2.
「よう」
放課後の校門前。そこにふたたび楢柴さんが現れた瞬間、私の日常がスライドしたように錯覚した。
校門をふさぐように夕日と一緒に背におって、さっそうとジョグにまたがる姿は、一枚の絵のようだった。
「今から時間あるか?」
ゴーグル付きのヘルメットをかぶり、そのスペアを手でちらつかせてくる。
「なに、ちょっとしたデートだデート」
口調は冗談めかしいけれど、その目は笑っていない。
つまり、私がどれだけ身構えようとも、拒否権はない。
話の流れをぶった切って強引に突破することは出来そうだけど、このミステリアスな女の子がどんな場所に連れていってくれるのか。ふだんどんなところへ通っているのか。警戒心よりも好奇心が勝ったのは確かだった。
ヘルメットを受け取り、スクーターの後ろにまたがる。
自分が、公然と校則を破ろうとしていることに他人事のように驚きつつも、私と彼女のタンデムは始まった。
おずおずと手を回した腰は、モデルのように細く、一切の無駄や甘えや妥協がない。
その上で、厚手のブレザーの上から主張する盛り上がりが、私の腕に少しだけかぶさった。どうしようもないほどに女性を主張していた。
同性にとっても魅力的な肢体にドギマギとしながら、私を乗せたバイクはメインストリートの裏を通過し、古城公園の東門から入って中を抜けた。たびたび雑誌やテレビでも取り上げられる景観を賞美する余裕もない間に、目的とへとたどり着いた。
そこは現代美術館に隣接する、商工会議所だった。お堅いイメージの通りに角張った外観は土地の人間には見慣れたものだけど、入ったことは一度もない。
そんな場所に、私よりもさらに無縁そうな楢柴さんが、どんな用でここに来たのか。
唖然と建物を見上げる私の背に、皮肉っぽく彼女は笑った。
「なんだ、ドラッグパーティにでも連れてかれると思ったか?」
……たしかに、人気や知名度の割に私生活が謎な楢柴さんに、そんな嫉妬のからんだ悪意あるウワサや邪推があるのは確かだ。
けど、このテのは良くあることで、本人がそれをネタにし出すとコメントに困るのが常というものだ。
「冗談だよ。カンタンな健康診断してもらうだけだから、そう構えんなって」
言葉に窮した私にからかうような口調で付け加えると、正面から堂々と入っていく。私はそれを、慌てて追いかけるしかなかった。
XXX
中に入った楢柴さんは受付を素通りし、脇にそれて、どう見ても奥まった道へと進んでいく。
配置された旧時代的な事務用品や廃材からして、どう見ても一般的には解放されていない廊下を抜けると、少しきれいに片付いたエリアが見えて来た。
そこへの入り口には頑丈そうな鉄格子の扉が、そしてその周辺に電子機器が取り付けられている。
天井の要所要所に死角を作らないように監視カメラが取り付けられていて、私たちの動きに合わせて少しずつ角度を調整してくる。
そんな機械の視線を毛ほどにも感じていないかのように、楢柴さんは扉の前に立った。
こちらを精査するように、カメラがわずかな機械音を鳴らし、ややあってから扉が開いた。
まず楢柴さんが通過した。
続いて私が通ろうとすると、その口が閉じようとした。
獣のあぎとのような勢いで閉まろうとするそれを、楢柴さんが手と足を差し込んで止めた。
その手から、またあの刻印が格子と機材に扉にと絡みつく。
まるで、操り糸が切れたかのように、扉は楢柴さんに抗しようという力をうしなった。
ブラブラと、その枠を握って開閉させると、楢柴さんは
「悪い。立て付け悪いんだわ」
真顔で答えた。




