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Day.1-17 一日の終わり

 魔族、居住地もどれだけの人数?がいるのかも不明。どういう指揮系統で動いているのかも、どんな能力を持った者達なのかも、おおよそあらゆる実態が不明の存在。

 だが確かなことは、彼らには知性があり、目的意識があるということ。

 その上、人間を毛嫌いしていて対立関係にあるらしい。


 厄介な連中だ。

 ロメール帝国の王様を襲うということは国家そのものに宣戦布告したに等しい。必ず、報復行動が行われるだろう。それを見越してなお襲撃を断行したのならそれは彼らに、勝つ自信があるということだ。

 ロメール帝国と戦争になっても、勝てる算段があると。


 もし戦争になれば、異世界からやってきた者達もそれを手伝わされるだろう。戦闘向きの能力を持った者がいるなら、重用されると思う。俺は……そこまで大規模な戦闘には役に立たないか。たとえ俺の地獄耳で敵の情報がわかったとしても、それを前線の兵士に伝える手段が……いや、あるか。ホマスで電話かければいいのか。なんか間抜けな絵だな、それ。


 夕食が終わってジュークは城へ帰っていった。シトリは片付けを、イリヤさんは外で剣の素振りをしている。俺は一人、自室にこもって思案中。


 さて、明日は何をしようか。ホマスをちらりと眺める。今、ここに登録されているのはイリヤさんとジュークとシトリの3人。つまり彼女たちとはいつでもどこでも連絡が取れるわけだ。

 俺が出歩いてる時は屍体の監視つき。ちょっと落ち着かないがその代り身の安全はある程度保障されていると考えていい。


 シトリ・クローネの能力についてだが、彼女はどうやら操っている屍体が見ている景色を、自身も同じように見ることが出来るらしい。俺のアルコール・コーリングの、視力版というわけだ。

 同時に10体の視界を切り替えながら見るなんていう芸当が果たして可能なのかどうかはわからないが、いずれにせよ彼女には俺の行動はほぼ筒抜けだ。


 屍体をどこから調達しているのかはさすがに怖くて聞けなかったが。


 明日も自由行動できるなら、もう少し街をウロウロしてみたい。ここがどういう街か、自分自身の目で確かめておきたい。なにせ見るもの全て新鮮だ。せっかく異世界へやってきたのだから、楽しまなきゃソンというものである。

 まぁ初日ほど迂闊なことはできそうにもないけど……。


 それにホマスだ。

 連絡先を増やしておくのも悪くない。

 俺は現実世界にいた頃は積極的に人と関わろうとするタイプじゃなかった。

 むしろ一人でいることを好むタイプ、つまりは陰キャだったわけだ。

 だがここは異世界、知り合いなどいないし、何かあっても30日限定だ。

 多少なりともはっちゃけたとしても、全然問題ない。


 なんだか興奮してきて目が覚めてきた。このまますんなり寝ることは出来そうにない。

 少し動いてみようかな。


 そっと廊下を歩いて玄関へ。引き戸に鍵はかかっていない。無用心ではあるが、外にイリヤさんがいるなら大丈夫なのだろう。


 外は、少し肌寒い。俺が転移したのは年末、すなわち季節は冬 だったわけだがここはそこまで冷え込んでいないので、もしかしたら春か秋か、それくらいの時期かな。


 リズミカルな素振りの音が聞こえてくる。見れば月明かりの下、模造刀を幾度となく振り下ろすイリヤさんの姿があった。一体どれくらい反復運動をしているのだろう。ピタリの決まったその型から、体が一切ブレていない。同じ場所を同じ軌道で剣が通過する。


 まるで精密な機械のような動作にしばし見とれているとイリヤさんの方から声をかけてきた。


「どうした?こんな時間に」


「あ、いや、なんだか寝付けなくって」


「そうか」


 素っ気ない返事をして、イリヤさんは素振りを中断した。額に軽く汗をかいているようだ。少し濡れた顔もまた魅力的だ。普段の喋り方とか人当たりがすごくキツいことを除けば、本当に魅力的な人だ。


 何か話そうと思うが、何を話したらいいのかわからない。こんなときに気の効いた会話がスムーズに出来れば苦労はしない。俺は口下手だ。


 ふいに、イリヤさんが模造刀を放り投げてきた。慌てて俺はそれを手に取る。


「お前も少し、振ってみるか?」


 イリヤさんはもう一振りの剣を持ち、それを大上段に構えた。


 見よう見まねで、俺も同じように模造刀を持ち上げてみる。

 こうしているだけで、腕に剣の重さを感じる。これを、振り続けるというのはどれほど過酷なことか。


 イリヤさんが素振りを再開した。黙々と、打ち込む。

 俺もやってみる。が、振り下ろした時に剣の重みに体が引っ張られてバランスを崩した。予想以上に、難しい。

 もう一回、もう一回と。

 段々夢中になってくるにつれ、剣を降ることだけに意識が集中する。雑念が、消えていく。

 

 どれくらいそうしていたのか、少しはマシに剣を振れるようになったところで、イリヤさんが動きを止め、俺に話しかけてきた。


「今日のところはこんなものだろう」


「は……はい」


 息が切れる。運動らしいというのは随分久し振りだ。体の方は向こうの世界にいた時よりかなり動けるようになっているみたいだが、それでも疲れた。


「お前もいきなりこんな場所へ来て戸惑うことが多いだろう。

 雑念に捕らわれそうになったなら、こうやって無心に剣を振るのもいい」


「た、確かに……これはちょっと余計な事を考える余裕がないっすねぇ……」


 ま、俺は異世界転移についちゃそこまで深刻に考えていないわけたが。一生こっちで暮らさなきゃならないようなら少しは不安になるだろうが、期間限定だと最初に言い渡されてるしね。


 ただ、当初考えていたようなのんびりまったり異世界ライフを送ることは難しいのかもしれない。いざって時の為に体を鍛えるのは、悪いことではない。


「ところで、だ」


「はい?」


「お前のその名前だが、こちらの世界では差し障りがある。

 何か適当な偽名か通り名でも考えておけ。

 でなければいらぬ揉め事を招くかもしれない」


 あー、それはそうかも。実際シトリにもすごく罵倒されたし。

 でも……偽名ねぇ。


「すぐに、でなくていい。

 王に謁見するまでの間に考えておくといいだろう。

 それと……」


「それと?」


「お前の能力については、他言しないように。

 今現在、私とジュークとシトリの3人しか知らぬことだ」


「あー、はい。

 俺もあんまり言いふらすつもりはありません」


「それが賢明だ」


 言ってからイリヤさんは自分の模造刀を麻袋に放り込んで肩に背負った。


「その剣はお前に渡しておく。

 好きに使うがいい」


「あ、ありがとうございます」


「私はそろそろ寝る。

 お前はどうする?」


 体には適度な疲労が溜まっていて、今ならすぐ寝付けそうだ。


「俺ももう、寝ます」


「そうか」


 イリヤさんと連れ立って宿に戻り、玄関に施錠する。

 イリヤさんは1階の客室、俺は2階だ。


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 挨拶を交わす。

 俺は部屋に戻って布団に寝転んですぐ、微睡みに落ちていった。


俺の異世界転移初日は、こうしてバタバタと過ぎていったのである。


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