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トライバルX ~Connect Line~  作者: 瀬戸内弁慶
Line2:アルカナ、メトロ
11/19

5.

 都心部の要衝たる中央駅。そこを、ちょっとばかり人の目を惹く一団が進んでいた。

 数人の男女で構成された彼らは、作業着やスーツで身を固め、電子機器や、そうと思わしき荷にシートをかけて運んで行く。

 それのみならば人々は目を向けなかっただろうが、無難な装いの彼らに体操服に上から粗悪なジャージを羽織った少女がいれば、否が応でも異物感が強まった。


 そんな少女、楢柴アラタと『吉良会』のサポートメンバーたちは、人通りの多いコンコースから東口へ。地下スペースへと降りる。時代に取り残されたかのような、レトロな雰囲気の市営の駅があるが、そこから背を向け、作業員や駅員用の出入り口から裏手に出る。


 そのまま用途不明の地下道に出る。むき出しの電線や配線板を興味深く眺める彼女に、同伴する右近が言い添えた。


「地下鉄構想計画の一端だ。もっとも、計画したは良いものの、工事は諸事情で中断。再開のめどもついていない」

「そこを、連中が寝ぐらとしていると」


 アラタたちの背の向こう側で、テキパキと、慣れた手つきで資材が組み上げられて、拠点として形成されていく。

 それを横目で見ながら、右近は言った。


「だが、完全に凍結されたわけでもない。アテが出来ればいずれ再開される。だから、そこに居座るよろしくない輩には、早々に立ち退きをお願いしたい、というのがある筋からの依頼だ」


 なんだ、とアラタは小さくて冷たい声をこぼした。

 つまり例のヒーロー気取りの連中は、『吉良会』が自力で見つけたわけではなく、上からの依頼で判明した。そのうえで討伐する名目は、人の生命を奪ったからではなく、行政の都合だ。


「なんか、ていの良い害虫駆除みたいなもんっすよね」


 アラタを除けばもっとも年若い構成員が、漫然と機材を組み立てながら、呆れ気味にぼやいた。右近はその後頭部をはたいて、作業の手を進めさせた。


「事情は呑み込めたか? では、さっそく頼む」


 具体的な指示はなかったが、長年の付き合いで右近が言いたいことをアラタは汲んだ。

 蛇か、あるいは遺跡にはびこるツタのように壁に張り付く回線に手を添える。

 直接電気が流れている必要はない。システムとして正しく機能しているか。ある程度正常な回路が通っているか。彼女が自身の世界のフィルターをかけるには、そこが重要なのだ。


 壁に接した指先から、炎の刻印が疾る。

 回線を媒介に、あるいは滑走路がわりに、その速度を徐々に上げながら、奥へと通じる闇に向けて、拡張していく。


 一種の索敵だった。

 と言っても、直接見えているわけではない。アラタが得ている情報は、聴覚によるものでも嗅覚でもない。強いて言うなれば、触感(てざわり)に近いか。


 その中途まで行ったあたりで、彼女はふいに自分の眼前に白刃が迫ったような感覚に陥った。脳裏に焼きつく、剣のイメージ。明確な敵意。かと思えば胸焼けがするような甘ったるくて生温いよ糖蜜のようなものが絡みつき、それを振り払おうとした次の瞬間、高次の意識世界で歪みが生じて、ぶっつりと、彼女の世界観は途絶えた。


「いたか?」


 前頭葉に鈍痛が射し込む。

 右近の問いかけが、彼女の意識を引き戻した。


「いるし、待ち構えてる」

 しっとりと張り付いた前髪を指で払いながら、アラタは息を漏らし、

「つか、コレ十中八九罠ですって」

 と訴えた。


 答えはない。右近はじっと、アラタを見つめたままだった。

「……『それでも行け』って?」

 皮肉な笑みを口端に浮かべて、アラタは尋ねた。


「まず第一の目標は、奴らを巣穴から追い出すことだ。それがそもそもの依頼だ。それに、人知れず場所を移されれば行方が掴めなくなるし、また被害が出る」


 答えの中に謝罪はない。だが、言い訳もしなかった。

 だがその角張った渋面にわずかばかりの申し訳なさを忍ばせる右近に、アラタは肩をすくめてみせた。


「特別手当でもくださいよ」

「今回だけを例外扱いにはできない」


 その一線をあくまで譲る気のない上司に、チェッと舌打ちを返す。

 だが、彼女にしても、試し半分冗談半分に言ってみただけに過ぎない。元々真っ向から断る理由もなければ、拒むという選択肢がないことも、自覚していた。


 ……ただ、こちらの分限を超えて要求をしない限りは。


 わざとらしくため息をついてみせてから、アラタは闇へと向けて歩き始めた。

「アラタ」

 右近が彼女の名を呼んだ。

「こんなことを言う資格はないかもしれんが……無茶はするな。危なくなったら、しっぽを巻いて逃げて来い」

「そうします」


 手短に答えて、アラタは歩みを止めようとしない。だが、その速度は決して速いとは言えなかった。これは一種の駆け引きだ、と思っている。

 右近は無言でいたが、固い視線が自身の背に留まっているのを、アラタは感じていた。

 やがて、仕方なさげな吐息がこぼれた。


「…………『パティスリー古都』の蜂蜜ロール・上! 一本ッ! それで手を打て!」


 アラタは一度足を止めて、ゆったりと、余裕たっぷりに振り返った。

 そして今まで彼以外のスタッフが見たこともないような良い笑顔で、それぞれの手で丸を作ってみせたのだった。


「いい性格してるなお前!?」

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