第四話 剣と魔法の世界
説明回。
こうして、俺は剣と魔法の異世界に転生した。
正確に言えば、転生したのは乳児だ。
それから孤児院に引き取られての四年間。
言葉を身に着け、歴史を知り、常識を学び、剣と魔法の世界を知り、自分のことを知った。
まずはこの世界について復習しよう。
俺の言語学習、および基礎知識の源となったのは、一歳の頃に孤児院の院長から読み聞かせられた物語だ。はるか昔、数千年前に勃発したと言われる《祓魔戦争》において、魔王を倒した英雄のお話——題名はなかったが、そのまま《勇者物語》と言ったところか。
かなりの大長編で、読み聞かせは複数回にわたった。
一人の男が世界の大陸を旅して回り、仲間を集めて魔王を倒すという、どこかで見たことがあるようなシリーズもののバトル小説……と、内容が分かり始めて感じた最初の感想がそれだったが、気付けば物語に聞き入っている自分がいた。
なんというか、ひとつひとつの出来事の描写が実にリアルで、心躍るというか、まるで自分がその場に立っているかのような感覚に陥るのだ。内容もそうだが、話し手である院長の真に迫る語り方の影響もあるだろう。前世でも気に入った本を何度も読み返すくらいには読書好きだった俺は、すっかり虜になってしまった。
あらすじをざっくり要約しよう。
主人公は、とある村のとある少年。
両親も兄妹もいなかったが、幼馴染のとある少女と幸せに暮らしていた。
だがある日、巨大な怪物が現れ、村を襲い、その少女を食い殺した。その怪物は《魔物》といい、魔王の復活が近づくと地上に姿を現し始めるのだという——とある少年は、少女の仇を討つために、魔王を倒すための旅に出る。
少年は村があった《人界》という大陸を出て、東の海を渡り、密林の《天狼大陸》へと移動する。そこで《白狼聖》との一騎打ちを制して、これを仲間に加えた。
次に少年は、南の山を越え、荒地の《天竜大陸》に行った。不死の竜から魔王と戦うための剣術《魔剣術》を教えてもらい、天竜種の長《祓魔竜》を仲間にし、西の海を渡る。
辿り着いた先は極寒の《天鱗大陸》。ダンジョンと呼ばれる地下迷宮の最深部に到達し、天鱗種の長《甲帝》を仲間にする。
北の海を渡り、最後の大陸《天界》へ至った少年が、天使種の長《熾天使》から魔王を打倒する力を持つ《聖剣》を賜ると、ここでいよいよ魔王が復活し、戦いが始まる。
甲帝が矛となり、祓魔竜が盾となり、熾天使が魔法を放ち、白狼聖が少年を乗せて縦横無尽に駆け回った。あらゆる能力を上回る魔王を相手に、彼らは一歩も引かず死闘を演じ——最後の最後で、少年はまともに攻撃を受け、腹に大穴が空いてしまう。
ただの人間である少年にとっては致命傷。だが彼は執念で魔王に聖剣を突き立て、相打ちのような形で勝負は決着した。
今も世界が平和なのは、少年——勇者さまのおかげ。
と、こんな感じだ。
序盤の展開が鬼ヶ島に鬼退治しに行った某太郎の話を彷彿とさせ、勇者は桃から生まれたりしたのだろうかなどと笑ったものだが、第二章の仲間探しに入ると急に具体性が増す。
何と言うか、内容が濃くなるのだ。
例えば、甲帝を仲間にする折、地下迷宮で生き埋めになりかけるシーンなどはまさに手に汗握る展開であったし、最後の決戦で勇者が腹をぶち抜かれた時は本当に負けるかと思ったほどである。魔剣術を教える不死竜の言葉は名言が多く、今のことわざはこれになぞらえたものが多かったりする。
孤児院の子供たちは毎朝食後に行われるこの読み聞かせを非常に楽しみにしているが、寝坊した者は聞かせてもらえないらしい。なので全員死ぬ気で朝稽古に起きてくる。
子供の心理を上手く利用した、院長の手練手管は実に見事なものだった。
それはこの読み聞かせに限った話ではなく、朝稽古も食事当番も掃除当番も、ほぼすべての家事を子供たちが分担して行っている。学習部屋ではよく授業のような勉強会も開かれているが、みな嫌な顔一つせずに院長の指示を聞くのだ。
エルフィア孤児院の院長——シェイラ・エルフィアは、ただの保母さんではない。
子供のやる気を引き出し、教え導くことに長けた、《教師》だった。
やる気を引き出されたのは俺も例外ではない。
この世界でも紙は一般に出回っているものなのか、孤児院には本が山ほどあった。勉強するための環境は万全だ。
先の《勇者物語》に始まるおとぎ話、魔法や剣術、地理、歴史、天文学、航海術、古文書の解読術、冒険のいろはなどなど言語の優しい本から読み漁り、言葉と知識をほぼ並列で覚えていった。
まず分かったのは、《勇者物語》がノンフィクションらしいということだ。
というのも、勇者が旅した人界から天界まで、全ての大陸は実在するものである。この孤児院は人界の一国《クラヴィウス共和国》の内陸にあるのだ。
また、今はかなり多くの種族に派生しているものの、現存する種族のルーツはすべて《天狼種》《天竜種》《天鱗種》《天使種》に帰属する。今でこそ独立した《後人族》や《小人族》など種族は分岐しているが、それぞれの種の長である《白狼聖》や《祓魔竜》は直系が代々継承を続けており、伝説の血統は今なお健在だという。
極めつけは勇者と白狼聖が演じた一騎打ち——その戦いの余波が、地図からでも視認できるほど大きな爪痕として、はっきり残っている。現在は《帝王大陸》と呼ばれる大陸は、もとは天狼大陸とくっついていたというのだ。
このように、各地の名称や種族などといった知識は、物語を聞いている間に自然と頭の中にインプットされていたので、歴史書や学術書の難解な応用内容もすんなり頭に入ってきた。今にして思えば、《勇者物語》は極めて優れたこの世界の手本書であったと言える。
前世でもこの手の本はある。日本で最も知られていたのは聖書だろうか。
聖書が救いを説いているとしたら、《勇者物語》が説くのは弱肉強食。
何しろ、地形を変えるくらいのことはやってのける最上級魔法や魔法剣の使い手がこの世界には本当に存在するのだから——正確に言えば、俺はまだこの孤児院から外へ出たことはないので、真実の程は分かりかねるのだが。
英雄の話が史実として、事実として語られる世界。
まるで神話の世界の体現だ。
そして、俺が柄にもなく貪欲に本を読み、知識を身に着けようとしたのは、早く《魔法》を使ってみたいという欲求に突き動かされたからである。他の子どもたちと同じく、おとぎ話の勇者のように、と——こう考えると、幾分恥ずかしい動機ではあるが。
多少なりとも前世を通して人生の歩き方を学んでいた俺は、やはり学習速度の点で優位なのか、非凡な速度で言語と知識を吸収し、魔法行使に辿り着いたのは二歳のことだった。