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蛍華 -keika-  作者: 絢瀬 耀
蛍火
3/16

綾峰翼

 日に日に暑くなっていく気温を恨みながら慶輔は、時計を眺めた。時刻は9時30分、待ち合わせの10時よりはまだ30分も時間があった。楽しみにしていたわけではないと言うと嘘になるが、早く到着するつもりなど彼には毛頭なかった。それでも早くに到着してしまったのはひとえに彼の性格からだった。


「あの・・・お待たせしました・・・。」


 背後から声をかけられる。振り返るとそこには、夏らしく純白のワンピースに身を包んだ穂蛍の姿があった。その白い服装は穂蛍の色素の薄い肌をより美麗なものに仕上げていた。

 じっと見つめていると、穂蛍は恥ずかしそうに顔を俯いけた。


「あの・・・やっぱり似合いません・・・よね。」

「いや、むしろ似合いすぎて言葉が出ないって言うか・・・」


 慣れない状況に慶輔の言葉も詰まる。一刻も早く、他の誰かが来てくれることを願ったのは生まれた初めてだった。

 

「今日は・・・何を買うんですか・・・?」

「一応、予定としては向こうで使うだろう一式と、あとは遊びのための用品かな。」

「実は・・・海に行くのは・・・初めてで・・・。」

「海、行ったことないのか。へぇ、じゃあ海デビューだ。」


 他愛のない話をしていると、遠くから雅樹たちの声が聞こえてきた。よく見ると見慣れない女の子が何人かいた。おそらく、雅樹の言っていた後輩の子たちだろう。その中の一人を見て、慶輔は渋面を作った。


「天海センパーイ!」

「綾峰・・・っ」


 少女の一人が慶輔に飛びつき、襟元までのショートカットが風に揺れる。勢いに圧倒され、危うく尻餅をつきそうになるも慶輔は踏ん張り堪える。そんなことはお構いなしに少女は、まるで主人に会えた子犬のようにじゃれついてくる。


「あの・・・この方は・・・?」

「あぁ、コイツは・・・」

綾峰翼あやみねつばさ、先輩の後輩をやってますっ!」


 慶輔の言葉を遮るように、翼が答える。あまりの勢いに穂蛍も驚き、目をパチクリとさせている。

 そんな翼の襟首ををもう一人の少女が引っ張り、慶輔から引きはがす。


「もう、翼ちゃん。そんな風にしたら天海先輩に迷惑でしょうがっ!」

「うえー・・・萌衣ちゃん、もっと優しくぅー・・・」


 松原萌衣まつばらめいに引きずられるように離されていく翼。慶輔と穂蛍はただそれを見ているだけだった。そんな二人のもとに雅樹、雄太、杏奈も合流する。


「ごめんね、遅くなっちゃって。」

「いや、時間としてはこっちが早いだけなんだがな。」

「とかなんとか言って、実は二人でなんかしてたんじゃないの?」

「お前たちの思っているようなことは一切ないっ!」


 一同はこれからどうするか、簡単に話し合った。結果、男と女でグループ分けをしてショッピングをすることになった。男子はバーベキュー用品や花火などを、女子は水着や生活用品などを物色する流れとなった。


「じゃあ、昼ごろにフードコートで待ち合わせをしよう。」

「はいはい、またあとでね。」


 バーベキュー用品のコーナーにやってきた慶輔たちは、炭や火器などを探していた。


「なぁ、実際のとこ神代とどこまで行ってんだ?」

「何を言ってるんだ、お前は。」

「いや、だってよ。最近、お前ずっと神代と一緒じゃん。」


 雅樹が深読みをしながら問いかけてくる。彼は慶輔と穂蛍が付き合っているのだと思っているようだ。だが、慶輔にとってはそのような感覚はないために彼の質問の意図が理解できなかった。


