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蛍華 -keika-  作者: 絢瀬 耀
蛍火
2/16

始まる夏休み

「寝不足と軽い脱水症状、夏休み前でテンションが上がるのはいいけど体調管理はしっかりしなきゃダメよ。」


 太陽がもっとも高くなる時間、慶輔は火照る額を濡らした布で押さえながらベッドに横たわっていた。慶輔は終業式の最中に熱中症で倒れ保健室へと搬送されたのだった。前日に問われた杏奈の問いが頭の中を駆け巡り、どうしても穂蛍のことを考えてしまい眠れなかったのだ。

 よもや自分が倒れるとは思っていなかった慶輔は、不甲斐なさに顔を歪めた。

 養護教務は職員会議があるからと出ていき、残された慶輔は全身を白いベッドに広げた。学校の全設備の中で唯一、冷房具がある保健室は学生にとって天国だった。

 遠くからは校長の話だろうか、かすかにマイクの音が聞こえてくる。話が長いことで有名な校長の話に付き合わされる学生たちを思うと、やや悪いような気もしたが体調不良なら仕方ないと言い訳をして慶輔は文明の利器を存分に享受することにした。

 とはいえ、体調も回復してきた今となってはいささか手持無沙汰を感じた。

 ふと、先ほどからずっと閉まり切っていたカーテンに気付いた。そして、その向こう側に誰かがいる気配もしている。

 よく目を凝らしてカーテンを見つめると、隙間から人の目がこちらを眺めていた。


「うぉっ!?」


 あまりにもホラーな状況に慶輔は、尻餅をついてしまった。痛む臀部を摩りながら、カーテンの方へと再び目を向ける。


「あの・・・大丈夫ですか・・・?」

「あ、うん。なんとか。」


 カーテンを盾にするように、隙間からひょっこりと顔を出してくる瞳の持ち主。その目元を覆い隠すような前髪、病的なまでに白い肌。穂蛍だった。

 相手が幽霊的存在でないことが分かっただけでも、慶輔はやや安堵のため息を漏らした。静寂が保健室を包み込む。静寂が苦手な慶輔は、必死に頭をひねって会話のタネを探す。

 

「いやぁ、熱中症で倒れちゃってさ。夏ってやっぱヤベェな。」


 返事はないが、カーテンの隙間から此方を窺っているのは見えていた。拒絶されているわけではないようだった。ふと、先ほどの状況を思い出した。カーテンから瞳が見えていたという事は、穂蛍は慶輔を見ていたことになる。


「もしかして、神代。こっちを見てた?」

「見て・・・ません・・・・・・」

「いや、でも隙間から・・・」

「絶対に・・・見てません・・・」

「あ、もしかして・・・」


 慶輔の言葉に、穂蛍は一瞬の動揺を見せた。しかし、慶輔はそれには気が付かなかった。


「心配してくれたのか?大丈夫、大丈夫。もう元気だし。」


 穂蛍は安堵と不満が入り混じった複雑な心境にいたが、慶輔はそれに気が付くほど洞察力は優れていなかった。


「神代も熱中症か?」

「違い・・・ます・・・私、身体が弱いから・・・夏は・・・」


 初めて穂蛍からの返答。具体性には欠けるが、穂蛍と会話が成り立ったという事実が彼にとってはうれしかった。それからというもの、慶輔と穂蛍は仲睦まじく談笑を繰り返した。

 もっとも喋っているのは慶輔だけで、穂蛍は彼の話を聞いているだけだった。それでも、穂蛍は嫌な顔をせず、むしろ普段見せないような柔和な表情を浮かべていた。初めて見た穂蛍の表情に慶輔は胸の奥が高鳴ったような気がした。今まで感じたことのないような違和感。

 不意に先日の杏奈の言葉が思い出される。だが、すぐに慶輔は頭を左右に振り、その考えを捨て去った。

 チャイムが鳴り響き、廊下からざわざわとした喧騒が聞こえてくる。おそらく、終業式が終わり生徒たちが教室へと戻っているのだろう。


「だいぶ、気分も良くなったし・・・神代はどうする?」

「あ・・・えと・・・私も・・・戻り・・・ます。」


 たどたどしくながら、穂蛍はカーテンの隙間から返事を返した。そして、ベッドから穂蛍が降りようとした時だった。

 足が絡まったのか、穂蛍はそのまま転倒しそうになる。咄嗟に慶輔が支えることで難を逃れたが、二人の距離は当然ながらかなり近づいていた。

 お互いに目の前にある顔を見つめあう。まるで自分たち以外の全てが止まってしまったかのように世界が固まる。慶輔は何事もなかったかのように装い、少し距離を作る。

 彼は自分の鼓動が早まっていることを気づかれたくはなかった。もっとも、穂蛍もまた鼓動が早まっていたのだが。

 

「あー、えっと・・・とりあえず、教室に戻るか。」


 穂蛍は無言で小さくコクリと頷いた。その顔は、外で照り輝く太陽にも負けず劣らず赤く染まっていた。

 教室ではすでに準備を終え、続々とクラスメートたちが帰宅の路についていた。人もまばらになった教室では、雅樹や雄太、杏奈が待っていた。

 

「あ、戻ってきた。あれ、穂蛍も一緒なんだ。」

「おいおい、二人でいったい何をしてきたのかな?」


 冗談交じりに雅樹が茶化してくる。いつものことだと慶輔は慌てることなくやんわりと否定の意を示したが、慣れていない穂蛍は先ほどのこともあり小さく縮こまりながら顔を赤らめていた。

 したり顔の杏奈がニヤニヤと笑っている。否定をしたかった慶輔だが、これ以上なにかを言ったところで墓穴にしかならないと察し、話題の変換を試みた。


「明日から夏休みだが、もう海に行く手筈は整っているのか?」

「その辺は大丈夫、明日みんなで買い物に行くから。もちろん慶輔も来るよね?」


 雄太の問いに、もちろんと軽くうなずく。

 そんな彼らの会話を聞いていた穂蛍は、そそくさと帰ろうとしていた。自分には関係のない話だと思っていたからだ。帰ろうとする穂蛍に杏奈が声をかける。


「穂蛍も一緒に海に行かない?」

「え・・・でも・・・・私・・・」

「無理のしない範囲ならきっと大丈夫だって!それに・・・。」


 杏奈は途中で言葉を止め、ちらりと慶輔の方を見た。穂蛍には彼女が何を言おうとしているのか瞬時に理解できた。意識した瞬間、再び顔が熱くなってくる。

 

「なにしてんだ、伊庭?」

「穂蛍も一緒に行かないかって誘ってるの。別に一人ぐらい増えたってかまわないでしょ?」

「いや、でもコイツは体が弱いらしいし・・・。」

「行きます。」


 今までにないほどハッキリとした声で穂蛍は答えた。驚きの表情を浮かべる慶輔と、喜びの笑みを浮かべる杏奈。穂蛍の目は真剣なモノだった。

 

「オッケー、決まりだな。じゃあ、明日は事前準備ってことで買い物だ。場所はいつものショッピングモールな!」


 かくして長い夏休みは幕を開けたのだった。

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