1.
燃える。
焼ける。
家が燃える。
故郷が焼ける。
身体が燃える。
皮膚が焼ける。
時が過ぎる。
痛みが過ぎる。
否、痛覚さえも消し飛ぶほどの火傷が、自分をむしばんでいるのがわかった。
Ⅲ度熱傷と呼ばれる段階まで火傷がおよぶと、神経系が焼き切れているので痛みは感じない。そんな話を、母親から聞いた気がした。
――今、お父さんとお母さんは、どうしているの? どこなの?
何も見えない。包帯やガーゼにまとわりつかれ、その隙間からのぞくのは、白熱灯の光、寝かされた自分をはさんで言い争う、ふたりの男の姿。そして、縫い針のような太い注射器が、器具のレーンに取り付けられていた。
そうした器具が電灯に照らされて、伸びた影が幾重にも交差する。蛇のように。檻のように。
「……正気……か副所長! よりにもこんな……切絵さん……ちの……娘ですよ!?」
声が聞こえる。
声に雑音がまじる。耳鳴りがひどい。かろうじてしか拾えない。
声が怒りとともに爆ぜる。
「だがこの、XXXXXXを、喪うわけに……かない。伊達さんも、新田さんも死……だ! 天佳……も、その切……先生も! 適正には問……ないのだろう! それに彼女を救うにはもはやこれ……しかない! それとも……君は稀代の名医か魔法使いか? 今すぐに自分の皮膚をすべて引っぺがして、彼女に移植でもするかね。それでも生存率は半々だぞ!?」
声が争う。声が悲しむ。いくつも、何色も、何度となく。積み重なる。灰のように降り積もる。
怒る。苦しむ。嘆く。吼える。
意識が正気と狂気の間をたゆたう。
失神と覚醒の線を、行ったり来たり。浮き上がったり、沈んだり。
痛みが引いたり、無事な部分が代わりに針金をねじ込まれたような激痛が襲ったり。声がまったく聞こえなくなったり、逆にいつもよりもよく聞こえたり。
ちょうど聴覚のピークに達したとき、彼女の運命を決定づける言葉が、残酷なまでに鮮明に聞こえてきた。
「こんなものは、まともな人間の所業ではない!」
「まとも? では聞くが、今まで普通だったためしがあったのかね。我々にも、楢柴家にも」
XXX
楢柴アラタは、ハッとして意識を引き戻した。
握りしめたフライパンをほぼ自動的とも言っていい所作でコンロから引き上げ、皿に盛る。
出来上がったパンケーキは焦げてはいないものの、彼女ごのみの仕上がり具合には程遠い。そこまでは良い調子だったのに、と少しアラタは残念がった。
それからコンロの火がついたままだったことに気が付いて、落とす。
つまみをつかんだその手に、燃え盛る火にも似た刻印が浮かび上がっていた。
アラタは朝から重い息をつくはめになった。
何か罪過の証のように、紺色に文様が滲む。その手に言い聞かせるように、開閉をじっくりとくりかえす。
すると、まるで泥に沈むかのように、それは彼女の皮膚の下へと消えていった。
IHではなく、ガスコンロを使った理由が、これだった。
何かの手違いで力を電気コンロの身近に、かつ無意識に発動してしまった場合、その力の乱流はほかの回線に侵入してあらゆる系統を侵食する。
「ままならないもんだな……」
ぼやきながら、簡単な後始末をしてエプロンのヒモを解く。
それから三枚重ねのパンケーキの上からたっぷりのメープルシロップを流しいれて、テーブルに置き、ベーコンを焼いて添えたサラダとヨーグルトを並べれば、個人的に九十点の朝食の出来上がりだ。
機嫌と調子を取り戻した彼女は、それを前に「いただきます」とおごそかに手を添えたのだった。




