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第三話 意識高い系転生者



 体内時計が午前五時の十分前を指した瞬間。

 俺はぱちりと目を覚ました。


「んむ……」


 むくりと体を起こし、瞼を半分下ろしたまま、しばらく虚空を見つめる。

 太陽はまだ山脈の陰に隠れたまま、控えめな光を窓から覗かせていた。鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。

 首を巡らすと、狭い部屋の床一面に何人もの男子が所狭しと雑魚寝する光景。ぐごごと耳元でいびきをかかれている少年が苦痛そうに顔を歪めていた。壁際のロッカーには、くたびれたリュックや薄汚れた皮の服、山積みになったぼろぼろの本、そして——鈍色の影を落とす鎧や刃を潰した剣、弓矢、槍などなどが詰め込まれている。

 この部屋で朝を迎えるようになってしばらく経つが、未だに異物めいた印象を放つそれらの道具は、あたかも自分がまだ夢の中にいるかのような感覚を与えてくる。


「……。ふんっ」


 だが、四年越しに覚める夢なんてあってたまるものか。

 抗い難い眠気を払うように、俺は布団をはねのけて伸びをする。

 自分のロッカーからぼろ雑巾のような灰色の服を引っ張り出し、文庫本サイズの木板で作られた小さな胸当てを装着。右手にはあちこちが凹んだお下がりの木刀、左手には手頃な枝に弦を張った弓を装備。空っぽの矢筒は、隣のロッカーから失敬した矢を一本差して腰に回す。

 手早く準備を終え、俺は革靴の踵を鳴らして部屋に出た。

 キシキシと軋む廊下を歩き過ぎ、玄関から外へと踏み出す。

 ちょっとした校庭ほどの広さがある庭だ。カカシを模した藁人形や、木の枝にぶら下がった射的用の的が設置されている。武芸の稽古場としては少々貧相だが、そもそもここは訓練施設に類するものではない。

 この施設が本来担う役割を考えれば、むしろ充実した設備とすら言えるだろう。


(よっしゃ、やるか)


 ふんすと鼻を鳴らしつつ、俺は柔軟を始める。

 腕、足、股や肩などの大きな関節から手首足首の小さな関節。怪我をしないよう、かつ筋肉を緩めすぎないよう、五分ほど体操をする。

 次は基礎トレーニングを行う。

 腕立て、腹筋、懸垂を行った後(五回三セット)、剣と弓を持ったまま庭の内周をランニングする。お世辞にも上手とは言えない拙い剣術、弓術を懸命に駆使し、射的場を通り過ぎる際は走りながら矢を撃ち(大体届かない)、カカシゾーンでは教えられた型の通りに剣を振るう。

 三十分くらい経っただろうか。


「……ふう」


 息切れこそしないものの、すでに汗だくになった俺の肌からは軽く蒸気が上がっている。

 酷使した幼い筋肉から発せられる痛みは、適度な疲労感と混じってどこか心地良い。

 前世では布団でぬくぬく二度寝するのが大好きだった俺が、早朝のトレーニングを楽しいと思えるようになるとは、人生何が起こるか分からないものだ。

 などと考えつつ、さてウォーミングアップはこの辺で……と、俺は弓を肩に引っ掛ける。

 自由になった左手を前にかざし、口の端から零すように一言。


「『ウンディーネ』」


 表情筋にかつてない集中を走らせつつ、唱えた言葉をきっかけとして体の内側に湧き出したエネルギー——《魔力》を制御する。

 間髪入れずに二言、


「——『ラディウス』!」 


 完成した《魔力回路》が手のひらの先で開かれ、エネルギーが事象を伴って具現する。

 パァンと風船が破裂したような音と共に水の弾丸が射出され、狙い違わずカカシの頭部へと飛んでいき——わずかに横へ逸れた。放物線を描いて地面に着弾する。

 俺は肩から力を抜き、微妙な表情で手のひらを眺めた。


(うーむ。まだ回転数の調整が甘いか……)


 ぶつぶつ独り言を垂れ流し、俺は今しがた発動させた《魔法》についてしばし考察。

 まもなく剣を構え、俺はカカシに打ち込みを始める。


「ていっ、やっ、はあっ! ——『ウンディーネ』!」


 ステップを踏んで仮想の攻撃を回避し、隙を見て魔力を喚起。

 カカシへ果敢に反撃を加えつつ、微調整を加えた魔力回路を再構築。


「『ラディウス』!」


 バックステップを踏み、左手をカカシに向けて《詠唱》を完結させる。

 弾道を安定させるために回転を鋭くした水弾がカカシへ向かって一直線に飛翔し、今度こそその頭部に直撃した。パシンという軽い音。

 ……思ったほどの威力が出ない。

 飛び散った水飛沫をじっと観察し、再び左手に目を落とす。


(ダメだな。回転数を上げると弾体の水が飛散して、威力も飛距離も落ちる)


 中々上手くいかないな、とため息を吐く。

 だがそこに、もどかしさはあっても不機嫌さはない。


「んー。速度に割り振るべきか……」


 剣を構えながら思考に埋没しかけたところ、ふと視界に光が差し、俺は片眼を瞑った。

いつの間にか、日が山脈の角から顔を出していた。

 日本にいた頃の太陽と比べて、やや大きく、赤銅色に輝いているように見える。空は夕方のような茜色だ。日本の朝と色合いが違うような気がするが、前世の空模様など、いまや記憶の彼方である。

 横で大きな影を作っている、学舎のような建造物を見上げる。

 三階建ての本校舎と、脇に付け足したように立つ一階建ての旧校舎。あちこちの塗装が剥がれ、組み上げられた木材は腐食した箇所があり、俺が寝ていた一室の屋根は傾いている。全体的に老朽化が進み、廃墟一歩手前の建物だ。

 自分の体を見下ろす。

 年齢にして、およそ四歳だったか。地面にできた水溜まりには、黒髪黒眼ながら幼くも日本人離れした洋風の相貌が映り込んでいる。

 トゥエル・エルフィア。

 それが今の俺の名前だ。

 あの日車に轢かれ、確かにその人生の一幕を閉じ——四年前、ここ《エルフィア孤児院》の門前に、雨ざらしの捨て子として第二の人生を享受した、転生者。

 詰まるところ、異世界転生というやつだ。


「……っと」


 まだ《朝稽古》までには時間がある。

 自分のやるべきことをやるべく、木刀を握り直し、俺は朝稽古前の自主練を再開した。



この前伊豆の海に行ったら、足の裏を火傷しました。

直射日光で浜辺の砂が熱せられてて。

近くの岩場に座って足上げてたら尻も焦げました。


いやあ怖いっすね。海。

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