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第六話 弱肉強食



 朝稽古を見学する俺に、ちらちらと視線が突き刺さる。

 まるで「気が散るからどっかいけよ」と非難するかのように——稽古中の子供たちが、俺を横目で見てくるのだ。

 このような視線に気付いたのは、三歳くらいの頃か。

 少し多めによそってもらったご飯を食べる俺に、こんな視線が向けられたのだ。

 それ以外にも、あまり話しかけられることが無かったり、俺が話しかけても素っ気ない対応だったりと、子供たちが俺をよく思っていないことは薄々察していたのだが。

 俺は庭の端っこで縮こまりながら、しかし孤児院には戻らずに稽古を眺め続けた。

 ヤァアアア! と威圧するような裂帛と共に木刀を打ち込む鋭い音が響き渡り、反射的に肩が跳ねた。それでも俺はじっと朝稽古を見続ける。

 ここで逃げたら、本当に、この孤児院から居場所がなくなってしまうかもしれないから。


 最後に、自分のことについて復習しよう。

 様々な歴史書を読み漁ったが、《勇者物語》を始め、特に魔王に関連して登場する英雄たちはおそらく《転生者》だろうと俺は当たりをつけている。

 というのも、《勇者物語》の主人公の名前が『ユウタ』だったり、不死竜のことわざに『竜も天から落ちる』だとか『三人寄るより不死竜の知恵』だとか、うっすら前世に共通するところがあったからだ。むしろ、俺以外にも結構な数が転生しているのではなかろうか。

 現在に伝わる数々の武勇に転生者が関わっているともなれば、もしかして俺もとちょっぴり期待してしまったのは否めない。


 ——そんな微かな期待をこめて始めた自己分析の結果は、俺を絶望の底に叩き落した。


 まず、《魔力総量》。

 俺はこれが絶望的なまでに低いらしい。

 この世界では、対象者の魔力総量を測定する装置のようなものが存在する。魔力制御は魔力を使えば上達するが、魔力総量は違う。いくら魔力を使ったところで上限が増えたり減ったりはしない、生まれた時から不変のものである。

 故にここ人界では、赤ん坊が生まれると、その子の将来を占う意味も込めて魔力の量を測るという慣習があるのだ。

 俺がこの世界で一歳(仮)を迎えた頃、黒い鉱物をスティック状に加工し横並びにした木琴みたいな形の装置に寝かされた。当時はどういう意味合いを持つのか分からなかったが、後に調べてみて、これが例の儀式であることを知ったわけだ。

 同時に、みなが一様に微妙そうな、いっそ気の毒そうな顔をした意味も分かった。

 装置が示した俺の魔力量が、あまりにも少なかったからだ。

 具体的な数値化はできないが、例えばエルシリア(朝稽古一番乗りだったエメラルドの髪の女の子、十歳)やレイチェル(俺がレイ姉さまと呼んだオレンジの髪の女の子、十歳)は中級魔法を何十回撃っても余裕なのに対して、俺は一発で昏倒寸前になる。

 この時点で彼女たちとは十倍以上の隔たりがあることが分かるだろう。

 二人とも《魔法使い》としてもかなり優秀な部類らしいので、良い比較例とは言えないかもしれないが、少なくとも俺が《魔法使い》を名乗れないことは確実である。《魔法使い》というのは、上級魔法——最低でも中級十発分の消費魔力——を使えて初めて一人前とされるからだ。

 詠唱に一分以上かかる魔法なんて知りたくもない、と無理やり自分を納得させつつ、先天的に優劣が決まることに理不尽を覚えずにはいられない。

 わざわざ魔力回路を変更できる《魔法改変》を身に着けたのも、魔法の消費魔力を極限まで軽減しないとすぐに魔力が尽き、気を失ってしまうからである。下級魔法でも消費が重いものは十発程度しか撃てないのだ。

 有り体に言えば、俺には「魔法使いになる才能がない」。

 この時点で頭を抱えたくなったが、残念ながら問題なのは魔力だけではない。


 《運動能力》。

 どうも俺は、この点でも人より大きく劣るようなのだ。

 というよりは、この世界で運動能力に優れた生物が多いと表現するべきだろうか。

 分かりやすいのは、天狼種から派生した種族《獣人族》。魔力総量はやや低いが、運動能力に秀でている者が多いと聞く。天竜種から派生した様々な《竜族》に至っては、魔力を一切持たない代わりに規格外の膂力と耐久力を備えているのだとか。

 また、この世界で一番人口の多い《後人族》は、身体能力は劣るものの生まれつき強い魔力に恵まれやすく、多くが魔法使いになる素養を秘めている。二番目に人口が多い《小人族》は後人族と真逆、魔力に乏しい代わりに身体能力に優れており、小さな身体に見合わない膂力で巨大な武器を自在に操る。