「でも、どっちを選ぶかきちんとした方が良いぞ。」

「だから、何を言っているんだお前は。」

「翼ちゃんのことだよ。」

「あー・・・あいつか・・・」


 慶輔にとって翼もまたただの後輩の一人だという認識でしかない。なぜ彼女がここまで慶輔に拘るのかさえ把握できていない。慶輔は、きっと翼にとって兄のようだと思われているのだろうと考えていた。


「そういえば伊庭にも言われたな・・・神代の事をどう思っているかって。」

「お前はどう思ってるんだ?」

「うーん・・・わかんねぇんだよな。」


 今まで何も感じなかったわけではないが、慶輔は胸の中のもやもやを言葉にすることが出来なかった。言葉で表せられるほど簡単ではなかった。

 何かを察したのか雅樹はニヤニヤしてはいたが、これ以上の追及をすることはなかった。

 

「神代先輩は天海先輩と付き合ってるんですか?」

「えっ・・・?」


 不満げに穂蛍を睨みながら翼が問いかける。先ほどのやり取りと目の前の表情を見れば、恋愛事情に疎い穂蛍でも翼が彼を慕っていると理解するには充分だった。

 

「いえ・・・とくにお付き合いなどは・・・」

「じゃあ、天海先輩の事が好きなんですか?」


 歯に衣着せずに突っ込んでくる翼に、ついぞ穂蛍の言葉も詰まる。穂蛍には誰かを好きになるという経験がなかった。そのため、好きという感情がどのようなものか分からなかった。しかし、ここ数日で彼女にも思い当たる節は何度かあった。慶輔のことを考えると鼓動が早くなり、心の中に言葉にし難い不思議なものが湧きあがる。これが好きという感情なのだろうか。考えがまとまる前に穂蛍は口から言葉が出ていた。


「おそらく・・・好き・・・なんだと思います。」

「へぇ、じゃあ神代先輩はライバルですっ!」


 翼の返答は意外なものだった。てっきり翼は何か不満ごとを言うのではないかと思っていたが、彼女の瞳は良き好敵手が現れたと満足げなものだった。

 

「綾峰さんは・・・どうして、天海くんのことを・・・?」

「天海先輩は優しい人ですから。」


 翼が高校に入学したとき、右も左も分からなかった彼女にいろいろと教えたのが慶輔だった。以降、翼はことあるごとに慶輔に絡みにいっていた。

 穂蛍は少し翼が羨ましいと感じた。おそらく慶輔と触れ合っている時間は自分よりも多いのだろう。それだけに、自分の知らない彼の姿も見ているのではないかと考えたのだ。

 

「お嬢ちゃんたち暇?もしよかったらお兄さんたちと一緒にお茶しない?」


 考えに耽っていた穂蛍に声がかけられる。見るからに遊んでいそうな男が数人、穂蛍と翼を囲んでいた。萌衣や杏奈に助けを求めようにも姿が見えない。そして、意外にも翼も怯えてしまい動けずにいた。

 穂蛍は恐怖を感じながらも、翼を庇うように背後に立たせた。


「すみません・・・連れが待ってるので・・・」

「えー、いいじゃん。二人ともカワイイし、奢るよ?」


 その場から逃れようとするが、なおもしつこく詰め寄ってくる男たちに阻まれ動けない。どうしていいか分からない穂蛍の不安は急激に大きくなっていく。男たちの手が穂蛍を掴もうとしたときだった。


「ちょっとすいませんねー。行くぞ。」

「えっ・・・あっ・・・」


 突然、穂蛍と翼の手が引かれる。彼女たちは導かれるままに引かれていく。いつしか呆気にとられている男たちをしり目にそそくさと場所を変える。どうやら逃げ切れたようで男たちは追ってこなかった。


「伊庭と松原に言われて何事かと思って行ってみりゃ、なんだかお前らが巻き込まれてるし・・・大丈夫か?」

「私は・・・大丈夫・・・です。」


 普段は元気な翼も意気消沈し、かなりしおらしくなっている。穂蛍も強がってはいるが、手の震えが止まらなかった。それは繋いだままの慶輔の手を伝わり、彼に届いていた。慶輔は繋いでいた手を離そうとした。しかし、穂蛍も翼もその手を強く握りしめた。


