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トライバルX ~Connect Line~  作者: 瀬戸内弁慶
Line2:アルカナ、メトロ
10/19

4.

 校門の前に、一台のトレーラーが停まっている。ひとりの男性が直立している。

 思いっきり駐禁エリアをまたいでいるはずなのに、彼が咎められる様子はない。

 運転席では、彼よりも背と歳とが一回りほど上の、メガネの男性が上体を外へと出している。


「遅いぞ。何回コールしたと思っている」


 校舎から現れた彼女の姿を認めると、開口一番そんな悪態をついた。


「すんませんね。楽しい球技大会の練習だったもので」

「あと一回出なかったら学校に突入していた」

「女子更衣室に?」

「って、なんだその格好」

「だから言ったでしょ。球技大会の練習で、体操服ス」

「せめてジャージの上ぐらい着ろ」


 彼女、楢柴アラタは相手の追及を小慣れた感じでいなしながら、車に近づいていく。


「あと、なんだそのヨチヨチついてくるのは」


 まるでカルガモか何かのような彼……奥村右近さんの物言いに、楢柴さんはようやく背後の私に気がついたようだった。

 複雑そうに笑む彼女は、

「ずいぶんレアリティ高い格好で来たな」

 なんて茶化す。


 そこでようやく、私は自分が彼女と同じ体操服姿で思わず来てしまったことを知った。


「きゃっ!」

 私はハーフパンツの下、いつもよりむき出しになった脚を隠すように、とっさに服の裾を伸ばす。


 運転手の人がくわっと目を見開いた。

 メガネのつるを強くつまみ上げながら、身をさらに乗り上げさせて私を凝視する。


 ……そしてそんな彼の頰を、楢柴さんと奥村さんとが、両サイドからビンタで挟み込んだ。


「管区長みずからお出迎えとか、例の連中見つかったんすか」

「そういうことだ」

 楢柴さんは運転手から手を引いて尋ねた。

奥村さんも退いて答えた。


「あの、それって」

 口を挟もうとした矢先に、楢柴さんは振り向いて答えた。


「いや、我が『吉良会』北陸管区の草野球チームに有望な人材が見つかってな。これからスカウトに行くんだ」

「……何か大事な事件があったのね。アプリでも警報出てるし」

「速攻でバレたじゃないすか。やっぱりアプリでなんでもかんでも通知するの、問題なんじゃ」

「……改善の余地は認めるが、今のはお前の死ぬほど下手なウソが原因だぞ」

「マジかよ」


 本人にとっては、ジョークというより巧妙なウソのつもりだったのか。楢柴さんはわりとショックな様子だった。

 ただ一方で、私がそうやってケムに巻かれている、という自覚はある。


「あの、私にも手伝えることがありますかっ?」


 ついて出たのは、彼らにとっても、そして私自身にとっても意外な言葉だった。


「お前には授業があるだろ。とっとと回れ右しろ」

「それは楢柴さんだって同じじゃない」

「アタシは良いんだよ。学校ともそんな段取りになってる」

「それでも、私だって貴方と同じよ」


  適当に私をあしらいながら車に乗り込もうとした楢柴さんは、私の言葉に足を止めた。

「おい」と諫止する奥村さんにも反応せず、つかつかと私のほうへと歩み寄ってくる。


「ほら、私だって『象徴化』が見えるから何かの役に立てると思うし、守ってもらおうとか思わない。足手まといなら見捨ててくれて構わないし」


 それがなんだか理由もなくうれしくて、私からも近づいていく。弁も勇ましく、早いものへとなっていく。


 我ながら、常日頃出ないような積極的な言葉がポンポンと出てくるものだと思う。

 けれども、これ以上黙って眠れない夜を過ごすのはイヤだった。何より、楢柴さんに助けてくれた恩を返したかった。

 さらにその奥底に眠る下心を言えば、彼女に認めてもらいたかったし、平凡な私が誰かにとっての特別になれると思いたかった。

 そんな色々な感情がないまぜになって、私は前へと進み、学校から出ようとした。


 刹那、楢柴さんの手が大きく横に線を引いた。

 その直線の軌道が私と彼女とを切り離した。


 『象徴化現象』……じゃない。物理的に、私と彼女との間に亀裂がはしっていた。その切断面が摩擦の熱で、紅い光を孕んでいる。


 それが何なのか。どうやって生じたのか。そんなことを考えるよりも先に、原始的かつ本能的な恐怖が私の足をすくまで、さっきまであったはずの覚悟を脳内から吹き飛ばした。


「橋子」

 彼女が私の名前を呼ぶ。舗装された道路のように、硬く平坦な声で、


「お前は、アタシとは違う」

 突き放すように、そう言った。

「この線の先は、こんなもんじゃすまねぇぞ」


「……覚悟は、してる……と自分では思ってる」

 ひるみそうになるのをぐっとこらえて、私は最後にこびりついた勇気を振り絞るように、爪先をその境界へとかける。


「軽々しくそれを口にできる時点で、お前は何もわかっちゃいない」

 けれど、楢柴さんはあくまで拒む。その眼力が、それ以上進むことを許さなかった。


「一線っていうのは、超えたらその段階には戻れなくなる。そうやって、戻れなくなる領域が増える。減ることは絶対にない」


 楢柴さんは肩をすくめて、空気を口からこぼす。

 嘲笑とも呆れとも、純粋な息遣いともととれた。


「お前は、そこにいろ。……頼むから」


 困ったように微笑む彼女の顔が、声が、私にはどことなくすがるように感じられた。

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