何ともわかりかねます」


「これは何の福音かな。

 あるいは……凶報かね。

 彼らはなぜ、この世界に出現し始めたのか」


「私には答えられません」


「世界が大きく動き始めるその前触れではないかと、私は思う。

 彼らは変革の時を告げる、使者だとね」


 イリヤは一礼し、その場を後にした。


 ヴァルトの問いに対し、答えは無い。

 少なくとも自分は持っていない。

 サンロメリア城にいる何人かの異世界転移者たち。

 彼らの能力は一体何のために?

 そして彼らはどこから?


 ほんとうにヴァルトの言うように、大いなる変化が起ころうとしているのか。

 

 だとしても自分に出来ることは一つ。

 任務を着実にこなすこと、それのみだ。 


 それから手早く馬車を調達し、

 ホマスの案内で事件の現場へと趣き、


 そしてイリヤは、全裸の変態と遭遇することになったのである。


 これは酒井雄大がイリヤ・ブラッド・レーヴァテインと出会う当日のお話である。

 

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