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蛍華 -keika-  作者: 絢瀬 耀
蛍火
4/16

初めてのデート

「どうしよう、これ・・・」


 穂蛍は手元のチケットを眺めては頭を抱えていた。元々は杏奈と一緒に行くはずだった映画のチケットだが、杏奈が急に行けなくなったと言ってきたために手元に二枚残ってしまったのだ。

 友人関係の少ない穂蛍には他に誘う相手はいない。一枚だけなら一人で行ったところだが、二枚となると勿体なさが上回ってしまいどうしても捨てきれなかった。

 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴り響く。母親である神代早紀かみしろさきがいそいそと玄関へと向かっていく音が聞こえる。なにやら和気藹藹とした声が聞こえる。専業主婦である早紀は近隣の住民とも仲が良い。その誰かが来たのだろうと穂蛍は思っていた。ところが、その予想は大きく外れることになった。

 階段を上る足音が聞こえ、コンコンと穂蛍の部屋の扉がノックされる。母であればノックはせずに扉をあけ放つはずである。不思議に思いながらも、扉を開いた。

 そこにはぎこちない表情の慶輔が立っていた。その背後では母が口元を抑えてニヤニヤしている。何が起きているのか分からず穂蛍はそのままゆっくりと扉を閉めてしまった。


「こら、穂蛍。天海くんに失礼でしょ。」

「え・・・あ・・・なんで・・・?」


 母に怒られ、再び扉を開く。どうか夢であってくれと願うも、現実は変わらない。目の前にはやはり慶輔が立っていた。


「いや、伊庭に神代が困ってるって連絡を受けたから・・・迷惑だったら帰るけど・・・。」

「め・・・滅相もございませ・・・ん・・・」


 声が上擦りながら、言葉遣いもおかしくなる。あまりのヘンテコ具合に慶輔も思わず噴き出した。恥ずかしさで穂蛍はいっそのこと消えてしまいたいとさえ思っていた。


「あの・・・下に行くんで・・・待っててください。」


 再び、扉がばたりと閉まる。


「ごめんね、穂蛍ったら恥ずかしがりだから。」

「あ、いえ。急に押しかけた俺にも問題がありますし。」

「あなたが穂蛍の言ってた天海くんね?」

「え、神代が何か言ってたんですか?」


 リビングに案内された慶輔に早紀が問いかけてくる。よもや穂蛍が自分のことを話しているとは思ってもみなかった慶輔は少々、嬉しく感じた。早紀は、慶輔の前に冷たい緑茶を差し出した。


「あの子がね、初めて私に我儘を言ったの。それって天海くんが原因でしょ?」

「原因・・・かどうかは分からないですけど、なんかすいません。」

「いいえ、逆よ。感謝してるの。」


 夏休みに入る前日、学校から帰ってきた穂蛍は帰ってきてそうそう、制服もそのままに母へと海に行きたいと打診した。今まで穂蛍から何かがしたいと聞いた記憶の無い早紀は一瞬、自分の耳を疑った。だが再度、穂蛍から同じ願いをされたことでそれが聞き間違いじゃなかったと確信した。

 早紀はそれが嬉しかった。体が弱く、なにをするにも遠慮がちだった自分の娘が初めて自分の意思をハッキリと示したのだ。


「ダメ・・・かな・・・?」

「ダメなわけないじゃない。いいわよ、いってらっしゃい。でも、体調には気を付けるのよ。」


 許可が出たときの穂蛍の表情は見たことのない表情だった。娘がこんな顔をするのかと思うとやや寂しくも思う反面、やはり親としての喜びが上回った。


「一緒に行くのって、友達?」

「うん・・・。」

「もしかして、男の子?」


 先ほどまで嬉々としていた穂蛍の表情がだんだんと赤くなり、無言で頷いた。あぁ、なるほどそういうことか。早紀は娘の恋路を察した。きっとその友達おとこのこが娘を変えたのだろう。

