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Day.5-22 失われたもの、守られたもの

「と、いうわけで今日は本当にお疲れさまでした!」


 シックな黒の法衣に身を包んだシトリがそう言った。普段の割烹着姿はシトリの元気で明るい性格とマッチしていて似合っていると思うが、なかなかどうしてこの格好も色気やミステリアスな雰囲気があっていい。


 馬車はゆっくりと街道を進んで行く。

 サンロメリア城内で風呂に入り、新しい服へ着替えを済ませた俺とイリヤさんは、シトリと共に宿へ戻っている途中である。


 異世界転移者としての素性がバレた俺は、本来ならば城に一時身柄を置かれるところなのだが、あの状況ではそれも難しかろうと言うことでイリヤさんと一緒に帰された。

 イリヤさんは、要するに俺が逃亡しないためのお目付け役というわけだ。

 まぁ、逃げる気は更々無いからどっちでも俺は構わなかったのだが。


「帰ったらすぐに寝たい。

 とにかく寝たい」


 一旦テンションが下がるともうダメだ。オールナイトで遊ぶなんて学生の時ですらほぼ経験が無い。

 体が、脳が、そろそろ寝ろと猛烈にプッシュしてくる。座ってると瞼が自然に下がってくるのだ。


「休んでいてもいいぞ、着いたら起こしてやる」


「そうですね、お言葉に甘えて」


 と、すんなり眠りに落ちれると思ったのだがそうはいかず、瞼を完全に閉じてしまうと何やら色々と考えてしまうのだった。


 ロメール帝国は今後どうなる?

 サンロメリア城は昨晩の事件によりその大半の警備兵や魔導師を失った。

 そして建物自体も多くの箇所が損傷したはずだ。

 更には三大将のうち、ヨハネ・ドミナトゥスを除く2名が死亡。

 これにより軍は指揮系統に大きな乱れを生じるはずだ。


 王都ロメリア壊滅の危機は免れた。しかしロメール帝国は甚大な被害を被りその復旧までには莫大な時間を要するであろうと思われた。


「何だ、起きているのか?」


「ええ、気が立ってるのかもしれません」


 もじもしてたら気づかれた。


「大変な一日だったからな、それも当然のことだ」


「でもお兄さん、大活躍だったじゃないですか!

 私を呼んだり大将を助けたり、ジュークさんを起こして王子達を安全な場所へ連れ出して、それで最後はイリヤさんを助けて事件の黒幕だったラガドさんを斬ったんでしょ!?」


 そう言われると今日はすごく動いた気がしてくる。アルコール・コーリングというスキルは今や、俺の体にすっかり馴染んで自由自在に操れる。それに伴ってどんどん出来ることが増えていってる。魔獣とガチンコの殴り合いを演じることになるなんて、転移初日には考えもしなかったことだ。


「あんまり褒めたって何にも出ないよ?」


 どうにも、こっちの世界で持ち上げられるとソワソワしてくる。初日からずっと(しいた)げられて(?)きたからかな。それとも向こうの世界じゃ、俺なんかほんとにちっぽけで何の力も持っていない存在だったからだろうか。


 でも、気分はいい。

 むず痒いけれど、爽快な気分ではある。

 

 城の人間全員を救うことなんかもちろん出来なかったけれど、それでもイリヤさんを、今俺の隣に座っているこの人を救うことができたのなら御の字だ。


「何にもいりませんよ?

 お兄さんが無事だったならそれで充分です。

 ね、そうですよね?イリヤさん」


「……ん?私に訊いてるのか?

 あぁ、まぁな」


「んもう、照れちゃってます?」


「はぁ?私が照れているわけないだろ。

 茶化すなシトリ。

 私はこの国の平和を守る者として、一人でも多くの国民の命を、だな」


「あ、もうすぐ到着しますよー」


 シトリが指さす先、愛しの我が宿が見えてきた。

 着いたらシトリに、何か温かい飲み物でも入れてもらおう。

 それで心を落ち着かせたら、すんなりと眠りにつけると思う。


「一応、お前に改めて釘を刺しておくが、今後あんな無茶は二度と行わないように!

 わかったか!?」


「はい、大丈夫です。

 イリヤさんに心配かけたくないんで」


「よろしい」


 そうこうしているうちに、馬車は宿の前で止まった。

 シトリが素早く降りて御者に金を払った。


 俺は宿の正面へ立ち、ほっと一息ついた。

 隣にいるイリヤさんも、似たような顔をしている。

 昨晩の戦いは、百戦錬磨の女剣士と言えど堪えただろう。


「じゃあお宿でゆっくりいたしましょう、と言いたいところなんですがー」


 パタパタと走って行って、玄関前でシトリはふいに振り向いた。


「ちょっと、しばし、そこでお待ちください」


 後ろ手に引き戸を開け、そっと中を覗き込んでいるようだ。

 手招きをしている。


 それから、


「はい、大丈夫です。

 ではここで紹介しておきたい方々がいます!

