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Day.1-10 宿主

 木造の、実にふるめかしい2階建ての宿だった。

 妙に和風な引き戸の脇には、水車が回っている。そしてその横が畑と牛舎。


 王都ロメリアの東門のすぐ近くにある宿らしい。

 俺が王都へ入ってきた時にくぐってきたのは南門だった。

 なので進路としては一度サンロメリア城の前まで進んでから右へ折れてきたことになる。


 ここまで来ると民家もまばらであり少し物寂しい雰囲気がある。東門には兵士が常駐しているからこの近辺の治安は問題ないのだろうが、夜は少し暗そうだ。


 今は完全に日が昇っており、周囲は燦々と日光に照らされている。

 ホマスで現在時刻を確認してみる。相変わらず表示されている“楔形の頭を持つヘビがうねったような”文字は全く意味不明だったが、その意味は理解できる。翻訳機能様様だ。

 午前11時。

 もうすぐ正午だ。


「私が戻ってくるまで、ここに泊まっておけ。

 もし逃亡したくなったら逃げても構わないが、その時はロメール帝国の全部隊がお前を地の果てまでつけ回し、必ずその息の根を止めるだろう」


 めちゃくちゃ物騒なセリフを吐いて、イリヤさんはジュークとサンロメリア城へ戻っていった。


 俺はというと、宿からひょっこり顔を覗かせた主人に招き入れられ、客室に通されていた。


 今まで見てきた洋風の街並みからは想像もつかないほど、場違いなレイアウトだった。

 襖、畳敷き、部屋の隅にせんべい布団。

 まるで明治時代の宿屋だよ、これじゃあ。


「ウチ、変な造りですよね」


 150センチに満たないであろう小柄な女の子ははにかんだように笑った。

 シトリ、と名乗ったこの女の子の着ている物も、割烹着である。日本の料亭によくある、あの割烹着である。


「その昔、帝国領内に棲んでいた“キシン”という種族の建築様式を再現したみたいです」


「キシン?」


「何でも、私たち人間とよく似た姿をしてて、頭にこう、角が2本、生えてるみたいな」


 あぁ、鬼か。鬼神(キシン)、ということかな?

 パンチ効いてないな。


「どうしたんです?不満そうな顔して」


 シトリが首を傾げる。


 おっと、パンチが効いてないなどと考えていたから思わず顔に出ていたか。初日にして既に、俺の脳はこのヘンテコ異世界に毒されつつあるようだ。


「あぁー、いや何でもないよ」


「やっぱり、ベッドがあった方がいいですよね……」


 シトリは申し訳なさそうに言った。なんだかシュンとしている。


「ち、違うよ、そうじゃなくて……なんていうのかな、シンプルだなーシンプルだなーって」


「すみません、もっと豪華な方が良かったですかね……」


「いや、いい!

 すごくいい!

 すごく俺気に入ったから、ほんと、ほんとだって」


 なんだよ、俺がいじめているみたいな展開になってるじゃあないか。

 

「あっ!あ、そうだ!

 ちょっと外を散歩してこようかなー。

 散歩してこようかなー」


「あ、お出かけですか!?

 ちょっと待っててくださいね」


 ふいにシトリの表情が明るくなった。そしてバタバタとどこかへ走り去って、しばらくしたら布製の小さな巾着を持って戻ってきた。


「これ、イリヤさんから預かったお金です。

 お兄さんの自由に使っていいって。

 それと宿代は数日分まとめてイリヤさんから頂きましたので大丈夫です」


「おぉ!!」


 気が利くじゃないか、イリヤさん。俺はてっきりここで滞在させてもらう代わりに仕事を手伝わされるのかと。


「あと、お兄さんは働くのが大好きだからたくさん仕事を振っていいぞってイリヤさんが言ってましたけど、ほんとにいいんですか?」


 おい!


「あ、あぁ……。まぁ少しなら」

 

 断れないのが俺の悪いところ。


「やったぁ!

 じゃあ、出掛けるついでにお買い物に行ってきてくれませんか?

 えっと、えっと、ホゥクワッスィ、キュウビュイツゥー、ムワフワヤワ、スクールバスの羽……」


 うん、わけがわからないよ!

 翻訳機、仕事をしなさい。

 それとさりげなく最後にすごくシュールな単語が聞こえてきた気がするんですけど。


「ス、スクールバスの……羽!?」


「はい!ちょっと高価だけど、できれば天日干ししたやつをお願いしますね。

 生は少し刺激が強いと思うので」


 あぁーすごいなー、この世界ではスクールバスも空を飛ぶんだー。


「あの……それっておいしいの?」


「えっ?香辛料ですよ。

 スクールバスの羽は少しだけお料理に加えるとすごく元気が出るんですよ!」


「そ、そうなんだ……ちょっと紙に必要な物書き出して渡してくれるかな」


「はーい」


 シトリはささっと書いてメモを俺に手渡してくれた。


 ううむ、ホマス内臓の自動翻訳機はどうやら、この世界にしか存在しないものを示す言葉はうまく変換できないようだ。

 リュザードゥメィンもギョビュルリンも、俺が知っているリザードマンやゴブリンとは異なるものなのだろう。

 まぁ……そりゃそうか、ゴブリンってビュルビュル言わないもんな。


「野菜や果物、香辛料ならこの先を少し行ったところにあるカガイ通りがお店たくさんあってオススメですよー」


 シトリが歩き出す俺に手を振っている。まぁまぁ可愛い娘だ。愛嬌があっていい。

 俺も笑顔で手を振りかえした。


「じゃあ、行ってきまーす!!」


「あっ!ちょっと……」


「ん?」


「お兄さんのな・ま・え!

 まだ聞いてませんでしたー!」


 あぁ、そういえば名乗らずじまいだったな。


酒井(サクゥイ・)雄大(ユダーイ)だ!」


「バ、バカァ!!」


 泣きながらシトリは宿の戸をピシャリと閉めた。


 あ、忘れてた……俺の名前、ヤバイやつだった。



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