華は森に、蛍は光に
「いらっしゃいませー!」
悪天候と言えそうな暗がりの中でも華菜の快活な声が教室中に響き渡る。彼方此方で、忙しそうに生徒たちが右往左往していた。
学園祭当日、慶輔たちのクラスは大盛況だった。話題性の高いメイドカフェに合わせて、見てくれの良い華菜や杏奈の存在が客引きとして効果が高かった。
あまりの忙しさに目も回りそうな勢いで、慶輔は少し休憩と教室の隅に腰を下ろした。注文を受けて調理実習室から料理を運んでくるまでは男性陣の役目だったのだ。
慶輔の頭に柔らかな拳が振り下ろされる。背後にはメイド服姿の華菜の姿があった。
「なに、サボってんの。お客さんはいっぱい来てるんだよ。」
「サボてるわけじゃないって。それよりちゃんと曲は覚えてきたんだろうな。」
「もちろん!あんなにいい曲が出来るなんて思ってもみなかったよ。」
「お前が言ったんだろ・・・」
「そうだったね。忙しいから私は仕事に戻るね。天海くんも喰う形ばっかりしてちゃダメだよ。」
そう言い残すと、華菜は客席の方へと戻っていった。その後姿を見送りながら、慶輔も重い腰を持ち上げ窓の外に目を向けた。薄暗がりの空模様はより暗くなり、ポツラポツラと雨が降り始めていた。
「なんか緊張してきた。」
体育館の舞台裏で待機していた華菜の手が少し震えている。
「落ち着けよ、今までの参加者にお前を超える歌声の奴はまだいない。」
慶輔の言葉に嘘偽りはなかった。
すでに何組かの参加者が歌声を披露していたが、そのどれもが似たようなもので慶輔は華菜が一番ではないかと思っていた。
華菜が慶輔の手を握る。突然のことに驚いたが、慶輔は拒むことはせずにそのまま握り返した。
落ち着いたのか華菜の手の震えは少しずつだが収まっていった。
「応援に来たよ、華菜。・・・ってお取込み中だったか。」
控室に翼と陸、杏奈がやってきていた。その様子を見て慶輔も華菜も一瞬で距離を取った。ニヤニヤしている杏奈と、頬を膨らませている翼の様子がどうにも対照的で面白かった。
「それではエントリー番号12番、桜咲華菜さんです!曲は自身が作詞した『華は森に、蛍は光に』です。」
司会の声が響き、会場から拍手が鳴る。慶輔は華菜の背中を軽く押し出した。
「行ってこい、お前には穂蛍もついてる。」
慶輔の言葉に華菜は髪飾りを撫でた。慶輔の言葉と仲間たちの眼差し、そして髪飾りを信じて華菜はステージに立った。
音響がCDを再生しようとした瞬間だった。大きな音を響かせ、雷が降り注いだ。ブツンと音を立てて消える会場内の照明。と同時にざわざわとなりはじめる観客たち。近くに落ちたであろう雷の影響で停電したのは明白だった。
「ど、どうしましょう、先輩。」
「このままだと、音源なしになっちまう・・・!」
どうにか電力を回復させなくては音を出すことはできない。なんとかしなくてと考えるも、停電を直す方法はそう簡単には見つからなかった。このままでは観客も混乱し、大惨事につながる恐れもあった。
万事休すかと思われた時だった。真っ暗なステージから歌声が響く。中央に立っている華菜の声だった。彼女がアカペラで歌いはじめたのだ。
「おい、大丈夫か!?」
「雅樹、その懐中電灯で上から華菜を照らしてくれ。」
「え、は?」
「いいから早く!」
訳も分からぬまま雅樹は高い位置に上り、持っていた懐中電灯で華菜を照らした。スポットライトほどの光量はなくとも、彼女の姿を映し出すのには十分だった。
「天海さん、これを。」
陸が一本のギターを手渡してくる。彼のやらんとしていることを把握した慶輔はギターを受け取り、一抹の希望にかけた。
今からCDをかけても、きっと合わせることは難しい。だが、生演奏ならばタイミングの調整をすればあるいはという考えだった。
電力が回復することに期待し、華菜の邪魔をしないようにこっそりと楽器を配置する。ちょうど、大サビに入ろうとした瞬間だった。体育館の電気が回復したのだ。
タイミングを見計らい、慶輔のギターをリードに翼のキーボード、陸のベースが後に続く。ベストなタイミングでかき鳴らされた楽器は華菜の歌声と混じり、奥深いハーモニーを生み出した。
慶輔と華菜の目線が合う。クライマックスを盛り上げるかのように、最後のロングトーンを華菜は全霊を込めて歌い切った。会場からは惜しみない拍手と歓声が飛び交った。
「よかったよ、華菜!」
ステージから降りた華菜に杏奈が抱きつく。
悪天候で、学園祭は残念ながら中止になってしまったが華菜の歌声を観客に聞かせることは出来た。それだけでも彼女たちにとってはかけがえのない思い出になった。
「杏奈、天海くんはどこに?」
「天海くんなら片づけを手伝ってるよ。」
杏奈の指さす先ではステージの上を片付けている慶輔の姿があった。華菜はその近くまでゆっくりと近づいて行った。
「あーまーみーくん!」
「桜咲、さっきのすごく良かったぞ。」
「えへへ、ありがとう。ってそうじゃなくて、お礼を言おうと思って。」
照れながらも大きく首を左右に振る華菜。深呼吸したかと思えば真剣なまなざしで慶輔の顔をみつめた。
「天海くん、ありがとう!」
「いいって、俺だっていい経験になったし。」
「あ、それと・・・」
片付けに戻ろうとした慶輔の腕を掴んで引き寄せる。まだ何かいう事があるのだろうかと、慶輔もされるがままに振り向いた。
「さっき、私のことを・・・華菜って呼ばなかった?」
「・・・あ!すまん、つい流れで・・・。」
「ううん、いいんだけど・・・出来ればまた華菜って呼んでほしいなって。」
華菜の表情は今までに見たことがないほど赤くなっていた。ついぞ、慶輔の顔をも赤くなっていく。うっかりとはいえ、自分でも無意識に発していた言葉に今更ながら恥ずかしさがこみ上げていた。
華菜の頼みに応えようとした時だった、ステージ下から妙に恰幅のいい女性が声をかけてきた。
「さっき歌っていた桜咲華菜って人はあなた?」
「はい、そうですけど・・・」
「ワタクシ、大手レーベルを経営している者なんですけどね。」
華菜と慶輔はステージ下に降り、女性の前に立った。片づけをしていた翼と陸の手も止まる。静寂が広がる中、女性が発した言葉に時間さえも止まったような気がした。
「ワタクシと共に外国でレコーディングいたしませんこと?」
「・・・えっ?」