第二十五話 盤面見渡す最弱の駒
俺がエルフィア孤児院の治療室で目を覚ました頃には、騒動はすでにひと段落ついていた。
シェイラに聞かされた顛末によると、大方俺の予想通りに事が運んだらしい。
俺が囮役を買って出た理由は二つ。
第一に、シェイラが必要な策を講じる時間を稼ぐこと。
セレナを匿ったことで、エルフィア孤児院は獣人の国と騎士団に挟み撃ちを食らい、身動きが取れなくなった。その包囲網を引き剥がし、シェイラ達が態勢を整える時間を稼ごうというとしたわけだ。
第二に、姿を見せない獣人側の勢力をあぶり出し、戦力数を暴くこと。
真正面から踏み込んできた騎士団はともかく、セレナを狙う獣人側の勢力が未知数だったので、セレナの服を外套の下に仕込んだり街を一人で散策して誘ってみたわけだ。いずれも餌があからさま過ぎたのか、女騎士さんが犠牲になってしまったわけだが。
結果的に騎士団も獣人も上手い具合に囮に食いついてくれたことで、どちらも俺が達成したにしては十分すぎる成果となった。
最弱の駒でも、立ち回り次第で色々とやれるものだ。
ちょっとだけ自信がついた。
さて、ではシェイラの話の細かいところをまとめてみよう。
まずは事の発端、レヴィス騎士団について。
国内に白狼聖の娘が逃げ込んだという情報を入手した首都の王族は、騎士団へ捕獲するようにと命じた。セレナの存在はやはり国際的にもかなり強力なカードとなり得るようで、これを手中に収めることで国交を有利に進めようと考えたらしい。
国の端っこにあるオーレアの街へ二週間かけて遥々やってきた騎士団は、先行していた斥候の情報よりエルフィア孤児院に訪れ、セレナの引き渡しを要求。しかし当の本人が爆煙の影に隠れて逃げてしまった——ように思われた。
これが囮だと騎士たちが気付いたのは、ミシェルとシェイラにオーレアの術導院でボコボコにされた後だったという。
大掛かりな芝居ほど騙されやすいとは言うが、面白いほど引っかかってくれたものだ。
演出者としては冥利に尽きる。ボコられたのもお互いさまだ。
その後、シェイラは騎士団に「セレナなら孤児院にいる」とわざわざ教えた。かなり露骨な煽り口調だったようで、口車に乗った騎士団はセレナを強奪する勢いで孤児院へととんぼ返りしたらしい。
だが、シェイラが院を無防備で留守にするはずもなく、その硬すぎる守りは騎士団総出でも歯が立たなかった。
夕暮れ時になってようやく帰ってきたシェイラに詰め寄ろうとする騎士たちは、しかし一緒に歩いていた赤毛の獣人を見て足を止めてしまった。《赤の国》の獣人の攻撃性はよく知られている。エリート街道まっしぐらで何の苦労もなく騎士になった者たちは日和見を決め込むしかなかった。
最後には途方に暮れて立ち往生するエリート騎士団。
想像すると何とも言えない哀愁を感じる。
騎士を足止めした守りとは、《魔術》と呼ばれる古代族の秘術の一つ《障壁》という術であるらしいのだが、そんな反則技は今まで聞いたことありません。お願いですから教えてくださいと土下座で拝み倒したら、マンツーマンで指導してもらえることになった。
まったく母さまには頭が上がらない。
ちなみにこの《障壁》、しっかり構築すれば上級魔法でも突破できない防御力を誇るが、今回この術を正面からぶち抜いた猛者が一人いる。
誰あろうセレナである。
上級魔法を凌ぐ一撃で《障壁》に風穴を空け、肉眼で視認できないほどの速度で騎士たちの目の前を通り過ぎて、俺のもとへ駆けつけてくれたというのだ。
まったくセレナには頭が上がらないというか、もはや訳が分からんぜ。
上級魔法級パンチとかいう新たなパワーワードの出現に戦慄を禁じ得ない。
ていうか肉眼で視認できないって何だ。銃弾か何かじゃあるまいし。
多分というか間違いなく常人が真似したら死ぬやつだと思うので、拝み倒すのはやめておくことにした。
次に赤毛の獣人、クロウウェル・フェンルリティアについて。
