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トライバルX ~Connect Line~  作者: 瀬戸内弁慶
Line2:アルカナ、メトロ
9/19

3.

 私、彩鳥橋子は打ちひしがれていた。ただただ呆然としていた。更衣室で。

 ……いやほんとうは、もっと前から呆然としていた。

 端末のアプリに、例の探知システムを導入してから、ずっと。


「どうかしたか?」

 隣のロッカーを使っていた楢柴さんが、怪訝な顔をした。

 今日は楢柴さんのクラスとの合同で、球技大会のバレーの練習だった。


 制服を脱ぎ捨てた彼女は、惜しみもせず、恥ずかしがりもせず、濃紺の下着と引き締まった肢体を外気にさらしていた。

 少年的な所作や雰囲気に反して、女性としては理想的にすぎる体型が、かえってアンバランスで、かつ強烈な魅力があるという。女の私でさえも、そう思う。


 と同時に、今まで散々危険にさらされているだろうその肉体には、傷のひとつもない。


それほどまでに俊敏なのか、そこまで頑丈なのか。あるいは私の知らない、超人的な治癒力でも持っているのか。


 私は勝手に脳内に湧いて出るイメージに気圧されそうになるのを避けて、話題を引き戻した。


「これ」

「あぁ、通知アプリか。久々に見たな」

 私が自分のスマホを見せると、妙に感慨深げに、楢柴さんはうなずいた。

 まじまじと見つめる彼女の瞳には、無数のポイントが映り込んでいる。

 それが、現在進行形で、少なくとも『吉良会』の察知している範疇で起こっている、この付近の事件だ。

 知りたくもなかったことだけど、知ってしまえば気になってしょうがない。いつ何時、私や家族や友達が巻き込まれるか、気が気でない。おかげでスマホとにらめっこして、眠れない夜が続いている。


 けど、久々という言葉が引っかかって、私は首をかしげた。


「アタシ、それ消したから」

あっけらかんとした調子で、楢柴さんは答えた。


「えっ!? で、でもそれって大事なんじゃないの!?」


 言葉を詰まらせながら尋ねる私に構わず、彼女は自分の着替えを再開した。


「そりゃまぁ大事には違いないけど、そんなもん逐一気にしてたらそれこそ身体を壊すことになるだろ」


 体操服に身体を収め、ショートパンツに脚を通した楢柴が振り返る。その腕が伸びて、私の頰を捕らえた。


「ほら見ろ、せっかくの可愛い顔が台無しだ」


 真顔をズイと近づけながら、楢柴さんが言った。少し薄いけれど形はいい唇から漏れ出た息が喉元にかかる。


 ただのジョーク、ふつうのコミュニケーション、ありふれたスキンシップ。

 ドギマギする私は、自分に必死にそうくり返し、「近いから」と楢柴さんを押し返した。

 そして彼女もまた、私への接近に執着はしなかった。

「今までも知らないなりになんとかなってたんだろ。無視しろなんて過激なことは言わねーけど、あんまり依存しすぎるなよ。所詮それは、組織の思惑の副産物だ」

 私はあっさりと離れた彼女の存在を、つよく意識した。


「じゃあ、楢柴さんがアプリを消したっていうのも、それ関係?」

 一体全体なにが『それ』なのか、『関係』なのか。それは私自身よくわからないまま、ただ話題をつなげたくて口にしてしまった。


 ただ、私の言わんとしていたニュアンスは理解してくれたらしい。

「……なまじ力があると」

 ロッカーに私物を詰め直す手を、楢柴さんは止めて律儀に答えた。


「そしてどこまでも目の届くようなツールがあると、なんでもかんでも救えそうな気になるから。けど、実際はそうじゃない」


 なんてな……と肩をそびやかして冗談気味に締めくくったけれども、それ以上踏み込ませない、切って捨てるような強い口調だった。


「そもそも、アタシの場合厄介ごとは向こうから飛び込んでくるんだよ」


 ぼやきながら自分のスマホを取り出した楢柴さんの顔が、その液晶画面をのぞいた瞬間「げ」とゆがむ。

 思わず声を漏らしてしまった自分を恥じるように、気まずそうに私を見直して苦笑した。


「ウワサをすれば、なんとやらだ」


 後頼む。

 RPGの呪文のように言い残して、彼女は体操服にショートパンツという格好のまま、更衣室を飛び出した。

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