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第二十話 恋する乙女の爆熱☆魔法剣!

お待たせしました。

主人公のターンです。



 生まれながらにして身体能力に優れる獣人には、更なる潜在能力を引き出す《覚醒》という特技が備わっている。

 筋肉の出力リミッターの強制解除、五感・瞬発力・反射神経の爆発的な強化——ともすれば自らの肉体を壊しかねないその力は元々、生命の危機に瀕した際に発動する防衛本能のようなものなのだが、二十年ほどの訓練で制御できるようになるという。

 覚醒状態となった獣人は、全身の毛、獣耳や尻尾の毛が怒髪天を衝く勢いで逆立つ。


「ふん。まだ意識があるのか」


「……ぁ。う」


 だがそれ以上に、熱を帯び膨張した筋肉で獣人の体格は比喩抜きで一回り巨大化していた。

 霞むような速度で繰り出された四方八方からの殴打。

 服はぼろ雑巾のようになり、口が切れて鉄の味が舌に広がっていた。両腕での防御を試みるも一瞬で剥がされ、無防備な体が機関銃で撃たれるかのように跳ねまくった——その特徴的なな外見に加え、《重ね硬化》をものともしない膂力からして、この獣人が《覚醒》を発動させたのは確実だ。

 どう見ても十代にしか見えないが、幼い頃から死ぬほど鍛錬を重ねてきたということか。

 いずれにせよちょっとシャレにならない。


(く、そ。気が……遠くなる……)


 頭に血が上って意識を失いそうだった。

 この状況から何とか抜け出そうと、俺が一か八かで魔力を励起させようとしたその時、


「————なに、やってんのよ、あんたはァああああああああッ!!!」


「……ッ?」


 予想よりも遥かに早く——しかし少しばかり予想外の助太刀が割り込んできた。

 凄まじい熱気を纏って爆進する少女に、さすがの獣人も面食らった顔になる。

 ごめんなさい、正直言って俺にも分からんです。

 何せ俺もこんなネジの飛んだ姉の姿は見たことがない。


「その手を、放せぇえええええッ!!」


「——チッ!」


 剣を抜いたレイチェルが放つのは、《魔法剣》による斬撃。

 逆巻く炎を束ねたその一撃はさながら爆撃のようだった。

 未だに鉄塊じみた体重を誇る俺を連れて回避できるものではなく、獣人は忌々しげに舌打ちすると俺を放り出し、後ろに飛び退いた。

 うべしゅという奇声と共に落下した俺はそのまま爆炎の中に呑まれ——


「エルッ!」


 寸前で炎が二つに分かれ、掠めた熱波が耳をじりじりと焼く。

 マジで生きた心地がしなかったんだが……!?


「エルシー、エルをお願い! あの野郎殺してやるッ!」


「ちょ、ちょっと、レイ!」


 ドンッ! と爆風を推進力に変え、業火を従えたレイチェルは獣人に突貫する。

 独断専行を咎めようとしたエルシリアだが、俺の状態を見るや無言になった。


「エルシー姉さま……すごい顔してます」


「今治療するから、じっとしてな」


 一方的にボコられた俺の顔面もすごいことになっているだろうが、エルシリアのそれは多分俺以上だ。具体的にどんな顔をしているのかは姉の名誉にかけて割愛する。

 エルシリアが回復魔法を詠唱するのを聞きつつ、俺は激しい戦闘を続けているレイチェルと獣人の方を見る。


(覚醒状態の獣人には……小手先の技は通じない、か)


 骨折こそしなかったようだが、内出血や打撲で全身が軋むように痛む。

 硬化は中級魔法の直撃を耐え凌いだが、覚醒した獣人は素手でこれを突破した。つまり一撃あたりの威力が中級魔法を上回るという、外の世界を知らない俺でも分かるような頭おかしいレベルの戦闘能力(むしろこれが標準だったらこの世界の戦闘バランスが崩壊してそうなものである)なわけだが、信じ難いことにレイチェルはその獣人と至近距離で剣撃を斬り結ぶ善戦を演じていた。

 速度で勝る獣人に対して、爆炎を使った面攻撃でぶっ飛ばすゴリ押しスタイルだ。

 確かにレイチェルは他の女子と比べて運動が得意な方だったが、ここまでとは……。


「レイ姉さまって、もう《魔法剣》使えるんですね。知りませんでした」


「いや。使えなかったはずだよ、今までは」


「へ?」


 炸裂した爆音に紛れて聞き間違えたかと思った。

 回復魔法に集中するエルシリアは、無意識にだろうか、下唇を強く噛んでいた。


「あれが才能って言うんだろうね。エルがやられたの見て、レイのやつ、キレちゃったみたいだから」


 ——剣士も魔法使いも最終的に辿り着く境地は同じ。

 そう言わしめているのが《魔法剣》——武器に魔力回路を構築して魔法を発動する、読んで字の如く『武器に魔法を纏わせる技』である。

 ただし、通常の魔法と違って魔法剣に詠唱は必要ない。その上、先ほど俺を巻き込みかけた炎をレイチェルが二つに分断させたように、リアルタイムで魔力回路を変化させることで魔法の形状・性質を自在に変化させることができる。超高度な魔力制御能力を持つ魔法使いにしか実現し得ない離れ業。

 また、大気中の魔力をまとめ上げる《魔剣術》という勇者発祥の技を併用することで魔法の斬撃を飛ばすこともできる。魔力制御能力に乏しい剣士はこの《魔剣術》を使って強引に魔法を制御下に置く。

 魔法剣を用いた戦闘は通常と比べて一段階進化する。

 爆炎で広範囲をまとめて薙ぎ払ったり、空中を高速で飛行しながら風圧を繰り出したりすることが可能になるからだ。

 マスターずれば超規模の魔法をノータイムでぶん回す超人のような戦闘力が手に入るわけだが、《魔法剣》を御するには剣士にせよ魔法使いにせよ尋常ならざる努力と技量、そして才能が必要になる。制御に失敗すれば自分の魔法に巻き込まれ自爆するというリスクもある。

 それなのに——


(それを、初戦闘のぶっつけ本番でやってのけるとか……!)