本人の希望で『クロウ』という呼び名が定着した彼は、セレナと同じ白狼聖の直系で、齢は十八。セレナの兄にあたる青年だった。
戦争にも大会にも興味は示さず、何の武勲も功績も挙げていない。剣術流派も習っておらず完全我流の戦闘術を使う、いわゆる外道の戦士——しかしその実、今まで一度として敗北したことはなく、巷の悪評判を実力で黙らせてきた《天狼大陸の無双剣士》。
肩書きからして強者の風格が半端ない。
なんかやたらと強いと思っていたが、そんなぶっ飛んだ奴に喧嘩を売ったのかと思うとまた体が震えてくる。『知ってるけど教えません』とか馬鹿じゃねえのか俺。身の程知らずにも限度があろう。
道端で肩がぶつかって突っかかった相手が総合格闘技の世界チャンピオンだったら、そりゃフルボッコにもなるだろう。
世間を知らないからこういうことになるのだ。
著名な人の特徴と名前くらいは頭に入れておこうと思った。
クロウは毛並みこそ赤く染めているが、次期白狼聖とされるセレナの扱いを巡って《赤の国》と仲違いを起こし、現在は《白の国》と《赤の国》、どちらがあるべき獣人の国なのか見定めるための中立的な位置にいるらしい。
道理でいくら待っても援軍が来ないわけだ。
俺とクロウが交戦している間、《白の国》と《赤の国》の部隊が包囲網を整えつつ睨み合いを続けていたが、これにはシェイラが介入して両陣営を撤退させたという。
そんな簡単に交渉が通るものだろうかと思って聞いてみると、シェイラは何故か微笑むだけで何も答えてくれなかった。
いつもなら何でも答えてくれるシェイラが何も言わないのは珍しい。
その意味ありげな沈黙が気になって、今度はディンに聞いてみた。
そして——俺はここで初めて、うちの母さまが世界中で有名な逸話を多々残している伝説的存在であることを知ったのだった。
有名な人を勉強しておこうと思った矢先にこれである。
母親が猫を被っていると思ったら中から出てきたのはレオナルド・ダ・ヴィンチでしたとか言われたみたいな衝撃だった。
もうほんと止めてほしい。
俺にできることは先を予測することくらいなのに、その予測がどんどん狂う。
思い返せばシェイラの授業で偉人や傑物の話はほとんど聞いたことがないし、もしかすると彼女が「参考にならない」と判断した著名人は説明から省かれているのではなかろうか。彼女を基準にしたらそれこそ大半の自叙伝がゴミになってしまうので早急な改善が必要だ。後ほど授業内容の変更を申し出ようと心に決めた瞬間だった。
ちなみに、クロウがセレナを奪いに来たのは兄として妹を守るための独断専行。
全滅した駐屯所の騎士たちも意識を失っていただけで、特に重傷者はいなかった。
敵どころかただの妹想いの良いお兄ちゃんである。妨害とかして本当にごめんなさい。
そして、白狼聖の娘、セレスティナ・フェンルリティアについて。
結論から言うと、彼女は孤児院に引き取られることになった。
何の力が働いているのか知らないが、エルフィア孤児院は『シェイラが保護対象とした者を例外なく保護下に置くことができる』という謎の超法規的措置を取ることができるらしい。
一応シェイラに質問したが、無言の笑みが返ってきたのでそういうことなのだろう。
これに伴って、クロウも護衛として孤児院に留まることになる。彼が事実上の同意を示したことが決め手となったのか、《白の国》と《赤の国》の両陣営も何かアクションを起こすわけでもなく、セレナは無事孤児院の一員として迎えられた。
色々あったものの、これにて一件落着となり、孤児院は日常を取り戻した。
だから。
ここから考えるのは俺の妄想だ。
そもそも、白狼聖の娘ともあろう者が何故こんなところにいるのか?
セレナはとある事情で《白の国》から飛び出したところを人攫いに捕まり、そこから逃げてきたというが、ただの人攫いが彼女を捕まえられるとは思えない。
狙い澄ましたかのようなタイミングでやってきたレヴィス騎士団もきな臭い。首都の王族はどこからセレナの情報を入手したのか?