「もう少し・・・このままで・・・いいですか?」

「先輩、お願いします。」


 慶輔は何も言わずに、そのまま三人でフードコートに向かった。その間も慶輔の手を握る穂蛍の手はずっと震えたままだった。

 フードコートには雅樹、雄太、杏奈、萌衣が既に集っていた。そして、杏奈と萌衣は穂蛍と翼を見るや否や、すぐに謝罪の言葉をかけた。


「ごめん、穂蛍!翼ちゃん!二人が大変な目に合ってるのは分かってたんだけど・・・怖くなって・・・」

「大丈夫です・・・おかげで・・・」


 穂蛍の言葉を聞いた杏奈は、繋がれた手を見てにこやかに笑った。

 名残惜しそうにしていたが、さすがに人前では恥ずかしくなってきたのか穂蛍は自分から繋いだ手を離した。席に着いた慶輔の脇腹を雅樹が小突く。

 昼食を取りながら一行は午後をどうするか話すことにした。目的の品物はすでに買い終えている。

 

「あ、そういえばまだ水着買ってないっ!」

「杏奈・・・その袋に入っているのは・・・」

「私のじゃなくて・・・」


 杏奈の手元には確かに彼女の新しい水着がある。しかし、どうやら杏奈の目的は違うところにあるようだった。

 杏奈は穂蛍の手を引っ張り足早に水着売り場へと向かった。ここまで来て、穂蛍も杏奈が何をしたいのか合点がいった。


「あの・・・私のは・・・古いのがあるし・・・」

「ダメダメっ!今年の夏は攻めなきゃ!」


 楽しげな鼻唄混じりに杏奈は、次々に水着を手に取っては穂蛍に渡していく。中には際どいものも混じっている。それらを着た自分の姿を想像しては恥ずかしさで顔を赤らめる。

 

「目ぼしいのはこのぐらいかなー。」

「あの・・・本当に着る・・・の?」

「もちろん。着なきゃ意味ないでしょ。ささ、早く試着室にゴーっ!」


 杏奈は嫌そうな顔をする穂蛍を無理矢理に試着室へと押し込んだ。その時の杏奈の表情に、穂蛍は気づく由もなかった。

 試着室に押し込まれた穂蛍は、マシな水着は無いかとカゴの中を漁った。その中に、ホルタ―ネックとパレオを組み合わせたタイプのものがあった。まっ白なそれは今着ているワンピースに比較的、似たデザインをしていた。脳裏に待ち合わせの時の慶輔の言葉が思い浮かんだ。これなら彼は似合うと言ってくれるだろうか。

 

