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トライバルX ~Connect Line~  作者: 瀬戸内弁慶
Line2:アルカナ、メトロ
15/19

9.

 放課後、私は奥村さんに呼び出された。

 楢柴さんの無事を伝えるものだったけれど、ただそれだけなら連絡は入れなかった。ロッカーに入れっぱなしだった楢柴さんの着替えを持ってくるように言われた。


「お待たせしました」

「ご苦労」


 制服を折り畳んで入れたスポーツバッグを抱えて出ると、数時間前と同じように、校門とワゴンの間にいた奥村さんが立っていた。無造作にそれを掴もうとする彼から、私は少し遠ざけた。


「彼女、ケガしたんですか」

「すぐに治る。問題はない」


 奥村さんは非情な物言いをした。けれどもそこには、わざとそういう言い方をする意図を感じさせる響きがあった。


「でも、服は破れたんですよね。だから、取りに行かせたんでしょう」


 奥村さんは不機嫌そうに目をすがめた。多分、図星だ。


「あの、その場合女の子に着替えを手渡すのも奥村さんの役目なんでしょうか」


 見たところ、女性はいなかったですけど。

 そう言い添える前に、奥村さん露骨にため息をついて、アゴで車を突くような仕草をして、今度は自分が運転席へと乗り込んでいった。

 『吉良会』に入って、私が初めて手にした勝利だった。


「べつにいつもじゃない。たいがいは女性スタッフがいるし、あいつが負傷すること自体が多いケースじゃない。ただ今回は急務で準備や手配が不十分だったというだけのことだ」


 後部座席に乗り込むや、車が動き出した。

 言い訳めいた言葉を口にし、そこから「そもそも人員も設備も払底している」とか「予算が下りない」とか、グチが始まる。

 そのグチを「あの」と私は妨げる。彼が私にさせたいことがあって連絡したように、私にも、奥村さんに尋ねたいことがあった。


「……楢柴さんについて、もう少し聞いても良いですか」


 あの美少女の完全体ともいうべき彼女との別れ際、吐かれたセリフが、

「お前は、アタシとは違う」

 という強い口調で矢のように放たれた一言が、どうしても胸のところで引っかかっていた。単に実力とか才能とか、そういうレベルの問題じゃないと、言われている気がしていた。


 私たちを乗せた車が、信号で停まる。

 京の都にあこがれた当時の大名がそのつくりを模倣したという、いわゆる小京都の、整った街並み。そこにレイヤーをかけるようにした居並ぶ、幅広な車道に箱型の建築物。授業を終えた小学生やウチの中等部の生徒たちが、横断歩道を横切っていく。

 緊張感とは程遠い、日常の情景がそこにはあった。


 みずから運転するハンドルにもたれかかるようにして、奥村さんはそれを目で見送った。

 答える気がないのはわかっている。それでも、ここで退いたら、楢柴さんとは透明な壁越しに、当たり障りのないやりとりしかできなくなる。そんなイメージが、未来予想図として私の脳裏に描かれていた。

 それがとてつもなく、イヤだった。ある程度は決められていた私の人生の中で、こんなにも否定したい未来は、はじめてだった。


「……言える範囲のことだけでも、良いんです。それでも私は」

「楢柴アラタはデザイナーベイビーだ」

「彼女のことを知り…………え?」


 信号のLEDが青に切り替わると同時に、車がぐんと勢いづいて発進した。

 前のめりになっていた私は、シートへと押し戻された。


「え、え? あの?」


 あっさりと開示されたキーワード、その意味。いろんなものがないまぜになって、私は餅のように言葉を喉に詰まらせた。


「『お前が食い下がるようであれば、自分の正体をバラしても良い』。アラタからはそう許しをもらっている」

「……いいんですか?」

「別にルーツを他に漏らしたところで戦略的な価値があるわけでもない。もしくはアラタの目論見どおり、お前があいつと距離を置いて、かつての日常に戻るようならな」


 出自、デザイナーベイビー。

 なんとなく聞き覚えがあるような、ないような言葉だった。

 どこから聞こうか、考えあぐねていると、奥村さんからさらに踏み込んだ。


「遺伝子操作によって、都合のよい適正を得た子どものことだ。いろいろと問題視されてはいるが、技術自体は世間に公表されているよりずっと前に確立されていた」

「……じゃあ、楢柴さんは」

「勘違いするな。あいつの容姿や才能、人格自体に手をほどこしたわけじゃない。それは、生まれてからの積み重ねの結果にすぎない」


 私は言わんとしていることは、よほど安易な発想なのか。ことごとく奥村さんに先回りされている。


「ただ、楢柴家は、『象徴化現象』の研究の大家だった。当時の俺もそこの一研究員だった。中でもアラタの祖父にあたる人物は、稀代の生物工学にも通じた天才とされていてな。人工的な『象徴化現象』の因子の精製に成功したた」

「まさか、それって……」

「そうだ。楢柴一族が『象徴化現象』の寵愛を受けた存在だという自負を老人は持っていた。そこで未だ生まれ出でぬ孫娘に、生まれつきその素養があるように設計(デザイン)した。長じてのち、その因子を移植するための苗床、実験体として」


 その方法や細かなことは私にもわかるようにかみ砕いて省略されていた。ただ、それでも分かる、老人の狂気と凄惨さと、スタートラインからそんな渦の中に置かれた楢柴さんの存在が、私の胸を苦しめた。


