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蛍華 -keika-  作者: 絢瀬 耀
蛍火
1/16

夏の日の出逢い

夏に見たその輝きは蛍火のように美しく


ーーーー儚かった



 セミの合唱が辺りに響き渡り、太陽の光が辺りに熱量を与える。青空は雲一つなく、どこまでも果てしなく広がるような錯覚さえも覚える。

 古さと新しさを兼ね備えた校舎では、そんな夏の日差しに負けないほどの喧騒が広がっていた。夏休みも間近に迫った学生は得てして騒ぎたくなるものである。

 チャイムが響き、生徒たちはそれぞれの教室へと戻っていく。


「あっつい・・・・・・溶ける……」

「だらしねえな、これから夏休みだぞ?」


 一人のグダッとした少年に、友人らしき少年が無理やりに元気を出させようとする。溶けかけている少年、天海慶輔あまみけいすけは構うことなく顔を伏せたままにした。

 彼にとって今年の夏休みはさして重要性はなかった。高校二年生という中途半端な時期の夏休みは、彼にとってはただの長期休暇ぐらいの扱いだった。


「もっとテンション上げろって。そんなんじゃ楽しい夏休みも楽しくなくなるぞ。」

「なんで、お前はそんなにテンションが高いんだよ。」

「当たり前だろ、夏休みだぜ!?夏と言ったら海、海と言ったら水着のお姉さん!!」

「あー、はいはい。なんとなくわかったわ。でも、どうせどこ行ってもリア充だらけで疲れるだけだろ。」

「分かってねぇな、そういうところで一人になってるのを狙うんじゃねぇか。」


 つらつらと計画を話し続ける友人、東雲雅樹しののめまさきの話を聞き流しながら慶輔は窓側に顔を向けた。彼とて、夏休みが楽しみでないと言えば嘘になる。それでも、雅樹ほど期待が持てるかと言われると素直に頭を縦には振れなかった。

 照り付ける日差しが、カーテンの隙間からこぼれる。そんな光に照らされるように、一人の少女の姿が目に入った。

 病的なまでに白い肌と、小柄な体格。周囲と壁を作るように前髪で目元を覆い隠している少女は、学生の騒ぎなど気にもかけないように本を読んでいた。

 神代穂蛍かみしろほたる、それが彼女の名前だった。

 慶輔自身、穂蛍と会話をしたことはない。ただクラスメートだというだけの認識だった。彼女も極度の人見知りと欠席がちで学校に来ることも少なく、誰かと一緒にいるところを見たことがなかった。

 一瞬、穂蛍と目線が交差する。穂蛍は、それに気づくと慌てたようにすぐさま目線をそらした。


「おい、聞いてるのか?」


 雅樹が不服そうな顔で慶輔の顔を覗き込んでくる。もちろん、彼の話など一片たりとも耳に入ってはいない。


「ごめん、聞いてなかった。」

「しょうがねーなー、もう一度だけ言うぞ?夏休みが始まったら海に行って思い出をつくろうぜって話だよ。」

「海?…野郎だけで行く海とか悲しすぎだろ……」

「バカ野郎、野郎だけで行くわけないだろ。後輩の女の子たちを誘うんだよ。」

「オーケー出たのか?」

「これから誘う!」


 雅樹の強気な発言に呆れ、慶輔は何も言うことが出来なかった。そんな風に過ごしていると、教師が教室に入ってきた。慶輔は茹だる暑さの中で行われる地獄へと覚悟を決めたのだった。

 半日の授業が終わり、慶輔と雅樹、そしてもう一人の友人である佐伯雄太さえきゆうたは図書室にやってきていた。用事があったのは慶輔だけだが、雅樹と雄太はこの後に夏休みの計画を立てるために一緒についてきていた。

 慶輔が手にした本を元の場所に戻そうと本棚を見ていると、穂蛍が必死に背を伸ばして本を元の位置に戻そうとしていた。背の低い彼女では、どうにも届かないようでプルプルと腕を震わせながらなんとかしようとしていた。

 

