Day.5-21 命の差す場所
お待たせしました!
昨日の“読者への挑戦状”の解答編です。
そして、サンロメリア城を舞台にした寄生魔獣パラディフェノン事変のエピローグでございます。
是非是非、お楽しみください!
俺は空を見ていた。
血塗れの体で仰向けになって空を見上げていた。
いつしか雨は止んでいたが、俺の体はそれまでに浴びた大量の雨と、走り回ってかいた汗と、今しがた大量に喰らった血肉とでびしょびしょになっている。
空の藍色がだんだんと薄くなっていく。
もう朝なのだ。
始まりは確か、ちょうど0時くらいのことだったか。
5時間、動きっぱなしだった。しかも昨日から寝ずに、である。
ジュークの肉体強化魔術も切れたし、さすがに疲れてヘトヘトだ。もう一歩も動きたくない。いっそこのまま、ここで寝てしまいたい。
だが起きなくては。
何の為に?
何の為でもない。誰の為にでもなく、ただ、俺が起きたいから。
何故かって?
シトリが積んだ屍体達の残骸にまみれて寝転がっているのは果てしなく不快かつ臭いからだ。
これがクッション代わりになって、俺は一命を取り留めた。
シトリには感謝しなくては。
今回は俺の異世界生活最大のピンチだった。ほんとうに、もうダメかと思った。
ここで、順を追って状況を整理してみる。
俺が落下するのを、地上からシトリが発見した。
彼女は咄嗟の機転で手近にいるありったけの屍体を俺の落下地点へと飛び込ませ、即席のクッションとした。
その屍体が積みあがったクッションの上に、俺は落ちた。
屍体は腐りかけだから腹もガスで膨らんだりしてるし、肉自体柔らかい。骨ももろい。
つまりは俺にとっては最高の緩衝材となったわけだ。
そして俺は、落下の衝撃により、シトリの操る屍体達をバラバラに吹っ飛ばしながらその中に埋もれるようにして着地。
これにより、生還を果たしたというのが事の真相だ。
シトリが屍体を積み始めるのを見たときは助かったと思ったが、実際に屍体達をぐっちゃぐちゃにしながら落ちてみたらあまりにもおぞましい感触で鳥肌ものだった。
二度と、体験したくないな、これは。
腕を伸ばし、その辺にあった人体を掴んでぐいっと体を起こした。俺の肩からずるりと上半身だけになった屍体が滑り落ちた。
「ふうぅ……」
ゆっくりと呼吸をする。鼻の穴の中にまで肉片が詰まっているかのような腐敗臭だ。これはさっさと風呂に入らなければ大変だ。
あと、口の中にすごく濃い血の味がする。唾を吐き出してみると、真っ赤だった。下で口腔内をペロペロしてみると、切れている箇所があった。あぁ、落ちたときに歯で傷つけたか。
まぁ、これくらいで済んでいるんだから御の字だよなぁ。
「よっこらしょっと」
おっさんみたいな声を出して体を捻る。周囲に散らばる色んなパーツをどけて、そっと立ち上がった。体の平衡感覚が保てない。相当疲労しているようだ。あ、てか俺はおっさんだったな。
辺りには、たくさんの兵士の姿があった。城の緊急事態に方々から駆けつけた者達だ。そしてたくさんの死体が転がっている。これは寄生兵士のものだろう。
「お兄さん!」
シトリだった。いつもの割烹着とは違う、黒一色に統一された法衣を着ている。多分これは屍体使いとしての正装かな。
「やぁ、シトリ。
ほんとに、ありがとう」
「危ないところでしたね。
私から見える位置に落ちてきてくれて、良かったです。
そうじゃなきゃ、きっと、死んでましたよお兄さん」
ぞっとする話だが、もし戦いが北棟で行われそちらから落下していた場合、シトリはいないわけで、こういう急造のクッションによる策は成されなかったに違いない。
シトリは操る屍体と視界を共有してはいるが、これだけ多くの屍体を動かしているのだから全ての屍体の視界を逐一チェックも出来まい。
「でも、なぜ落ちてきたんですか?」
シトリが訊いてくる。
そうか、俺がラガドを倒すところは見ていなかったか。
地上で戦っていた者達は、彼の裏切り行為をまだ知らないのだ。
いずれ、事実は周知されることになる。だがら今俺が告げても同じことだ。
「あぁ、実はラガドが」
その時、石畳の上に人が降ってきた。どん、と両足で着地し女剣士は顔を上げた。
またしてもこの人は、壁伝いに落ちてきたのか。普通に建物内の階段使えばいいのに。
俺とシトリは同時にイリヤさんへ向き直った。
イリヤさんの表情が一瞬、崩れた気がした。普段の鉄面皮じゃなくて、なんていうか、くしゃみをする前みたいに。
だがそれもほんの一瞬のことだった。
イリヤさんは怒りの顔をしながら早足で近付いてきた。なんだかすごく、怒ってるみたいだ。
「あの、イリヤさん?」
シトリがさっと後退した。あ、逃げたな。
「お前は……!」
イリヤさんは拳を作って俺の胸を叩いた。しかも結構な勢いで。
「痛っ!ちょっと、何を」
両手が、俺の両腕を強い力で掴んだ。そして、やおら胸に頭突きを繰り出してきた。
「ぐわっ!痛いっすよ!」
イリヤさんは頭を俺の胸に押し付けたまま、そのまま絞り出すような声で、
「無茶を……するな……」
そう言った。
イリヤさんの体は少し、震えている気がした。
俺を掴んでいる両手に、小さな振動が伝わった。
どんな顔を、今、この人はしているんだろう。
俺の無謀な行為で怒らせてしまったのかな。
「すいません」
謝るしかない。確かに俺は後先考えずに動いてしまった。イリヤさんならあの状況からでも自力で抜け出していた可能性はある。だけど、俺は助けたかった。この人を……。
「気がついたら、跳んじゃってました。
夢中で……イリヤさんのことを助けなくちゃって」
「この私を助ける?
