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トライバルX ~Connect Line~  作者: 瀬戸内弁慶
Line1:炎の檻、身体検査
2/19

1.

 楢柴改。

 私立春斎館(しゅんさいかん)学院に入学した時、おなじクラスに彼女はいた。


 一目見ただけで、その姿は網膜に鮮烈に焼きついていた。女の子にそんな表現を使うのはどうかと思うけど、硬質で、涼やかで鋭い美しさは、見た人の心をザンと斬り撃つようなパワーがあった。意識しようとしまいと、吸い寄せられる立ち姿だった。


 そんな彼女だけれども、一匹オオカミを気取っているわけでもなさそうだった。

 自分から積極的に絡むタイプではもちろんないけれども、来るものを拒んで一匹オオカミを気取るわけでもない。

 必要であれば話しかけるし、困っている人間が目の前にいればアレコレと世話を焼く。


 話しかけられると自然体で応じて、ファッション、映画、果てはアニメ漫画のサブカルチャーまで広く浅く、流行古典問わず、どんな話題にも合わせてくれる。

 そういう娘だ。


 私はといえば、そんな彼女とあまり話したことがなかった。

 すごく惹かれたけれども、彼女の周囲にはいつも誰かがいて、きっかけもなかったし、私が介入する余地がない。仲介してくれるようなグループもいない。

 二年生に進級してからはべつのクラスで、ますます縁遠い存在となっていた。

 

 孤立しているわけではないけれど、楢柴さんはどの派閥とも均等に距離感を保っているようだった。



 でもその日、その昼休み、その屋上。

 彼女は、めずらしく一人でお昼を食べていた。人気もなく、誰かに見咎められるような心配は少ない。

 そして、私たちの間には、これ以上ないぐらい、話をするにはうってつけな大義名分があった。

 これを天の配剤、とか言うのだろうか。

 習いたての言葉をぼんやりと頭の中で泳がせながら、私は彼女に近づいた。


「あの、楢柴さん、だよね? 隣良い?」


 この邂逅は意図したわけじゃなく、本当に偶然鉢合わせただけだった。

 それでも相手にわざとかと疑られていないか、と危惧して私の声は硬くなっていた。


「ん」


 けどそんな私の杞憂をあっさり受け流すかのように、箸をくわえたまま楢柴さんはベンチの隣を開けた。

 意外とかわいらしいサイズのランチボックスを、腿の上に置いていた。


 一般的に開放されているその屋上は、中等部と高等部をつなぐ連絡通路でもある。


 そんな境界で、私たちは足下の野球グランドを見つめながら、黙々とご飯を食べていた。


「昨日は、ありがとう」


 慎重に言葉を選んだつもりだけど、だからこそ出てきたのは月並みで漠然としたお礼だった。


「べつに、大したことはしていない」


 と、彼女の答えもそっけない。

 でも、あの夜コンビニに居合わせたことを否定しなかった。


「ビビってテンパって逃げ回った先に、あの犯人がいた。で、蹴っつまずいて転んだ拍子に、あいつに良い感じのパンチが当たったみたいだな。いやぁ怖かった怖かった。ラッキーラッキー」


 ……そして、堂々とウソをつかれた。

 いや状況的には女の子が細腕一本で強盗犯を制圧しましたというよりかはよっぽど信憑性のある弁なんだけど。箸も止めずモグモグしながらあっけらかんと言われても、説得力が皆無だった。

 今まで知らなかったけれど、意外と茶目っ気のある娘なのかもしれない。


 ――もっと、彼女のことをいろいろと知りたいと思った。

 気が付けば、彼女のランチボックスの中身は半分以上減っていた。サラダとエビを包んだ生春巻きはコンビニで買ったのだろうか。サンドイッチは自分で作ったのか。具は何が好みで、ごはんやおにぎりを炊いてくることもあるのだろうか。

 そう問うまで、そのお弁当の中身が持ちこたえてくれそうになかった。

 いや、そんなことよりも……

 内側から突き上げる欲求と焦りが、私を蛮勇にはしらせたのだった。


「あのっ、楢柴さん!」


 弁当を食べ終えた彼女は、箸を置いた。そのタイミングに、私は改めて切り出した。


「あの時、手から出てたアレって、なに?」


 踏み込み過ぎただろうか。急ぎ過ぎただろうか。

 言ってから怒涛の後悔が押し寄せてきた。


 怒っているだろうか。それとも、さっきのようにとぼけられるだろうか。

 そう案じながら、私は今自分がとてもマヌケなことを聞いているような気分に陥った。いっそなかったことにしてしまおう。そう思って

「あ、ごめんなさい! へんなこと聞いてしまって、やっぱり私の見間違……」

 うつむきがちになっていた頭を慌てて上げ直す。


 楢柴さんの顔が、その私の鼻先にまで近づいていた。


「視えたのか?」


 長く整った睫毛が、針のようにこちらに向けられていた。

 アロマでも焚いているのか、それとも彼女の身体そのものから発せられているのか。シトラス系統の匂いが、鼻孔をくすぐった。

 だがその声は、真剣味を帯びていた。


 いろんな意味で、いろんな部位にとって、至近の彼女は甘やかな毒だった。一刻も早く彼女から離れたかった。けれど、透明度の高い目が、なにか呪縛のように目を背けることを許してはくれない。偽りを答えることも。


 こくこくと、言葉にできずうなずきだけで肯定する。


「ふーん」と適当な相槌を打ちながら、楢柴さんはすっと目を伏せて顔を引いた。

 思案する風に、あるいは逆に興味を失ったネコのように。


 一年前のクラスメイトとの久しぶりの対話は、そこから特に何もなく、平穏無事に終わったのだった。

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