 それからというものの、ショッピングに行った日は帰ってきてから何度も水着をあてがっては下ろしてを繰り返していたと言うのだ。

 それらを聞いた慶輔は、自分の事ではないのだがなにやら恥ずかしさがこみあげてきた。


「これからも、あの子と仲良くしてあげてね。」

「・・・はい。」


 話し込んでいると落ち着いたのか、先ほどまでの慌てぶりを隠した穂蛍がリビングにやってきた。着替えたのか、部屋にいた時よりかは幾分かオシャレになっている。


「それじゃ、お邪魔ものは買い物に行ってくるわね。穂蛍、しっかりするのよ。」


 それだけを言い残すと、早紀は手提げのかばんを持って買い物に行ってしまった。後に残された慶輔と穂蛍。カランと、緑茶に入った氷が揺れ動いた。


「なんか・・・サバサバしたお母さんだな。」

「ちょっと・・・お節介・・・ですけど・・・。」

「良いんじゃないか?俺はああいう人、好きだけど。」

「天海くんは・・・お母さんみたいな人が・・・タイプ・・・ですか?」

「へっ?」


 穂蛍がじっと慶輔の顔を見つめてくる。真っ黒なくりっとした瞳に見つめられていると、吸い込まれてしまうのではないかという錯覚さえ覚える。見つめていた穂蛍は、自分が盛大な勘違いをしたことに気づき、慌てて両手を左右に振った。その小動物の様な動作に慶輔は愛らしささえ感じた。


「あっと、そうだ。なにか要件があったんじゃないのか?」


 慶輔の問いに思い出したかのように、穂蛍はハッとして一組のチケットをおずおずと差し出した。慶輔はそれを受け取ると印字面を眺めた。

 いたって普通の映画のチケット、これのどこに困りごとがあるのだろうか。


「あの・・・最初は・・・杏奈と行くはず・・・だったんですけど・・・急に行けなくなったみたいで・・・で、よければ・・・一緒に・・・。」

「俺でいいの?」

「あ、いえ、嫌でしたら・・・断っていただいても・・・」

「あ、いや、嫌ってわけじゃないんだが・・・これってデートだよな?」


 デートの言葉を聞いた穂蛍は頭の頂点が爆発したような熱さを感じた。よくよく見てみれば、観にいこうとしている映画は恋愛映画。原作の小説が好きだったからという理由で行こうとしていた過去の自分を攻めたてたくなった。

 

「じゃあ、行こうか。」

「え、いいんですか?」


 机を叩きながら立ち上がる。突然の行動に、さすがの慶輔も腰が引ける。そんな彼の様子を見た穂蛍は、するすると小さくなっていきながら席に戻った。

 

「神代と一緒に行けるんだ。嫌なわけあるか。」

「え、それって・・・」


 穂蛍の言葉を最後まで聞かずに慶輔は、彼女の手を取った。穂蛍は何かを言いかけたが、もはやどうでもよいと思い、そのまま手をつないだまま二人は玄関から出ていった。

 氷の解けた緑茶は窓からの光を机に反射させていた。

 

 映画館は夏休み時ということもあり満席だった。席に着き、辺りを見回してもカップルしかいない。


「これから観る映画の内容、全然分かんないんだけど。」

「えっと・・・もともとは小説で・・・病弱な女の子と・・・クラスメートの男の子の話です・・・」

「はは、まるで俺らみたいだな。」


 慶輔に言われ、穂蛍はやや顔を俯けた。思い返してみれば、たしかに自分たちの境遇に似ているようにも思う。もしかすると穂蛍は作品の登場人物に自分を重ね合わせていたのかもしれない。

 ほどなくして劇場内が暗くなっていく。

 映画が始まり、穂蛍は見ているうちに残念な感想を抱き始めていた。作品のあらすじは原作をなぞっていはいるものの、大事な部分がごっそりとカットされており、役者の演技も下手だと感じた。

 退屈に感じていると、不意に手に何かが触れた。そっと目線をそちらに向けると、慶輔が穂蛍の手に手を重ねてきていた。そのまま目線を慶輔の顔に向けると、薄暗がりでよくは見えないが緊張しているような面持ちだった。

