Day.1-12 スクールバスどうだい?
「おう、兄ちゃん悪かったないきなり殴っちまって」
団子屋のおっさんが禿頭をペシッとやりながら謝っている。
俺はというと、左側頭部に鈍痛を覚えつつ、地面にへたりこんで手をひらひらさせていた。
「誤解が、解けたなら、それで……」
イッキからの全力疾走はさすがにヤバすぎた。頭が痛いし、吐き気がいよいよ本格化してきやがった。
結局、コソ泥のポルハチはたまたま近くにいた王国警備隊の兵士に捕まった。俺の金も無事に返ってきた。そして団子屋のおっさんに事情を説明することもできた。
殴られた甲斐も、少しはあったかな。
だが何より一番の収穫は、俺のスキルについて、使い方を心得ることが出来たことだろう。
あともう少し練習すれば、自由自在に人の会話や動向を盗み聞きすることが可能になると思う。
「兄ちゃん、お詫びに後で俺の店に寄ってくれよな。
タダで団子をわけてやるからよ」
「おお、マジですか!?
ありがたい!
買い物終わったら寄らせてもらいます」
「じゃ、待ってるからよ」
団子屋のおっさんはそう言って帰っていった。
俺はなんとか立ち上がり壁に手を突いた。足はふらふらだが、まぁ歩けないほどじゃないか。キツいのは、酒が残ってるせいで頭の中に常に誰かの声が反響していることだ。
このノイズは、意識して消すことはできないらしい。酔ってる時に耳元でずーっと囁かれ続けているようなものでこれはこれでしんどい。
ところで、なんとなく聞き流していると、聞こえてくる音の中にもボリュームの大小があることに気付く。
どの声や音にも俺は意識のチャンネルを合わせていないにも関わらず、すごく大きな声もあれば、消え入りそうな声もある。
これには何か法則性があるのだろうか。
とりあえず、考えをまとめるには今は脳が重たいので、買い物に向かうことにする。
確か、カガイ通りだったな。
大通りへ戻って少しウロウロしたら難なくカガイ通りは発見できた。
非常に多くの商店が軒を連ねている、ロメリアの台所といった風情の通りだ。
新鮮そうな野菜や果物、それと肉類も綺麗に捌かれて売られていた。
見るからに珍味っぽい見た目の食べ物もそこかしこに吊るされている。
日本ではあまり見られない、アジアンマーケットのような雑多な景色。
シトリのメモを取り出して内容を確認する。
ホゥクワッスィ、キュウビュイツゥー、ムワフワヤワ、それとスクールバスの羽。
一体……どんな食材なのだろうか。
そしてスクールバスの羽とは一体……。
「おい、お兄さん」
声が、聞こえた。これは能力で聴いてる声ではないやつだ。
すぐ傍の細い路地から上半身だけ出して、貧相な体つきの男がこちらに向けて手招きしていた。
「お兄さん、ちょっとちょっと」
「ん?俺?」
「お兄さん以外に誰がいるの。
ほら、こっち来てこっち」
「何だよ、押し売りとかじゃないだろうな……」
警戒しつつ、近づく。さっきのスリに遭ってから俺は油断しないことを誓った。
ここは日本じゃないから、治安の保障はない。いつ何時トラブルに巻き込まれるか。
「お兄さん、この辺の人じゃないよね?」
「あぁ、今日この街に来たばかりだが」
「あ、じゃあ知らないんだ」
「何を?」
「ちょっと俺についてきなよ。
いいとこ、紹介してあげるよ」
怪しい……。見るからに怪しい。男の身なりは決していいとは言えず、くたくたよれよれの上着に茶色に染みが浮かんでいるところを見ても、まともな暮らしをしているとは到底思えない。
路地裏に誘い込もうとしているところも怪しい。奥で仲間たちが待ち構えていて俺から金を巻き上げようとしているのか。それくらいの可能性は、考えておきたい。
しかし、俺は、
「わかった」
と言って男の後ろをついていくことに決めたのだった。
なぜか。
俺は本能的に、この男がどういった職業に属する男なのかを見抜いていた。
この妙に媚びた表情、うだつの上がらなそうな風体……。
男からは少し距離を取っている。いきなり殴りかかられたとしても、何とかかわせそうな距離を。
俺の現在のレベルなら、街のゴロツキくらいとはいい喧嘩が出来るみたいだ。なら、荒事になっても目の前の男くらい、何とか出来るだろう。
アルコール・コーリングを使い、男の足音に注意を払う。その音の反響から路地の先の空間を脳内に展開する。
細く曲がりくねった路地の先に、多少開けた場所がある。そこを基点として周囲にいくつかまた細い路地がうねっている。
非常に複雑な場所だ。表通りを歩いているだけでは決してたどり着けない、アングラな雰囲気の漂う空間。
「あんた……揚屋の人かい?」
単刀直入に聞いてみた。
すると男は笑って、
「やっぱり、お見通しだったかな。
そんな気がしたんだよ。
お兄さん、たぶん慣れてるんじゃないのかなって」
「こっちの遊びは詳しくないんだ」
俺は言った。
“こっちの世界の遊び”という意味で。
男はたぶんそれを“この街での遊び”という意味に捉えたのだろう。
「まぁ、ロメリアにやってきたばかりじゃそうだろうな。
この街にしばらく滞在するつもりなら、知っといて損はないよ」
ニヤニヤしながら、先導する。
なるほど、どこの世界でもこういう商売はやはり存在するのか。そりゃそうか、人間がいる以上、その欲に根差す商売が無くなるなんて、ありえないよな。
やがて、開けた場所までやってきた。
そこで俺は確信を得る。
「ようこそ、ロメリア随一の歓楽街“ネハン”へ!!」
男が煌びやかなネオンに包まれた一角を背に、誇らしげにそう言った。




