別離
学園祭の後、華菜の周りは前にも増して騒々しくなっていた。
大手レーベルからのスカウト。その事実がいつの間にかクラス中、果てには学校中に広まっていた。
「どうしてすぐに受けなかったの?華菜の夢だったでしょ?」
杏奈の言うとおり、華菜はスカウトを一度、保留にしてもらうように直訴していた。歌が好きな華菜であれば、すぐにでもオーケーを出すものだと思っていた彼女にとってその応対は意外なものだった。
「なんでかな? 自分でも分からないんだよね。」
華菜の目は隣の席に向いていた。慶輔は、その視線には気付かず窓の外を眺めていた。
彼の心中は穏やかではなかった。確かに華菜は世界に羽ばたける実力を持っていると素人ながらにも思っていた。しかし、それは彼女との別離を意味する。慶輔は素直に背中を押すことが出来ずにいた。
「天海くんは……どう思う?」
「華菜なら、出来るとは思う。思うけど……」
華菜の言葉に歯切れ悪く返した慶輔。おそらく華菜も慶輔の心中を察しているのだろう。それ以上の追及はなかった。
帰り道、慶輔は普段とは異なる道を歩んでいた。夕暮れの中に連なる墓標。穂蛍がここに眠っていた。
慶輔は線香を供えると、墓標に向かって手を合わせた。
「なぁ、穂蛍。俺はどうしたらいいんだろうな。華菜の夢は応援したい。でも、アイツがいなくなるのは…少し寂しいんだ。ほんの数ヶ月ぐらいしか経ってないのにな」
穂蛍のことを忘れたわけではない。未だに彼の中では穂蛍との記憶が占めている。それでも、いつしか慶輔は華菜に惹かれつつあった。
「なんて、変なこと相談しちゃったな」
「天海くん?」
不意に背後から声がかかる。振り返るとそこには杏奈の姿があった。彼女もまた穂蛍の墓参りに来たのだろう。
「もしかして、今の聞いてたか?」
「うん、バッチリと」
恥ずかしそうに顔を背ける慶輔に、杏奈はくすりと微笑んだ。ただ無言で二人は墓石を丁寧に磨いていく。
「さっきのさ、華菜には言わないの?」
「言えるわけないだろ、俺のワガママでアイツの夢を潰すわけにいかないし」
「鈍感」
杏奈の言葉に、慶輔の手が止まる。鈍感とはどういう意味だろうか。
「華菜がなんですぐにオーケー出さなかったと思う?」
「それは…なんでだ?」
「華菜、天海くんと離れたくないんだよ」
「どうしてそこで俺が出てくるんだよ」
杏奈の大きなため息が聞こえる。直後、頭頂部に衝撃を感じ、小気味の良い音が響いた。
「そこが鈍感だって言ってるの。明日、学校で華菜と話してごらん」
それだけを言い残すと、杏奈はバケツを持って去っていった。あとに残された慶輔は痛む頭を押さえながら後ろ姿を見送った。
翌日、学校に来た慶輔のもとに朝一番で華菜がやってきた。その瞳は何かを決意したような雰囲気を醸し出していた。
「天海くんさ、杏奈から聞いたんだけど私がいなくなったら寂しいって本当?」
「伊庭のやつ……余計なことを言いやがって…」
悪態をつきながら、はぐらかしても仕方がないと考えた慶輔は大きくため息をつきながら答えた。
「あぁ、本当だ。なんでかは分からないけど、お前がいなくなるって思うと寂しい」
一瞬だけ目を丸くした華菜だったが、すぐにいつもの笑顔に戻り元気よく言い放った。その言葉は慶輔を驚愕させるのには充分だった。
「うん、決めたよ。私、外国に行かない!」