はたして考え過ぎだろうか。
だが、違和感は確かにあるのだ。
騎士団、孤児院、クロウ、《白の国》、《赤の国》。
上手にカケラを当てはめて作ったパズルのように、全員が示し合わせたようなタイミングで一堂に会した。
それらの中心にあるピースは、間違いなくセレナだ。
つまり——このパズルを組み立てた者の目的も彼女にある。
今回俺が起こした行動は、ざっくり言えば場を引っ掻き回すだけのものだった。
ぶっちゃけ孤児院追放も覚悟したほどである。
しかし、もし悪意を持ってこの状況を作ろうとした者がいたとするなら、俺の行動は予想を超えた不確定要素としてパズルの完成を妨げたのではないだろうか。
ただの妄想かもしれないし、思い過ごしかもしれない。
それでも俺は考え続ける。
セレナには命を救ってもらった恩がある。彼女が血を俺に飲ませてくれたことで身体が回復したとシェイラが教えてくれた。目を逸らしながら話していた理由は不明だが。
それに、今の俺にはセレナを守りたいと思う理由もできた。
孤児院に隠れている間、ディンはセレナからなぜ国を飛び出すような真似をしたのかという訳を聞いて、俺に教えてくれたのだ。
きっかけはセレナの父親——つまり現在の《白狼聖》がセレナに明かした、彼女自身の出生の秘密。
あまりに強い力を宿した子供の出産は、母体に凄まじい負担を強いた。
母親は魔力や生命力のほとんどを子に奪われてしまい、出産後、まもなく死亡した。
セレナの母は、セレナの誕生と同時に死んだのだ。
通常、《白狼聖》を継ぐのは長男であるクロウだったはずだが、セレナの圧倒的な潜在能力がそれを覆し、父親はセレナに継承させることを決めたらしい。まだ五歳の少女に酷な話をしたのは国を統べる者としての成長を望んでのことだろう。
しかし、少女は国から脱走した。
現実から目を逸らし、その潜在能力を如何なく発揮して、力尽きるまで逃げ続けて——その先に待っていたのは変わらぬ現実だった。
重い過去に押し潰されそうになっていた狼少女に、ディンはなぜか俺の話をした。
具体的にどんな話をしたのかは教えてくれなかったが、『もしエルなら、死んだ母親の分まで全力で生きるだろう』などとのたまったらしい。
それを聞いたセレナは、毒気を抜かれたようにすっきりした顔になった。
居ても立っても居られない様子で外へ飛び出し、そのまま《障壁》をぶち破って俺のところにやってきたと。
最後は色々とツッコミどころが満載だが、それ以上に俺は嬉しかった。
俺は今まで、自分の生き方を誰かに話したことなどない。
しかし、ディンの言葉はまさに俺の生き方そのもので。
セレナはそれを聞いて、立ち直ってくれた。
これで少しは天国の家族に報いることができたかな、とそう思えたのだ。
「……ふう」
色々と聞き過ぎてごちゃまぜになっていた話を紙面に書き起こし、大体整理し終わったかと一息ついたところで、心の中の姉妹がカンペのようなものを突き付けてきた。
「ああ、そうだった」
忘れていたが、最後に俺の左腕について。
クロウにフルボッコにされた俺だが、セレナの血のおかげで翌日には歩行も食事も問題ないくらいにまで回復していた。
付け加えると、それでも出血し過ぎた影響か全身の怠さがあって三日ほど安静にしていたのだが、セレナがほぼ一日中俺の側にくっついていたためにふわふわの尻尾がもふり放題で精神面も全快した。
ただし——左腕だけは元に戻ることはなかった。
というより、ちょうど《赤い腕》が生えていた肩の根元辺りまで、骨も肉もきれいさっぱり無くなってしまった。最近ようやく体のバランスが取れてきたところである。
あの《赤い腕》——《零落魔法》というらしいが、シェイラは二度と使うなと言ったきりで何も教えてはくれなかった。
とはいえ、目の前で実物を見たのだから推測は立てられる。
物理・魔法問わずあらゆる攻撃を無効化し、術者の意思に従って体積・質量・形状を自在に変える。術者が危機に陥るとカバーし、自動で迎撃を行う。しかも敵の動きを先読みして効率的に撃破しようとする学習機能のおまけつきだ。
唯一のリスクは、発動の依代となった部分の肉体が消滅すること。
おそらくは転生者のみが使える異常現象なのではないだろうか。
何と言うか、難易度の高いゲームには付き物の救済措置みたいな感じがする。
(……トゥエルには悪いけど、封印だな)
尤も、俺がこの力を使うことは当分ない。
もし使うとしたら、それは俺が《主人公》になると決めたときだろう。
俺には、恵まれた才能も魔力もない。
今では左腕すら失ってしまった。
だからこそ、俺はこれからも考え続ければならない。
ありもしない危機に備え、何事もなく安穏と、みんながいつまでも笑い合えるように。
こんなにも弱い俺の生き様に、少女は希望を抱いてくれた。
俺は、彼女を全力で守ることで、それに応えようと思う。
この物語は、いったんここで完結。とします。
でも、続きはあります。
仕事の合間にちょっとずつ書き進めております。更新が亀すぎて本当申し訳なくなるのですが。
今度はしっかり形になるまで書き切ってから投稿するつもりです。
途中で毎回力尽きるのはもうやめにしたいので……。
ですので、それまでしばしのお別れです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