「しかし、彼女の両親はいたってふつうの感性の持ち主でな。老人の死を機にその計画を凍結し、娘をふつうの女の子として養育したし、『象徴化現象』に関わらせようとはしなかった」

「……だったら、どうして」


 沈みゆく西日のあたる場所に、ワゴンが飛び込んだ。車内に、紅い光が差し込んだ。燃える火のように、あるいは一面に拡がる血潮のように。

 しばらくの沈黙のあと、重い口を彼は開いた。


「『川中島事件』って覚えてるか?」

「あの連続火災の?」


 バックミラー越しに、奥村さんが頷くのが見えた。

 『川中島事件』のというのは、十年ほど前に信州地方一帯を襲った断続的な、そして大規模な火災だ。その被害はあまりに甚大で、万を超える人間が死傷し、その倍する人々が焼け出されて居場所を失った。今も、立ち入り禁止の区域が地方に残っているなど、爪痕は深く刻まれている。

 単純に『火災』だとか『災害』だとか呼ばないのは、その原因が放火やテロによるもの、というのが公式の見解だからだ。


「実はあれは、人間と非人間による、武力衝突による二次災害だ」

「え……?」

「当時、ありとあらゆる『人ならざるものたち』が、結集して人類を打倒しようとしていた。そして、国の内外で暗闘が繰り広げられていた。だが、次第に人間に形勢が傾いていった。追い詰められた彼らが、最後に打ち上げた火花の飛び火。それがあの大災害だ」


 冗談だと笑うなら笑え。低く吐き捨てるように、奥村さんは言った。

 一気にまくしたてられても、にわかには信じられない話ではあった。


「我々も、そこにいた」


 だけど疑念や雑念は、冷えた一言で一気に吹き飛んだ


「『象徴化現象』の戦力投入を恐れた連中が、そこかしこにいた。敵にも、味方にも。今となってはそれを仕掛けたのが《《どっち側》》だったのか、それはどうでもいい話だ。だが親子のいた研究所は爆破され、切絵さんと天佳さん……アラタの両親は死に、あいつ自身も焼かれて死に瀕した。そんな彼女を救うために、我々は当初の計画に立ち返った」

「まさか」

「そうだ。切絵さんが研究用として唯一残していた『象徴化』の種子。それを彼女に植え込んだ。致死の火傷さえも跳ね除ける超人へと引き上げるために。楢柴の遺産を、保護するために」

「保護って、どちらを?」

「……設備の大半が破壊されたあの時、維持できなくなって外気にさらされたあのサンプルが起こす作用を危ぶむ声が多かった。何も起こさず消滅するかもしれない。一方、暴走して二次被害を出す恐れさえあった。そんな中で残された最良の容れ物こそが、楢柴アラタだった」


 老人の妄執を引き継ぎ、それをさえ上回る、狂気の施術。

 その事実だけでも、当時の様子を知るすべもない私をも凍り付かせた。その瞬間に立ち会った


「あの因子が本来どういうものだったか、今となってはわからずじまいだ。それが半死人だったアラタの体内でさらに変異し、どういう影響の下にあぁなったのかも、わからん。ただ言えることは、彼女は助かったどころか一切の後遺症もなく歩き回り、年上に臆面もなくケーキを要求する小生意気な娘に成長したということだけだ」


 だが、という接続詞に、すっかり気力を削がれた私はビクリと身を固めた。


「その彼女の特異性に目をつけたのが『吉良会』だった。彼らは楢柴一族の研究データや設備や人材、一切合切丸ごとみずからの組織に支部として取り込んだ。だが、その最たる本命は楢柴アラタになったことは明らかだ。汎用性の高い戦力や兵器としてな」


 ――まだ、赦されないのか。まだ、放っておいてくれないのか。どうして、ふつうに生きてちゃいけないのか。

 そんな想いが、一部始終を聞いた私の心を焦がした。呼吸のしかたを忘れたかのように、ひとりでに息は弾み、喘ぐように呻いた。益体のないたとえだけれど、ひとりだったら泣いていたかもしれない。


「そんな、そんなのって……!」

「言うな」


 奥村さんは切り捨てるように言った。


「お前がわざわざ言わなくてもわかってる。俺も、あの地獄を見たほかの連中も、他ならぬあいつ自身も。それでも、歯を食いしばって生きていくしかないんだよ」


 また、予測された。先回りをされた。

 うつむいて、スカートの裾の上で拳を握る。

 本当に、自分が薄っぺらいことに気づかされてイヤになる。


 車がふたたび停止した。

 踏切待ち。列車が通過するまでの、わずかな時間が生まれた。


「それでもお前は、まだ踏み込む気か」


 その境界の前にして、奥村さんは尋ねてくる。


「楢柴アラタは徹頭徹尾『向こう側』の人間だ。生まれも、過程も、そしてこれからも、線を超えて摩耗していく。その辛さを知るからこそ、あいつはお前を止めたんだ。それでもまだ、そこに行きたいと思うのか?」


 私は、すぐに答えることができなかった。

 動かしてもいない足がすくむ。あの時の、楢柴さんの『線引き』と、その何かに訴えかけてくるような眼を思い出す。



「そこの曲がった先で、降ろしてもらっていいですか」



 ……けれども、ふだん優柔不断で臆病な自分でも驚くぐらい悩むことはなく、踏切が上がるより先に私は結論を導き出したのだった。

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