 俺の属する《原種》ははたして——歴史的ルーツも不明の謎種族で、特徴的なのは黒髪黒眼の容姿的要素のみ、身体能力は全種族中最低レベルときた。

 俺には「剣士になる才能がない」のだ。


 世界中の種族を詳細にまとめている《種族図鑑》によれば、原種は《学習能力に優れているが、身体的ポテンシャルからして成長性は望めない。また繁殖能力が非常に強く、現在の獣人族・後人族・小人族等の種族を発展させるきっかけとなった》のだという。

 異世界でハーレムでも築けとでも言うのか。

 現段階では、前世の感覚とあまり変わらず運動できるし、少なすぎる魔力の弊害と比べればさほど支障はない。孤児院にいる《後人族》の同年代少女と比較しても大きく劣っているわけでもないのだが、成長した後に体力や筋力面で差が出たりするのだろうか。

 ちなみに、史実にはとんでもない魔力をぶん回して活躍した《原種》の英雄らしき黒髪黒眼の話も残っていることから、殊更に不幸な種族と言うわけでもない。俺が特殊なだけだ。

 およそ転生者というアドバンテージを食い潰して余りある非才っぷりである。


 ——皮肉なことに、俺の死に際の願いは思わぬ形で叶ってしまったらしい。


 俺の自主練はこうして始まった。

 少年たちが振るう剣は速く、鋭く、しなやかで。

 少女たちが放つ魔法は重く、強く、あざやかで。

 そこには、俺にはない才能とセンスがあった。

 走らねば置いて行かれる、鍛えねば追いつくことすらままならない。それが分かった。

 この世界は剣と魔法が物を言う弱肉強食。弱者が生きる場所などない——孤児院の子供たちの冷めた態度は、強くなる見込みのない《原種》の俺に、そういう現実を突き付けていた。

 シェイラやディンはまだ優しく接してくれているが、それはこうして努力に励んている姿を見て、少し評価してくれているからだろう。ご飯だっていつまで多めに食べさせてもらえるか分からない、むしろ周りの子の恨みを買っている可能性すらある。

 孤児院に無駄飯喰らいを置いておく余裕はない。

 使えないと判断されれば当然追い出されるはずだ。

 その先にあるのは、魔物に食い殺されるか、奴隷にされるか、いずれにしてもろくでもない結末に違いない。

 絶望的なまでに恵まれぬ環境——しかし俺は、これをあえて肯定的に受け止めている。

 孤児院の子供たちは正しい。ただ自分たちが強くなるのに必死なだけだ。

 それを俺が責めるのも筋違いな話である。

 俺も強くなればいい。俺の居場所はここだと言えるだけの強さを身に付ければいい。

 俺は、強くならなければならないのだ。


「……やあ、エル」


 曇天の下をさまよっていた思考が、不意に弾ける。

 俺は目を瞬かせて、こちらを見下ろしている青年に焦点を合わせた。


「ディン兄さま? ……なんでそんな顔面ぼこぼこなんですか?」

「ちょっとね、女の子の怒りを買ってしまったようで。よく分からないんだが」

「浮気でもしたんですか?」

「いやいやいや! 俺はフローラ一筋……って、おいこら!」

「なるほど。ディン兄さまはフローラ姉さまが好きなんですね」


 ディンは手足をバタつかせながら「な、内緒だからな? 頼むぞ?」と俺に念押しする。

 顔を真っ赤にした青年を見上げながら、俺は無言で首を傾げ、にこりと笑った。


「それで、ぼくに何かご用ですか?」

「あ、そうそう。エルも水浴びしてきたらどうかと思ってな。朝早くから頑張ってたろ」

「え? いや、ぼくは別に……」

「さっき女子の水浴びが終わって、お湯が余ったそうなんだ。せっかくだから使ってくれってレイとエルシーが」

「……そういうことなら」


 考え事をしているうちに、朝稽古は終わってしまっていたらしい。

 少し時間を無駄にしてしまったのを若干後悔しつつ、俺は好意に甘えて裏庭へ向かうことにした。

 その後、表庭の方で「そろそろ空気読めよお前」「私たちの天使の笑顔を独り占めとか万死に値するよ」「え、ちょ待っ言う通りにしたのになんでいででででで!!?」などと、謎の叫び声が聞こえてきて、俺は首を傾げた。

 天使とか聞こえたが……天使種のことだろうか?

 よく分からないが、俺も早くみんなに認めてもらって、色々話してみたいものだ。



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