 さぁ、出てきてくださーい!」


「おいおい、何が始まるんだ?」


 言いながらイリヤさんに視線を送ったが、彼女も首を傾げている。


「ささ、どうぞこちらへ」


 シトリに促されるまま、玄関から二人の大男が姿を見せた。


 一人はマスキュラさん、そしてもう一人は、


「ガリアーノさん!?」


 あの、アマネク村で俺達と一緒にチャベタ村長や魔獣デストリアと戦ったビクター・ガリアーノさんだった。


「よぅ、意外とすぐに会ったな」


「傷の具合はもういいんですか?」


 確か肩の骨を損傷していたのではなかったか。あれが2日前のことだから、現時点で完治というわけにもいかないだろう。


「おう、完治したぞ」


 ……魔術療法かな?


「俺がビクター達を助けに行ってたんだよ」


 と、マスキュラさん。昨日から姿が見えないと思っていたらそういうことだったのか。


「実は、王様から直々にマスキュラさんが指名されたんです。

 もしアマネク村にまだ危険な魔物が潜んでいた場合、一般兵だけでは心もとないですからね」


「ということで俺が何名か引き連れてこいつらを迎えに行ってたってわけ。

 その間、城の方ではとんでもないことになっていたようだな」


「いやぁ、それはもう大変でしたよ」


「お、もしかして頑張っちゃったやつかい?」


「はい、必死で方々走り回りました。

 詳しくはシトリに」


「はい、私から言いましょう。かくかくしかじかです」


「へぇ、イリヤを?」


「そうなんですよ、マスキュラさん。

 私、思うんですけど、これはきっと愛のなせる業だと」


「おう、間違いねぇなシトリ!

 やっぱ男を磨くのは愛よ、愛!」


 なんか二人で勝手に盛り上がり始めたぞ……。

 ちょっと面倒だなぁ。

 イリヤさんも眉間に皺寄せちゃってるし。


「おい、あんちゃん。

 何かちょっと見ない間に顔つきが変わったんじゃねぇか?」


 と、これはガリアーノさん。


「わかります?

 しんどすぎて、やつれたんですよぉ」


「いや、少し漢らしくなった気がするぞ」


「え?そうですか?

 漢らしさは元からじゃないです?」


「調子に乗るな!」


 横手からイリヤさんの激しいツッコミ。うーん、これこれ。こういうのが足りなかったんですよねー。


「って、そうだ!

 肝心な方々の紹介がまだでしたね!

 マスキュラさん!」


「あぁ、もう行っちゃう?

 もうちょい小ネタで引っ張る?」


「いいんじゃないですか?

 ドカッと出てきてもらえば」


「そうか、それもそうだな」


 んん?何を相談してるんだこの二人は。

 

 ってか、ガリアーノさんがここにいるということはもしや……。


「お、お兄さんその顔は気づきましたね?

 気づいちゃったんですね?」


「え、まさか……まさか!」


「はい、じゃじゃーん、出てきてくださーい!」


 シトリが大きな声で言うと、引き戸の奥から二人の人物が控えめに表へと姿を見せた。

 母と娘はしっかりと手をつないで、ちょっとだけ気まずそうな、それでいて幸福そうな顔で俺達の前に立った。


「イリヤさん!」


 思わず、呼びかけてしまった。見れば彼女も、驚きに目を開いている。

 まさかこんな展開が、待っていようとは。


「えへへ、こんにちは」


 チコが、アマネク村の少女が言った。

 そしてチコの手に自分の手を優しく重ねながら、母親は(しと)やかな笑顔を見せた。


「お帰りなさい、お二人とも」


 はっきりと、人間の声で、彼女はそう言った。

 魔獣デストリアの素体とされ人間性を喪失してしまったかに思われていたチコの母親は、俺の目の前で、理知の光を湛えた瞳で、俺とイリヤさんを見ていた。



 戦いの中で失われたものは多い。

 それらは決して戻ることはない。

 異世界転生が、あるいは転移があったとしても、この世界に二度と、彼ら彼女らは帰ってはこないのだ。


 しかし、ここに奇跡のように戻ってきたものがある。帰ってきた心がある。

 チコの笑みの先、陽だまりのような慈しみの表情で娘を見下ろす存在が。


 俺の肩を、イリヤさんが叩く。

 女剣士もまた、笑っている。


 俺は、全く唐突に涙していた。

 悲しいとか嬉しいとか、そういう事を思ったわけじゃなく。


 ただ、


 ただ、


 救えたのだと。


 間違いじゃなかったのだと。


 あの日の俺の努力は、無駄ではなかった。

 胸の中を清涼な想いが満たしてゆく。


 戦いの中で失われたものは多い。

 だがここに確かに、守られたものがあった。


 母と娘の深い絆は今、燦然たる輝きをもって、俺の心を一筋の希望の光で射抜いたのだった。


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