Day.1-16 豪華な晩御飯
俺たちは夕食を食べる為に食堂に集まっていた。
宿泊客はここを寝床としているイリヤさんと俺以外にはいないようだ。
だから今この場にいるのは4人。
俺とイリヤさんとジュークとシトリ。
シトリ……こんなあどけない顔してネクロマンサーなんだ。
食事は豪華だった。
野菜サラダとスープ、チーズの盛り合わせとメインディッシュはローストチキン。
普通にうまそう。
シトリがチキンとナイフとフォークを上手に使って切り分け、めいめいの皿に盛っていく。
その所作が綺麗で、まさに理想的な給仕といった感じだ。
でも、屍体使いなんだよなぁ。
「食事前にこんなこと訊くのもなんですけど……ネクロマンサーってどんな」
「文字通り、屍を操る術を行使する者のことだ。
シトリの場合、同時に10体くらいまでなら操ることが出来る」
「いえ、イリヤさん。
精密な動作をするならそれくらいですが、簡単な指令を下すだけなら同時に100体くらいは使えますよ」
さも当たり前のようにシトリが言う。
100体!?
きっとたぶん、すごくすごい術なんだろうな。
でも屍体って要するに、ゾンビ的なやつだよね。
「じゃあ俺を尾行してたのは……その屍体?」
「ええ、比較的新鮮なものを使ったんで、においとかはあんまりしなかったと思いますよ。
人間に紛れ込ませて隠密任務を行うのには適してますからね、屍体」
「シトリはこのジューク・アビスハウンドの側近中の側近だよぉ。
素直でいい子なんだ」
「へ、へぇ……」
「これから街を散策する時は背後に気を付けることだ。
いつでもシトリの手の者が追跡していると思え」
「以後、気を付けます……」
そして食事が始まった。
結局、団子は夕食前にみんなで食べたんだがとてもうまかった。それがいい感じに呼び水になって更に空腹になったところに、この豪華な晩御飯だ。
まずはサラダ。俺が買ってきた野菜たちだ。一口噛めば新鮮でシャキシャキした食感が歯を直撃だ。
スープ、コンソメに似た味がするがベースは一体何を使っているんだろう。胡椒のような香辛料がアクセントを利かせていて、食欲を刺激する。
チーズはなめらかな口どけだ。濃厚だけど後味さっぱり。酒が、酒が欲しくなる!
ローストチキンはもうたまらん!皮がパリッとしていて中から肉汁がドバドバ溢れだしてくる。ジューシーとはまさにこのことだ。
食事中は誰もが無言になった。それだけ旨いと言う事だ。シトリの料理の腕は相当なものだ。一通り平らげてしまった後で最初に発言したのはイリヤさんだった。
「今日ここへ集まったのは他でもない。
この、新たに異世界からやってきた虚け者の処遇についてだ。
そしてもう一つ、外遊中の王が襲撃された件に関して」
「事前にこの私とイリヤとの間で軽く話し合いはしてきたから、ここは情報共有の場だねぇ。
もちろん、ここで聞いたことは口外厳禁だよ」
シトリは無言でうなずく。
俺もそれにならった。
「まずは、お前のことだ。
皆も知っての通り、このところロメール帝国領土内外において、異世界からやってきたと自称する者達が複数名、確認されている。
それらの者はいずれも未知なる能力を有しており、場合によっては我々にとって脅威にもなり得る。
帝国としては彼らを庇護し可能な限り監視下に置き、その能力を有効に活用しようと考えている」
ふむふむ、それで本当は今日、俺は王に謁見するはずだったんだ。
不慮のトラブルによって立ち消えになってしまったが。
「この男の持つ能力は……おい、面倒だから自分で説明しろ」
丸投げ!?
「あ、はい。
言います。
アルコール・コーリングという能力で……酒を飲むと使えます」
「ヒューヒュー!」
ジュークが囃し立てる。いや、飲み会じゃねぇからここ。
「豚さんのー、ちょっといいとこ見て見たい!
フッフー!」
忘年会じゃねぇから!
「ええっとですね、酒を飲んで酔えば酔うほど耳が良くなるんです。
かなり遠くの方の音も拾えますし、特定の誰かの声を聞き分けることも可能です」
「実際に今日、この男は金を盗んだ相手を能力を使って追跡し、発見することに成功している。
情報収集・索敵用の能力としては使い道があると言える」
「ええ……ただ酔っぱらうとしんどいんで、能力を使い続けることは難しいです」
「他の来訪者たちも、能力に何らかの制限が設けられていた。
これは異世界から来た者に共通する要素だ」
おそらく、他の者も何かの神によって能力を授けられてこの世界へ転移させられたのだ。
俺は彼らと一刻も早く会って直に話がしてみたい。
一体どんな神の、何の能力をもらったのか。
どんな世界から飛ばされ、何日この世界に滞在するのか。
「明日中に王が帰還されるかどうかも現時点ではわからない。
よってそれまではここにこの男を泊めておくことになる」
やはり、王の帰還はすんなりとはいかないようだ。
「この宿は実際、サンロメリア城と同じくらい安全だからねぇ。
シトリと、イリヤがいるから」
「うむ、王の帰還を待って軍事会議を開く。
この男も恐らく他の者同様、サンロメリア城に居住することになるだろう」
そうか、他の連中はあの城にいるわけだ。
なら数日中には必ず会えるな。
「豚さんについては、そんなところかな。
じゃ、襲撃の件、行っちゃおっか」
「あぁ、こちらの方が深刻だ。
王はここより北方に70ディヤーほど離れた位置にある都市国家連邦“スカイピア”との秘密会合からの帰路を襲撃された」
「現在地点は北方約40ディヤー。
最も警備が手薄になる、バルティア山脈の谷間を通る道で襲われたようだね」
「王の帰路の中で最も効果的な位置での襲撃、それと前後して魔導リンクの通信障害が発生した事実と併せてみれば、敵の正体は自ずと見えてくる。
魔物の中でも極めて知能の高い者達、“魔族”。
しかも王に近しい者達の誰か、魔族の内通者が存在する可能性が高いと言う事だ」
「王の身辺警護を任せたアビスハウンド隊との通信は今は回復している。
あの子たちも、魔物の襲撃に遭ったと言ってるね」
魔族……人間と敵対する、高い知性を持った種族か。
そして内通者の存在。
この国が内外からの脅威に晒されているのはよくわかった。