「届かないのか?ちょっと貸してみ。」


 声を掛けられた穂蛍は一瞬、驚いたような表情をしたが無言で慶輔に本を手渡す。彼ならば背伸びをするまでもなく、対象の位置に手が届いた。それと同時に慶輔は、穂蛍がやや違う位置を見ていることに気が付いた。

 慶輔は本を元に位置に戻すとその隣に有った本を取り、穂蛍に手渡した。


「なんか、これをじっと見てたし・・・もしかしてと思って。」


 驚いた様子の穂蛍は、前髪に隠れた丸い瞳を大きく見開き呆然としていた。おずおずと手を伸ばし、本を受け取る。大事そうに抱えた穂蛍の表情はまるで欲しがっていたものを受け取った子供のように笑顔だった。慶輔もその表情を見て、自分の行いが間違っていなかったことに確信を持てた。


「やべ、もうこんな時間か。もう行かないと。」

「あ・・・」


 か細い穂蛍の声は慶輔に届かず、彼はそのまま雅樹たちのいる場所へと戻っていった。


「穂蛍、どうしたの?」


 立ち去っていく慶輔の後姿を見送っていた穂蛍に声がかかる。髪の毛をポニーテールにまとめ上げた少女が、退屈そうに本を持ちながら声をかけてきたのだ。


「あ、杏奈ちゃん・・・あの人って・・・」

「あー、あれ天海くんだね。ほら私たちと同じクラスの。」


 穂蛍の目線の先を見た、彼女の友人、伊庭杏奈いばあんなはクラスメートとの接触が希薄な友人に教えてあげた。杏奈の言葉を聞いてもなお穂蛍はピンと来ていなかった。

 天海慶輔、その名を穂蛍は心の中で何度も繰り返した。繰り返していくたびに穂蛍は心の奥がざわめく違和感を感じていた。

 

「あ、もうこんな時間じゃん。穂蛍も一緒に来る?」

「・・・?」


 腕時計を確認した杏奈が、穂蛍に問いかける。穂蛍は訳が分からずに首をかしげるだけだった。


「海行くのはいいけど、他に何人くるんだ?」

「えっと、とりあえず後輩が何人かと、もうじき到着すると思うが。」

「ごめん、お待たせ。」


 教室で夏休みの計画を立てていた慶輔たち。

 遠くで声が聞こえ雄太が大きく手を振る。目線の先には息を切らせながら杏奈が手を振っていた。その背後には穂蛍の姿もある。


「ごめん、さっきまで図書室にいたから。」

「あれ、図書室なら俺達もいたけど。」


 穂蛍の姿に気づいた慶輔だったが、彼女は一向に目線を合わせようとはしなかった。


「・・・ごめんなさい、私・・・今日は帰ります・・・」

「あ、うん。ごめんね、無理やり連れてきちゃって。」


 穂蛍は逃げるように教室をあとにした。廊下を歩いている時も穂蛍は慶輔のことばかりを考えていた。そしてその都度、鼓動が速くなり体温が上がるような気がした。


「どうしたんだ、神代?」

「さぁ、わかんない。」


 急に帰ってしまった穂蛍のことが気になった慶輔だが、これ以上は追及することはやめておいた。杏奈はそんな彼の様子を見て不敵な笑みを浮かべたが、すぐに雅樹たちの方へと向き直って話を始めた。

 夏休みに海に行く計画、彼らの話は日が暮れるまで続いた。ある程度、話がまとまったところで彼らは一度解散することになった。

 校門前、帰り支度をしている慶輔に杏奈が声をかける。

 

「ねぇ、天海くんはさ、穂蛍のことどう思ってる?」

「神代?どうって言われても・・・。」

「なんかないの?」


 慶輔には、杏奈の質問の意図が理解できなかった。妙にしたり顔の彼女に慶輔の眉間にしわが寄る。


「ま、天海くんってそういうところあるからね。じゃ、また明日。」

「あ、おいっ!・・・なんだったんだ?」


 後に残された慶輔はいそいそと支度を終え、自宅へと帰るのだった。

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