 俺も常日頃から魔力をいじくっているから分かる。その異常さが。

 正真正銘、天才にしかできない芸当だ。


「もしかしてレイ姉さま、あの獣人に勝っ——」


「残念だけど、それはないよ」


 雲間から差したように見えた光明を、しかしエルシリアは即座に否定する。

 冷静に、冷徹に、少女は状況を見据えていた。


「あの魔法剣、初めてにしちゃ様になってるけど、扱い慣れてないのがボクでも分かる。なら奴も見抜いてるはずだ」


 ゴウッ! と爆風の余波が木々を揺らし大地を抉った。

 これだけ離れていても感じられる肌がピリピリするほどの熱気。一瞬でも気を抜けば自らに牙を剥く荒ぶる火炎を、少女は必死で制御している。

 その負担の大きさは額に浮かぶ大粒の汗から見て取れた。


(……やっぱり、もっと早く外に出るんだったかなあ)


 俺はまだ、世界を知らない。

 レイチェルがどれだけの無理をしているか、獣人がどれほどに強いのか。

 俺の中には基準がない。

 だからこそ——五感のすべてを総動員して目の前の戦いを見る。

 大気ごと焼き尽くす勢いのレイチェルに対して、獣人はその圧倒的な敏捷性を活かして正面戦闘を回避する。一度として接近せず、しかし相手が攻撃せざるを得ないような間合いを維持する徹底的な持久戦の構え。

 対策に迷いがない。俺の《硬化》を破ったときと同じだ。

 やはり、この獣人は相当に戦い慣れている。


「よし、応急処置が終わった。エル、今のうちに逃げるんだ」


「エルシー姉さまも、戦うのですか?」


「レイと力を合わせて、何とか奴を食い止める。君はその間に出来るだけ——」


「ならぼくも戦います!」


「馬鹿っ、ダメに決まっているだろう、ボクたちが何のためにここまで」


「姉さま二人が負けるわけないです! もし二人で足りないなら、ぼくがお手伝いすればっ」


「君に何ができるって言うんだ!」


「うぐ……お、応援くらいなら」


「!? ど、どんな風に応援してくれるのかなっ」


「えっ? と……が、がんばれー、とか?」


「よし分かった任せておけ大船に乗ったつもりでそこにいるといいというかむしろそこにいてくれ絶対勝ってみせるからッッッ!」


 身振り手振りをまじえて訴えかけてみたらなんかやる気全開になったエルシリア。

 よく分からないが、とりあえず頑張ってくれるようなので良しとしよう。

 ちょうど《重ね硬化》の重量感も消え、俺はおもむろに立ち上がる。

 獣人の目的はセレナの居場所を聞き出すこと。ここでレイチェルを置いていけば、聞き出す対象が俺から彼女に変わるだけ。無論エルシリアも同様だ。

 俺の仕事はまだ終わっていない。


「《ウンディーネ》」


 両の手のひらを合わせて起唱する。

 描き出すのは水の魔力回路、狙いは地面。

 全快した魔力を改めて六割削って発動するのは——《重ね泥沼》。

 底は極限まで浅く、そして範囲は極限まで広く。


「《ルーディレイト》」


「むっ……!」


 地を這うように疾走していた赤い獣人は足元の変化に気付いて急停止するが、エルシリアは気付いていないのか勢いを緩めることなく沼地に突入、抜刀する。

 膠着状態となった一瞬を逃さず、彼女はレイチェルと獣人の間に割り込んでいた。


「手こずってるね。ボクも助太刀するよ」


「はあ、はあ……いらないわよ、あんたの、助けなんかっ」


「そうかい、じゃあエルの助けもいらないかな?」


 汗だくながら怪訝そうな表情を返すレイチェルに、エルシリアは俺の方を指差して答える。


「あそこで応援してくれるそうだよ。どうだい、まだ行けそうかい?」


「たったいま全快したわ」


「……チッ」


 衰えるどころかさらに勢いを増す少女の炎を前に、獣人は顔を歪めた。

 一貫してポーカーフェイスだった獣人の表情に苛立ちが滲んでいる。

 これだけ派手に音と光を撒き散らして戦っていれば、一分もしないうちに誰かが必ず様子を見に来る。駐屯所にいる他の騎士か、または獣人のお仲間か。どちらにせよ早く終わらせたい彼にとっては苛立ちの対象だろう。

 尤も、どちらに転んでも特に問題はない。

 それまでこの状況をキープできさえすれば。


(さてと……踏ん張りどころだ)


 心の中で姉と妹が応援旗を振っている——それにも応えるべく、俺も《応援》を開始した。



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