 慶輔の心臓は今にも破裂しそうなほど早く動いていた。彼は勇気を振り絞って、それとなく手を重ねるということをやろうとしていた。ゆっくりと、自分の緊張を悟られないように。

 穂蛍の手に重ね合わせたとき、一瞬だけ穂蛍の手がピクリと反応したような気がした。しかし、それ以上の反応はなく、映画が終わるまでそのままでいることが出来た。

 場内が明るくなり、映画の終わりを告げる。穂蛍は重なった手を離すまいと握りしめた。


「あの・・・このあと・・・お時間、ありますか・・・?」

「あぁ、まぁ、暇だけど。」

「その・・・よかったら、行ってみたいところがあるんですけど・・・!」


 言われるがままに穂蛍に連れていかれた先はゲームセンターだった。意外と言えば意外だったが、穂蛍とて高校生。こういった場所に興味があってもおかしくはない。

 

「これ・・・一度、やってみたかったんです・・・」

「これは、プリクラか?」


 穂蛍が恥ずかしそうに指さしたのはプリクラ機だった。慶輔自身はプリクラを使ったことはないが、やり方は分かっている。申し訳なさそうにする穂蛍をカーテンの中へと押し込む。

 その隙に、慶輔は手持ちの小銭を機械へと投入した。


「中って・・・こうなってるんですね・・・」

「さて、まぁまずは写真を撮るわけだが・・・」


 きょとんとしたままの穂蛍を定位置に立たせる。そして、慶輔はカメラの位置を教えながら自分も穂蛍の隣に立った。

 間髪開けずにシャッターが切られる。


「えっ!?今ので・・・」

「あぁ、一回目が終わったな。」

「も、もう一回お願いしますっ!」

「大丈夫、あと何回か撮るから。」


 慌てる穂蛍を見ながら、慶輔はにこやかに答えた。いつも落ち着いた雰囲気の穂蛍が見せない表情で新鮮だった。

 それから数回、シャッターが切られたがその都度、穂蛍はパタパタと手を振ってはもう一度と言っていた。


「さて、次は落書きだ。」

「落書き・・・ですか?」

「このペンで、画面をいじると・・・ほら。」


 慶輔がペンで写真をタッチすると、日付の入ったスタンプが表示された。それに倣うように穂蛍も、ペンでスタンプや文字を書き入れていく。


「ふふ、天海くんの目、すっごく大きくなってます。」

「そういう神代だって、キョトンとした顔してるぞ。」

「あれは・・・まだタイミングが分からなかったからで・・・ふふ。」


 二人は笑いながら制限時間いっぱいまで筆を走らせた。そして出来上がったプリントシールは世界にたった一つしかない代物となった。

 穂蛍は初めてのプリクラを大事に財布の中へと仕舞い込んだ。

 ゲームセンターの外へと出ると、日はどっぷりと落ち辺りは薄暗くなっていた。繁華街は学生たちの賑わいから、帰宅を急ぐサラリーマンの足音へと変わっていた。


「今日はありがとうございました・・・。」

「よかった。」

「えっ?」

「楽しんでもらえたみたいだし、神代、前に比べてハキハキ喋るようになってるし。」


 言われて初めて気づく。意識してこなかったが、穂蛍は喋り方に微妙な変化が出てきていた。自分でも何が変化したのかは分からなかった。ただ一つ、穂蛍の中の燻りは心地よいモノに変わっていた。

 

「折角だし、送っていくよ。」


 慶輔が手を出す。しかし、瞬間的に手を引っ込めてしまった。無意識に手をつなごうとしたことに慶輔自身が驚いていた。だが、穂蛍は引っ込めた慶輔の手を取った。


「お願いします。」


 にこやかな笑顔で穂蛍は応えた。その笑顔を見た瞬間、慶輔は意識的に目線を穂蛍から逸らしていた。しかし、穂蛍は気づいた。映画を見ていた時よりも慶輔の顔が赤く染まっていたことに。

 そんな慶輔を可愛らしいと思いながら、穂蛍は手のひらの温もりをいつまでも感じていたいと願った。

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