偉そうなことを言うな!
私が、どれだけ心配したか……。
お前を、失うんじゃないかって」
声に、嗚咽が混じり始める。信じられなかった。ずっと、俺の前ではずっと強かった人が今、俺にしがみつきながら泣くのを堪えているのか。
顔を俺の胸に沈めながら、イリヤさんは荒い呼吸を繰り返していた。気持ちを、鎮めようとしているんだろう。
「すみません。
ちょっと、でしゃばり過ぎましたかね?」
「……あぁ」
そっと、俺は両腕をイリヤさんの体に回した。
そうするのが自然なことなんじゃないかと、思ったからだ。
がばっ!
思いっきりはね除けられた。あれっ!?
「機に乗じて触ろうとしたな!?変態め!」
イリヤさんはあっさり体を離して後ろを向いた。そして空を見上げた。
「うわっ!懐かしいですね変態呼ばわり!
でも俺の“変態”は笑えるやつでしょ?」
感動的な展開はここで一気に崩れて、いつものやり取りに帰ってきた。
そう、俺たちは帰ってきたのだ。日常に。
「苦笑いだ、お前のは。
おい、シトリ」
「はーい!」
「風呂を頼む。
体を清めたいし、熱い湯に浸かりたい」
「お城で入っていきますよね?
準備してきますね」
早足で、シトリは城へと向かっていった。
そしてシトリが城内へと消えた時、俺は見てしまった。
半壊した城の正面扉に体を隠し、顔を半分だけ出してこちらの様子を窺う、邪悪な笑みを浮かべたジュークの姿を。
何をニヤニヤ見てるんだよ、全く。
「それと、お前!」
鋭いイリヤさんの声。
「は、はい?」
「臭いぞ。
すごく臭い」
「あ、やっぱり?」
「鼻が曲がりそうだ。
私のこの綺麗な鼻筋が曲がったら責任取れよ」
って自己評価凄い高いからね、この人。
これで他者評価もすこぶる高いのが厄介だが。
「無茶苦茶言いますねぇ……。
俺、臭いかな!?ジューク!」
大きな声で邪悪な魔導少女に呼び掛けてみた。
鼻をつまんで顔をひん曲げるジェスチャーをしている。
いや、そろそろそこから出てこいよ。
「ふん、だがまぁ……」
少し恥ずかしそうに、はにかんだ顔をしながら、イリヤさんは俺を見た。
「ありがとう」
5:20
ロメール帝国に今日も朝が来た。
今宵、多くの尊い命が失われた。
それでもなお、生き残った者達は互いに笑い合い、称え合い、そうして明日へ向かって進んで行く。
俺は白々と明けてゆく空を仰ぐ。
清冽な早朝の風が髪をなぶって、いずこかへと流れてゆく。
その度に、臭い。自分の髪の毛が。あと全身。
風呂へ入ろう。
何より真っ先にそう思った。
というわけで、本編を読んでもらうとわかる通り、シトリの術により動かされた屍体がクッションになった、という答えでした。
今回は推理小説において時折用いられる叙述トリックと呼ばれる技法を採用してみました。
読み解くヒントとしては、まずユーダイの独白の一部である
これは、積んだな
という部分の“つむ”という漢字が“詰む”ではなく“積む”になっているのが重要です。素直に読むと単なる誤字のようで流してしまいがちですが、直前の文脈の中にシトリが出てきていること、シトリの能力、この2つの要素をあわせて考えると、
シトリが何かを積んだ。
それをユーダイが目撃した。
という意味の文であることがわかります。
その前提で以降の“俺は全身で~感触を味わった”の文を読み解くと、
ユーダイ自身の体の事ではなく、シトリが積んだ屍体の山の事
を指しているという答えが導けるわけです。
以上、わかってしまうと簡単な答え合わせです。
楽しんでいただけましたか?
では明日以降もぜひよろしくお願いします!