「終わったー?」

「い・・・いま、終わりました・・・」


 カーテンの向こう側から杏奈の催促が聞こえてくる。先ほどまでの考えを振り払い、出来る限り早く着替えを済ませて、勢いよくカーテンを開いた。

 そこには杏奈・・・だけではなく慶輔の姿もあった。目の前の慶輔は、まるでハトが豆鉄砲を喰らったかのように唖然としていた。同時に穂蛍の思考も止まる。


「ほら、天海くん。感想は?」

「あ、に・・・似合ってるぞ。」


 正気に戻った慶輔の感想を聞き終えるか否かと言う速さで逃げるように穂蛍はカーテンを閉めた。あまりに突然の出来事で穂蛍の脳のキャパシティは限界を迎えていた。

 水着から着替えた穂蛍は顔を真っ赤にしたまま試着室から出てきた。その際、潤んだ瞳で杏奈を睨んだ。言葉にならない感情が溢れては消えていく。


「やっぱ、こういうのは他の人に選んでもらうのが一番でしょ。」

「杏奈・・・急すぎる・・・っ!」

「まぁ、でも似合ってたと思うぞ。お前にピッタリだったと思う。」


 似合っている、その言葉を聞いただけで穂蛍の心臓は再び鼓動を早くする。


「どうする?他のも・・・」

「これに・・・します。」


 食い気味に意思を示す穂蛍。杏奈はそんな彼女の様子を見て、やっぱりといった表情をした。気づけば慶輔の姿は消えていた。辺りを見回すも、見つからない。


「・・・天海くんは?」

「天海くんなら、さっき綾峰さんに連れていかれたよ。あの子も水着を買うんだって。」


 穂蛍の心中にチクチクとした痛みが走った。今までの言葉に出来ないモヤモヤとは違う嫌な感じの痛み。穂蛍は会計を済ませるとすぐに慶輔を探しに走った。

 

「先輩、こっちとこっちのどっちがいいと思いますか?」

「うーん・・・こっちの方が綾峰に合ってるんじゃないか?」

「じゃあ、これにします!」


 仲良さそうにショッピングを楽しむ翼と慶輔の姿を見た瞬間、穂蛍の胸の痛みがさらに大きくなっていた。そして、気づけば穂蛍は慶輔の腕に抱きついていた。

 

「か、神代・・・?」

「あっ・・・いえ、なんでも・・・」


 自分の行動が恥ずかしくなった穂蛍は、すぐに慶輔の腕から離れる。慶輔も翼も、杏奈でさえも穂蛍の突然の行動に唖然としていた。

 穂蛍自身もなぜこのような行動に走ったのか分からない。しかし、少なくとも胸の痛みは幾分か治まったように思えた。

 

 いつのまにやら外は夕暮れ時。一行は解散し、次に会うときは旅行当日となった。


「それじゃあ、先輩。また旅行で!」


 萌衣と翼は一足早く、帰っていった。残ったメンバーも帰ろうとした時だった。


「天海くん、家の方向一緒だから穂蛍のこと送っていってよ。」

「「えっ!?」」


 慶輔と穂蛍が顔を見合わせつつ驚く。お互いに住所が近隣だと知らなかったのだ。普段であれば、杏奈は悪戯気にウインクをする。二人きりにしようという魂胆なのだろう。

 

「じゃ、またね。」


 杏奈はさっさと雅樹と雄太を連れて帰っていった。あとに残される慶輔と穂蛍の二人。昼間の事もあり、微妙に気まずさが残る。


「あー・・・じゃあ、帰るか・・・。」


 夕方のショッピングモールは、まばらとはいえ人の波は多い。気づけば慶輔は無意識のうちに穂蛍の手を握っていた。穂蛍も拒むでもなく強く握り返した。

 恥ずかしい感覚よりも、むしろ安心する不思議な気持ち。穂蛍は彼の手の温もりを逃がさぬように両手で包み込んだ。それはショッピングモールを抜け、人が少なくなっても離れることはなかった。

 ずっとこのまま時が止まればいいのに。穂蛍はいつしかそう考えるようになっていた。しかし、現実はそうもいかない。

 気づけば穂蛍の家の近くまで到着していた。


「あ・・・私・・・ここなんで・・・」

「そっか、今日はお疲れ。俺はあっちだから。」

「あの・・・っ!」


 去っていく慶輔の背中に穂蛍の精一杯の声がかかる。足を止め、慶輔は振り向いた。


「きょ、今日は・・・ありがとうございました・・・っ!お・・・おやすみなさいっ!」


 それだけを言い残すと、穂蛍は勢いよく扉を開けては間髪入れずにバタンと音を立てて閉めた。あまりの勢いに慶輔は何も言うことが出来ずにただ立ち尽くした。そして、その場で膝から崩れ落ちた。

 

「え、いま、ありがとうって・・・?」


 抑えきれない笑みを隠しながら慶輔は、嬉々とした歩幅で帰路を急いだ。

 まだ夏休みは始まったばかりだった。

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